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 クリフォードとの、いわば終身雇用?契約みたいなものを終えた私は、時間も迫っていたので本日の夕食会に赴くことにした。


 場所は城の晩餐室。

 内装こそ凝っているものの、結構こぢんまりした部屋の中央に、レース布がかかった長方形のテーブルが一つ。そこに家族全員分の椅子が配置され、席割りは決まっている。


 上座に父上。父上から見て右側に、私、アレク。左側に、育ての母、兄。

 もうしばらくしたら、ここにシル様も加わるんだよね。私とアレクの並びは変わらず、上座に父上、育ての母。左側に兄、シル様って感じになると見た。


 メニューは全員同じもの。大まかに三段階。前菜やスープ、メイン、最後にデザート、で順々に料理が運ばれてくる。食べる手段はナイフ、フォーク、スプーン。

 季節の野菜を使っていたり、肉料理や魚料理、デザートだって味も見た目も凝ったものばかり。あとは、必ずパンが出る。パンはパンでも、前世であまり馴染みがなかった、丸くて硬いシンプルなパン。フランスパンより硬い。これが香ばしくて私はお気に入り。たまにおかわりもしています!

 さすが城の料理人が腕を奮っているだけあって、毎日美味しい食事を頂いている。


 ――ただし、大皿料理を幾つか出してもらって、そこから好き勝手に取り分けて食べたいなあ、なんて思うこともある。メニューも、もうちょっとこう、チープな感じの? 大衆食堂的な? 


 贅沢だってことはわかってる。

 でも、王女生活を送ること十六年。私は知った。


 贅沢にも人間は慣れてしまうということを……! 逆に、日本円でいう三百五十円――エスフィアの通貨では十セルぐらいの、屋台売りの軽食とかに憧れるようになるんだよね。高級ステーキも大好きだけど、たこ焼きも大好きっていう。

 A級グルメに囲まれていると、B級グルメも欲しくなる。

 人間の欲って底なしなんだね!


 私が晩餐室に入ると、そこには既にみんなが揃っていた。家族全員が席に、壁際には給仕の使用人や兵士。クリフォードは、護衛の騎士たちの待機位置についた。

 エスフィアの王族は、こうして大勢の視線に晒されながら、食事をとることになる。だから私も、美しく、お上品に料理を食す。……たまには阿呆づらして食べたいなあ……。


 私は持参の扇を給仕に預けた。使用人が引いた椅子に座る。

 隣のアレクと視線が合い、にこりと微笑み会う。


 正面を向くと、今度は兄と視線が合ったけど、お互いに、昼間のことはなかったかのように振る舞う。兄を避けて、(偽装の)恋人に会わせるまでの時間を引き延ばす――といっても、実のところ、私、この時間は基本的に毎日兄に会うことになるんだよね。

 でも、話題が話題だし、我が王家の夕食会の性質からして、夕食会で兄がこの件に関して追求してくることはないと私は踏んでいる。夕食会への行きと帰りに兄に捕まらなければ私に勝機はある!


「全員、揃ったようだな。では――」


 ――天空神への感謝を告げ、父上の合図で食事開始だ。そして、家族の団らんの開始。


 エスフィアでは、食事はお喋りしながら楽しむもの、として考えてられている。ところが、我が家族、父上も兄も、私もアレクも、下手すれば無言で食べ続ける。

 父上と兄はもともと寡黙。私とアレクはプライベートでは仲良しだけど、基本的に夕食会では自分から話題を振ったりしない。理由はある。

 私は――麻紀のときからの癖で、単に食事のときは食に専念したいから! 会話? そんなものいらぬ! 作っていただいた料理に舌の全神経を注ぐのみ! 

 アレクは――父上に気を使っているんだよね。そんなことアレクが気にしなくていいんだよって何回も言ったんだけど、私じゃなくて、父上本人がフォローしないとたぶんダメなんだろうなあ……。


 というわけで、全員、自分から何か話題を振るということはない。振られたら混ざる。


 話題を振る人と言ったら、残るは一人。


 大抵、第一声は――私の育ての母、父上の伴侶である男性。

 名前はエドガー。私はエドガー様、と呼んでいる。元商人。

 人柄で客を集客してしまう――国王までも惹きつける――脅威の才能の持ち主。実年齢より若く見える。焦げ茶色の癖毛と同色の瞳。トレードマークは眼鏡。


「そういえば、セリウス。今日はシル君と喧嘩したんだって?」


 本日の夕食会の会話も、エドガー様から始まった。


 私は給仕からついでもらった炭酸水を飲んでいた。水よりも、エスフィアでは炭酸水が食事の際には一般的。果汁を使ったフレーバーも人気。定番はレモン!


「ご存じでしたか」

 兄は苦笑いだ。そりゃあね、往来でラブシーン演じていたら目立ちますって。……自分ではそんなことはしたいとは思わないけど、正直、ちょっと羨ましい部分はある。それぐらい、周りの目を忘れるぐらい、好きな人がいて、両想いってことに対して。……そんな恋をしてみたい!

「仲直りはしましたが、オクタヴィアに叱られました」

 兄が言うと、私以外の全員の視線がこちらに向いた。


「誰も言わないでしょうから、わたくしが言ったまでです」


 ここはきっぱりと主張! 


