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……いやいや、似たようなことは準舞踏会の時にあったけど、あれはクソ忌々しい記憶を吹っ切るためであって、私が命令したし! あれ、私また命令したっけ?
「これで、問題ありませんか?」
「…………」
頭が真っ白で、思考が起動するのに時間がかかった。
問題ないかって、傷? 傷ついたらどうするってやつ?
抱きしめてもらうって私が言ったから? いや、私、先に抱きしめられた経験ないんですけどっ? いっつも私から抱きついてですね……!
――でも。
クリフォードから伝わるぬくもりが温かくて。
離れがたい。
そう思ってしまった。
ちょっとだけなら。甘えても良いのかな。
私の傷なんてたいしたことない。だから。
「――少しだけ」
椅子に座る私を、上から包み込むようにしているクリフォードの背中に、両手を回す。私からも抱きついた。
「こうしていて」
よしよしも、実践してくれているのかな。
いつかのように、クリフォードの大きな手が私の頭を撫でた。
その動作が、不器用で、優しくて――あの夢の少年を、思い出した。
私の悪趣味な夢。現実に起こったはずがない――。でも、戦うのを嫌がっていたのに、剣を取ることでしか生き残れなかった夢の少年と、クリフォードが、どうしても重なる。
クリフォードの制服の生地を、ぎゅっと握った。
「……おかしな、夢を見たの」
「夢、ですか」
「ええ。男の子が……」
ポツリポツリと、私は夢の内容を語った。
「…………」
それを口を挟まずに最後まで聞いていたクリフォードが、私の頭を優しく撫でながら言葉を紡いだ。
「夢は、夢です。――その少年も、存在しません」
どこにも。
クリフォードは私の言うとおりにしてくれた。
……うん。言うとおりにしてくれすぎ、というか。私も王女としてより、麻紀としての部分が出すぎてしまったというか……。
ちょっとじゃなくて、甘えすぎ!
に、人間として駄目になる……!
だいたい、クリフォードの抱きしめ方が悪い! ドキドキするし、でもすごく安心するし!
おかげで、部屋が寒々しいと思った気持ちは消えたけど、正気に返ると途端に恥ずかしかった。クリフォードにはこれっぽっちも非はないのに、お茶に誘って最初に引き止めたのは私だというのに、部屋から追い出したくなってくる始末……!
王女生活で培ったセルフコントロール術を駆使する。
クリフォードから離れた私は、コホンと咳払いした。
「……ごめんなさい。いつもは、こんな風ではないのよ」
いや、待て。失態を見せているのって、クリフォードの前ばっかり?
「情けないところを見せているわね? どう思われているか不安になってきたわ」
『主』としてダメダメじゃない? 私の中では、『主』って格好良いイメージなんだよね。常にキリッとした……。
「どう……」
何故かクリフォードが真剣に考え出した。考えなくていいから!
「殿下は私にとって……」
クリフォードのシンキングタイムが、思ったより長い。
「武器、か?」
で、数十秒ほどして、やや首を傾げてクリフォードが呟いた。
えっ、武器なの? その腰にある長剣と同じ扱い?
でも――武器!
渡すものがあるんだった! ナイスタイミングだ。私はスカートのポケットを探った。普段着用ドレスに着替えたときも、一緒に入れたんだよね。
触れた感触が……メモ用紙、は違う。鉛筆――も違う。紙の包み……これだ!
取り出す。
包みを解いた。現れたのは、ふわりとした羽根の感触と、黒いつややかな色が特徴の特注品。
レヴ鳥の羽根を使って作った、剣の飾り房!
「クリフォード」
椅子から立ち上がって、両手でクリフォードに差し出した。
「以前、あなたにあげると約束したものよ。受け取ってくれるかしら?」
「喜んで」
恭しく一礼してから、クリフォードがレヴ鳥の羽根の飾り房を受け取った。今日一日、剣を彩っていた金糸の飾り房をほどき、羽根の飾り房を柄の先端につける。
一度、鞘から部分的に剣を引き抜いてカチン、と仕舞い直す。
「抜いてみたほうが良いのではなくて?」
「では――」
すらりと剣を引き抜いたクリフォードが一度、素振りをした。
綺麗なフォームに合わせて、ふわっと黒い羽根が揺れた。私から見た感じだと、実際に剣につけて動いた場合も問題なさそう。
というか、以前の飾り房と比べても、遜色なし!
「――大切にいたします」
護衛の騎士だし、『従』だからというお世辞とかじゃなくて――気に入ってくれたっぽい。
う。何だろ。そわそわする。
ほら、プレゼントを実際に使ってもらったり、身につけるものなら、つけてもらったりすると、嬉しいじゃない? 恥ずかしいような面はゆいような。
頭を冷やしたほうが良いよね!
「気に入ったかしら?」
はい、とクリフォードなら答えるのはもう予測できてる。
でも、それはきっと冷静な「はい」であって――。
「はい」
レヴ鳥の羽根の飾り房を見ながら、クリフォードが柔らかな笑みを浮かべた。
否定されたのに、また、夢の中に出てきた少年のことを思い出した。
「とても、気に入りました」
戦うことを嫌がっていた、優しい少年のことを。
――背伸びをして、クリフォードの頭に手を伸ばす。
その黒髪に手のひらをおこうとして――。
「……殿下?」
おこうとして――我に返った。
驚いたように見開かれた濃い青い瞳に私が映っている。
私は伸ばしかけていた手をおろし、背中に持っていって後ろ手を組んだ。
やらかす前にクリフォードに呼ばれて良かった……!
いや、なんで私、クリフォードの頭を撫でようとしてたの? 不審行動過ぎるでしょ。私、どういう思考回路での行動? 手が、手が勝手に……!
し、仕切り直し!
飾り房を喜んでくれたクリフォードに――。
「気に入ってくれて、わたくしも嬉しいわ」
心からの言葉を、返す。
王女スマイルを作る必要はなかった。
自然と、笑顔が浮かんだ。
……頭撫で未遂は恥ずかしかったけど!




