卓、暴れる
チャリオットは元々異世界で軍人であったが、クーデタにより王となって軍事政権を立てた根っからの軍人、その政治も国力も国民も全てを軍事に捧げる、国のための戦争ならぬ戦争のための国を作り出した存在。
フールが提唱した戦争派、それは弱肉強食の世界、社会保障などなくとにかく敵を倒し権力を持つ者のみ優遇されるある種究極の世界、それを彼は渇望していた。
三時間目が始まった直後くらいにそれが起きた。
スターはいち早く異変を察知したが、それを星奈に伝えるかどうかでまず悩んだ。伝えれば昨日のように星奈はみんなを守るためにと教室を抜け出してでもチャリオットを止めるだろう。だが昨日の傷も癒えきっていない星奈が戦うと分かっていて知らせるなど、スターにはできない。
そんな隠し事の疚しさが星奈にも伝わっていた。
(ねえスター、どうしたの?)
『何でもない、気にするな、星奈』
(……本当に? 私は隠し事できないのに、スターってよく隠し事するよね。ずるいなぁ)
『大丈夫だ。私は君のことを想っているからな』
想っているからこその隠し事だ。そんな優しい想いもちゃんと星奈に伝わっているため、星奈はあえてそれ以上の言及をしなかった。
スターが更に問題に思うことは、昨日に比べて星奈に自分のことが知られているということだった。
感情の共振は元より、自分の性質や性格が理解されてきている。次に隠し事をした時に他のカード持ちの発現を勘繰られたなら、彼女は自力で変身してしまうかもしれない。
兼ね合いと計算、そんな暗い思案を嫌がりつつ、それをしなければならない状況にスターは陥ってしまった。
白銀の馬が屍肉を食らう。それでフールのように巨大になることはないが、彼の野生をますます育み、狂気にも似た殺意と暴走に堕ちていく。
「たまらねぇな! 味もなんもねえのになんだか興奮してきやがるっ!!」
『戦とはそれ也! 武人足る者、強き存在の肉を食らい、己の証を立てるのだ!!』
昨日の一件もありこの場には自衛隊も少し駐留していた。誰が通報したのかすぐに警官隊が現れ、チャリオットに対し発砲を始めた。
だがその銀の肉体には一切傷がなく、何の意味もなかった。現に卓は痒みもくすぐったさも感じていない。
馬が暴れると同時に卓の巨大なキャタピラが浮かび上がり、地響きとともに数人の警察官を踏み潰す。
まるで周りの攻撃を気にせずに卓は再び馬にそれを食べさせていた。
「これこそが勝者の活動だぜ……新人類ってのもあながち間違いじゃねえかもなぁ」
その圧倒的で一方的な暴力に、昨日の現場にいた者は既に腰が引けている。
だが昨日と違うことは、その場に刺さった鎖、そしてすぐに来た生島正義という存在。
「おい! ……お前、何故こんなことをする?」
『話すだけ無駄よ、チャリオットは戦うことしか頭にない愚か者だから』
『愚か者だと!? 卓、奴は征伐対象のジャスティスだ! 討て討てぃ!!』
二つのカードの言葉を聞かず、卓は正義の言葉にのみ答える。
「何故だって? 俺が最強だからだよ! 力を手に入れたんだ、試さなくってどうする!?」
「……ふん、愚者は昨日捕えたはずだがな!」
正義が叫ぶと同時に九本もの鎖が刃を前にして銀の馬に向かう。だがそれらはぶつかっても銃弾のように容易く弾かれてしまった。
「なっ!」
「おいおいそれでも同じチェンジャーか? そんな貧弱な力でよく昨日のあれを捕えたもんだ」
銀馬が嘶き上体を反らし、猛然と正義に向かって駆け出した。
『正義! パワーでは負けているわ、避けるわよ!』
「言われずとも……」
フールの攻撃を最初に避けた時のように、正義は後ろに鎖を放ち、それに巻き取られるように退いた。
だが卓の走る勢いは止まらず、そのまま正義を追いかける。
「それで逃げているつもりか、あぁ!?」
馬の頭突きが正義に当たり、その勢いがあってようやく正義は卓から距離を作ることに成功する。だがその一撃は想像以上に大きかった。
鎖に引かれた勢いと攻撃のために体を打ち付けた建物の壁が崩れ、正義の体はその瓦礫に飲み込まれる。
「手応えはなかったが……まあ何でもいいさ、止めを刺すとワールドがうるさそうだしな」
鼻を鳴らす馬を宥めるように体を落ち着かせ、卓は周りを見た。
敵――人間はいくらでもいる。昨日はすぐに来たスターが来ないことを卓は不審に思いつつ、他の反応にも気を使いながらその地点を離れないように戦いを続けた。
動物園に出かけていた玲子もチャリオットとジャスティスの戦いを感じ取っていた。
(あーあー派手なことをしちゃって……、まあいいです。それよりどうですか、話は分かってもらいましたか?)
