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ああ。これが、他人事であったなら。
かつての自分が、たとえば人気のない教室か何かで、単なる通りすがりの第三者として目撃した光景であったなら。
ただ、萌え萌えしてもだえていられたのに。
悲しいかな。関係者になってしまうと、いくら私が腐女子の魂をもっていようと、萌えは遙か彼方。
あー。せめて、これがお忍びで出た城下町かなんかで、まったく知らない男同士の嬉し恥ずかしラブを垣間見たんだったらなあ。いまの自分でも萌えるんだけどなあ。
……身内だとなあ。
私は目を細めた。
目の前では、男同士のラブシーンが繰り広げられている。二次元ではなく三次元で。でも、両方ともすこぶる美形だ。二人とも完全に世界は互いだけの状態に入っていて、舌まで絡ませあっている。
そして、この二人。何を隠そう、片方は、私の兄である。なんと、第一王子という身分である。そう、次期国王。
そして、ここは、我がエスフィア国の誇る、荘厳華麗な王城の一角である。空気を読んだ者たちは、兄たちの邪魔をしないよう、自主的にこの空間だけを避けているようだけど、本来は、往来のある場所。廊下である。王族だけが通れる限定通路などではなく、許可がありさえすれば城に勤める者も来賓も利用できる。
……おかしいと思ったんだよね。
普段なら、もっと人通りがあるのに。侍女や警護の兵士すら見掛けないなんて。
原因は、兄とその恋人のラブシーンにあった!
「…………」
私は、手に持っていた扇をパシン! と閉じた。
兄とその恋人が出す卑猥な水音だけが響いていた廊下では、それだけで充分な効果を発揮した。はっとしたように、恋人たちの唇が離れる。
「……オクタヴィア」
私の姿を認めた兄が、私の名前を呼んだ。
「――兄上。シル様と仲が宜しいのは結構でしょう。ですけれど、そうする場所は考えていただかなくては」
こんなとこでイチャイチャしてんじゃねーぞ!
と、もう直球で言いたい! 言いたいけど、兄が第一王子なように、私も王女なのである。王族の嗜みとして、言葉はオブラートに包みましょう。
エスフィア国の第一王女、オクタヴィア。それが私だ。年齢十六歳。ちなみに兄は十九歳。
兄、第一王子であるセリウスは、眉間に皺を寄せた。
……クッソ! イケメンだな!
銀髪に水色の瞳。長身。容姿端麗、頭脳明晰、武術にも優れた完璧超人。
さすが前世の私が萌え萌えし、登場人物人気投票第一位だった攻めなだけはある!
「……悪かった」
兄が謝罪した。ちなみに、脳みそがくらくらするようなイケメンボイスを装備している。
「いえ」
私がそう返事をすると、沈黙が落ちた。
気まずい。……気まずいなあ。
ほらほら、兄の恋人、シル様も居心地が悪そうにしている。それに気づいて、兄がシル様の手を握った。ラブラブですねー。
勇気づけられたように、シル様が口を開いた。
「オクタヴィア様」
シル様は中性的なイケメンだ。女には見えないけれども、美貌の持ち主。
兄とは美男美女……ならぬ美男美男。男爵家の出身で、紆余曲折を経て兄と結ばれた人物。
――そして、主人公。
「何でしょう」
私はシル様の真剣な様子に内心では怯みまくっていた。されど、腐っても王族。培った面の皮は厚い。平静を装って応じた。
「――オクタヴィア様は、どうすればおれを認めてくださいますか?」
「……認めるも認めないもありませんわ。わたくしがどうだというのです? シル様は兄上の愛する方だと、わたくし理解しております。それで充分ではありませんか?」
シル様の顔が悲しげに歪む。
本来、オクタヴィアは、兄とシル様の恋を、いの一番に祝福する。
でも、私は、違う。