「そうだな。俺が軽率だった。それから……」

 ん? 兄が言いにくそうにしている。珍しいな。


「オクタヴィア。すまなかった」

 不思議に思っていたら、突然、私は兄に謝罪された。


「兄上……どうなさったのです?」

「お前に叱られた、後のことだ」

 兄はやけに思い詰めたような顔をしている。


「あと……」


 呟く。

 もしかすると、私がカッチーンときたときのことですか。


 あれ? この流れって……。嫌な予感がするんですが。ちょっと兄上? 


「お前に、好いた者がいるとは、知らなかった。俺の無神経な物言いに、お前が怒るのは当然だった。シルにも言われた。……お前は、ずっと隠していたんだな」


 ――ぶっ。


 飲んでいた炭酸水を思わず吹き出すところだった。王女の面子にかけてかろうじて踏みとどまった。


「姉上に、好いた者……?」


 アレクが勢いよく私のほうを向いた。

 私はただ、愕然として兄を見ていた。


 何ですか、この展開は……!


「だから、せめて俺も、お前に協力したいと思ってな。父上にも言えないでいたのだろう?ならば、俺がお前にかわり、一刻も早く――この場でと決めた」


 シル様効果で、兄上、反省しすぎ!

 家族全員が揃っている夕食会で切り出してくるとは……!

 これは、まごう事なき輝く善意! ネックは、実際には私に相思相愛の恋人なんていないこと!


「俺とシルのせいで、お前は遠慮していたのではないか?」

「…………」

 人間って、驚くと言葉を失うってほんとだよ……。


「――どういうことだ? セリウス。オクタヴィア」


 父上が、鶴の一声を放つ。


 父上――アレクと酷似した色彩を持つ、エスフィア国国王、イーノック。国王としての能力を高く評価されている。幾つか短所をあげるとすれば、たぶん、アレク関連。


 言い訳を考えている私にかわって、兄がよどみなく答えた。


「オクタヴィアには、恋人がいるのです。今日、故あって聞きました。しかし――おそらく、俺――いえ、私のせいで、公にはできなかったのでしょう。もしくは、他にも、身分か、なにがしかの障害があるのかもしれませんが。……陛下、王家として、オクタヴィアの恋人を認めることは? 私は認めたい」


 ぎゃああああ。兄が、「俺」から「私」になってるうううう! 「父上」のこと「陛下」呼びしてるうううう! 息子としてお父さんにお願い、じゃなくて、第一王子として、陛下に直訴します、の形になってるうううう!


「あ、兄上!」

 焦って止めようとした私に、しかし兄はさすが即断即決の人。決めたら迷わない。迷わないったら迷わない!


「オクタヴィアに愛する者がいるのなら、その者と結ばれる権利があります」


 父上は、もちろん賛同はしない。


「――相手が誰かわからない状態ではな」


 でも、兄が食い下がった。


「では、まず披露目の場を設けては? 我々だけでです」


 ちょ……ちょっと。

 私が話についていけないうちに、とんとん拍子に、話が進んでゆく。

 胃が……胃が痛い。


 私のついた見栄が! 一人歩きをしてしまっている! 


(偽装の)恋人が決まったら、兄だけに、こっそりその人と対面してもらって、「どうよ! 私にも相思相愛の人がいるんだから! 愛する人がいるんだから!」ってことを、いっとき証明できればそれでよかったのに……!


 披露目の場なんて、逃げ場がなくなる!


 黙っているわけにはいかない!


「――必要ありませんわ」


「何故だ? オクタヴィア」


 兄は理解できない、という風にかぶりを振った。


「相手の方に、迷惑をかけたくないからです」


 相手の方――いまのところ、影も形もないけどね! しいてあげるとすれば……勝手にこっちで候補にしてしまったルストぐらい?


「なればこそ、その者の名を、申してみよ。オクタヴィア」


 父上も気にしちゃってるよ……。

 言えたら私も名前を出しているんですよ父上!


「この場では言えません」

 言えないんで、こうなる!


「名を出せば、王女として陛下にご紹介することになってしまうでしょう。繰り返しますが、わたくしの愛する人に、迷惑をかけることになってしまうかもしれませんわ。――兄上。わたくしが兄上にああ言ったのは、一人の娘として、妹として、知っておいて欲しかっただけなのです」


 なんか我ながら良いこと言った気がする。

 だからこの話はとりあえず終わりにしようよ! ね?


「……お前がそう言うのだ。それほど、難しい相手なのだな」

 

 や、違うよ兄上! ただ存在しないだけだよ!

 一体どんな人間を想像したんだろう。私の(偽装の)恋人何者?


「お前も、相手の者と話す時間が欲しい。披露目をするにしても、日を要する、ということだな? そうだな……二人のことだからな。明日にも、と思っていたのだが――では十日……いや二週間ほどあればいいか?」


 兄が頷きつつ、提案してくる。

 最初は明日にもとか思っていたって、恐ろしや。

 次に口にした十日よりは長いとはいえ、二週間って、十四日? 兄、基本的に出来る人だから、これでも充分時間をとったつもりなんだと思うけど……。私基準だと短!

 兄にだけ紹介するのにも一ヶ月ぐらいは欲しいって思っていた私だったのに、十四日?

 悪意なんてないことはわかってる。むしろその逆だ。でも、何短縮してんですか……!


「セリウス」

 諫めるように父上が兄を呼んだ。


「お前が決めることではないぞ」


「しかし、こうでもしないと……」


 深く息を吐いた父上が、私に告げた。


「オクタヴィア。食事が終わったら、執務室に来なさい。二人だけで話がしたい」


「はい……父上」


 うう。気が重い。


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