玲子は動物園の柵に肘をついて、気だるそうにカンガルーを見つめた。
(生憎、カンガルーですので。夫と、この子と共にいることができればそれで十分です)
その雌のカンガルーも意味深に玲子を見つめているようで微動だにしない。時折、袋の中の子供を愛しそうに撫でている。
(けれど思いませんか? あなたは人間よりも優れた力を持っているのに、こんなところで管理されて、見世物になっている。家族くらいなら私達が養いますよ、チェンジャーとして、ね)
(能力が優れているから種族が違えど仲間に誘う、人間にしては随分野性的ですね。私はここで生まれ育ったのでそういう考え方はしませんよ)
玲子の素っ気なさ、人を人と思わない冷たさに、カンガルーの方が呆れている始末である。それでも玲子は続ける。
(野性的ではありません。自然の摂理というものがあるでしょう? 弱いカンガルーが人の支配を受けるように、我々チェンジャーは人と違い、人を支配するなり別に生きるなりするべきです。私が人であなたがカンガルーなのではなく、私もあなたもチェンジャーなのです)
カンガルーは目を細め、玲子を見つめた。だがすぐに目を閉じて微笑む。
(どちらにせよ無理でしょう。私があなたと共に行動しては目立ちすぎる)
(そうね、でもいずれそうならない世界にするわ……今チャリオットが暴れていても、人が悪いってなるような世界に……)
カンガルーに玲子の邪念は伝わらない。だがその言葉だけで仄暗い不安を胸に募らせた。
『そこに秩序はあるのかな? ……しかし、こんなに臭いガールとセットなのはミーとユーだけじゃないかな?』
(あなたも不運ですね、ラバーズ。けれど煩わしい人間関係がなく、純粋な性愛のみの動物は、ある意味最高の愛ですよ?)
『やれやれ、ユーは気が強い』
玲子が柵から手放し移動するのを見て、カンガルーはほっと一息ついた。
ジャスティスが負け、チャリオットが暴れ始めて三十分ほど経った頃だろう。スターの計算違いは学校の機能を精々遊ぶところ、勉強するところ、としか思っていなかったことである。
授業中の突然の校内放送は普通ない。それはよほど緊急であることを示す。
『連絡します。火野札市中央ほどに校長先生の車が発見されました。全校生徒の皆さんは先生の指示に従って運動場に避難しましょう。繰り返します……』
校長先生の車、というのは昨日急遽決められた化け物のような存在が出現した時の隠語である。校長室の鍵が家庭科室で見つかった、といえば家庭科室で火災だとか不審者というように作られたのだが、火野札市中央で見つかったところで何故避難するのか、となればやはり生徒たちの不安は結局変わらなかった。
晶乃は星奈を見つめたが、星奈が怒っているような顔をしてますます疑問を持った。
かくいう星奈はスターに対し怒っている。
(ねえスター、これってどういうことだろうね?)
『どうも何も、火野札市中央辺りで校長先生の車が……』
(隠語って、スター知らないの? 私でも知ってるんだけど?)
星奈のこみ上げる強い怒りが、隠されていたという悲しみがスターに、またスターからはバレたという疚しさ、そして諦めが星奈に流れ、二人の感情が混ざり合い、ますます二人の感情を強めていく。
『君の怪我は治っていない! チャリオットは武力に優れた戦士でフールよりも強いんだ! 今の君が戦える相手じゃない!』
(でも! だったらそう言ったらいいじゃん! どうして隠すの!?)
『それを知って君は素直に従ったか!? 素直に……ジャスティスが危機にあると知っても、君は我慢していたか?』
(それって!)
思わず星奈が立ち上がったと同時に、生徒の中から叫び声が上がった。
昨日フールに家を壊された者、家族を失ってしまった者もいるだろう、そういう子が耐えきれずに泣き出したり、先に逃げ出したりしてしまうのだ。
そんな狂乱状態の生徒達に混じって星奈も一人で走り出した。
「ッ星奈! 待って!」
晶乃が急いで追いかけるも、隣のクラスからの生徒達も混じってしまいついに見失う。
星奈は込み入ったとはいえ、誰も逃げなかった女子トイレの個室に入り、そこで変身を済ませる。
もうポーズは取らない、即座に仮面を被って星の板を出現させる。
「……行くよ、スター。私は……人を死なせたくない」
『星奈、それは君が危険な目に遭っていい理由にはならないんだ……』
悲哀と決意が混じり合う、それでも星奈は空を飛んだ。
子供たちは昨日の化け物を倒すのに活躍した少女の姿に希望を見た。昨日のように、今日も、そのように倒してくれると信じて。
(やはり動くか、スター)
切は避難命令を聞いて小学生同様に暴れ出した生徒に混じり、小学校近くで新華を見守っている。自分が変身するなんてことは微塵も考えず。
(俺は気にしない。ただ家族を、新華だけを守れればそれで……)
『ふん、家族など下らん。朕は子だけが居ればよいわ!』
切はカードを握り潰すように持ち、妹をじっと見守った。
同じように星奈に祈る者がいた。
(星奈ちゃん、君はまた行くんだね……)
『また傍観か? 今度は貴様も行けるだろう?』
啓吾は先生の指示通りに動いていた。高校は動揺が少なく、比較的早く隊列が整っていた。
(エンペラーが小学校に張り付いている。今朝のように発動する可能性もある、僕はそっちを気にするよ)
『……啓吾、我輩の隠蔽能力は隠れてこそこそするためのものでなければ不意を打つためのものでもない。貴様はそれで臆病になっているのではないか?』
(まさか。ただ僕は……守りたいものが多すぎる)
その一言にはあまりに多い意味にハイエロファントは少し混乱した。その数を選べない点と、想いに答えず曖昧にしている点を彼は嫌悪したが、しかし十五の少年に対しては重すぎると考えを改めた。
『ともかく、平和派としてスターには勝利してほしいものだ。だがストレングスも近づいている……』
不穏な空気を目いっぱい孕ませながら火野札市は再び動乱を巻き起こそうとしていた。




