エンペラーとチャリオット、変身する
連絡網が回ったが、火野札の三学校は休むことなく通常通り授業をすることになった。教員には余裕があり授業に支障も出ない上、避難した生徒たちもいつも通りに授業を受けた方がいいだろうという考えであったらしい。学校が始まって二日目でいつも通りというのも奇妙だが、そこは学校側の事情も兼ね合いだろう。
けれど、星奈が起きたのは晶乃が開いている天海家の窓から侵入して部屋に入って揺さぶってからである。
「星奈、星奈起きて」
「んー……ってうわぁ!? アキちゃん!?」
自分の部屋にいるはずのない人がいて驚き、ようやく星奈は飛びあがった。
「遅刻」
「え……ああっ! もうこんな時間!? お兄ちゃんは!?」
輝樹も隣の部屋で寝ていた。陽は避難してきた人のために学校に泊まり、亮太も早くから火野札市南部付近の復旧作業に駆り出されたため、家には二人。
特に普段兄を起こしていた星奈も昨日の戦いのためにまだ体に痛みがある。とてもではないが自力で起きるのは不可能だったかもしれない。
それでも星奈は急いで準備をして、晶乃とともに走った。
『星奈、無理はするな。少し休んでよくなったが、完治はしていない』
(平気だよ! それに、今はみんなの顔がみたいんだっ)
「どうしたの? 星奈、楽しそう。遅刻なのに」
「いーからいーから!」
全力で自転車を漕ぐ輝樹が一瞬で二人を抜き去る。そんな光景を二人は楽しそうに走った。
ギリギリ遅刻にならない、という時に校門でスターの恐怖が星奈に流れ込む。
『待て星奈!! ……ここは危険だ』
(え、何が?)
『……小学校に、二、中学校に、三、高等学校に、二』
(なぞなぞ?)
『違う! 小学校にタワーと女王(女帝)、中学校に運命のわっか(運命の輪)と月と皇帝、高校に悪魔と|女教育長(女教皇)! 全員我々と同じ力を持った者だ!!』
「ええええええっ!?」
「ど、どうした、星奈?」
「いや何でもない!!」
(そんなに!? 小学校に二人もいるの!? ……実は友達が、とかじゃないかなぁ?)
『馬鹿、油断するな! いいか、一つの建物内ともなると普段の漠然としたものではなく、正体がバレてしまう可能性が高い! 場所もより明確に特定されてしまう! 君の身の回りの人物に危険が及ぶぞ!?』
(ええっ! ど、どうしよう……どうしたらいいの?)
『……しかし家に戻っても、陽や輝樹に心配をかけ、結局行かねばならないか。……とにかく行っても平静を装うしかないな。こちらから出会おうとしなければ、名前や見た目がバレることはあるまい』
(本当にそれで大丈夫なの?)
『幸い、二人ともクラスは違う。君の知識にある校舎の図と比べても、学年が違う者もいる。全校生徒が集められる機会さえ気を付ければ、恐らく問題はない』
それを聞いて、あえて星奈はスターに返事せず、晶乃に尋ねた。
「ね、ねえアキちゃん、今日の一時間目って……」
「校長先生が、みんなが避難してきているけど仕方ないことなんだよー、っていう説明を運動場で……」
『むぅっ!? 大変だ、みな一斉に教室から移動を始めた!』
一時間目が始まる時間がすぐ、つまりタワーとエンプレスが校舎から二人が今いる運動場にまで来ているのだ。
今の星奈の位置は校門近くと非常に目立つ。カード持ち二人が積極的にスターの正体を探ろうとすれば、すぐにバレてしまう。
(こ、こうなったら……)
『何か手立てがあるのか!?』
(二人を信じて、堂々と行動する!!)
『馬鹿野郎!』
――しかし、スターの警戒は外れ、タワーもエンプレスもこれといった行動をすることはなかった。
(ね、みんないい人なんだよ)
『……しかし、エンペラーが中学から離れこちらを覗いているようだ。戦意があるらしい、気を付けろ』
(話せば分かってもらえるって)
鼻歌すら歌い出しそうな星奈の気楽な感情にも、スターは惑わされず警戒を続けていた。
わざわざ双眼鏡を使って、梅崎切はカード持ちを確認していた。
『この距離とこの生徒の数では分からぬ! もっと近づかぬか!』
(視認されて困るのはこちらだろう? ……しかしわざわざサボって見に来たのに、誰一人正体がつかめないとは割に合わんな)
もし後日、中学校で式をサボった人はいませんか、などと尋ねられればそれで切がエンペラーだとバレるだろう。
なんとか小学校の三人のカード持ちの顔だけでも分かれば、と思ったのだがそれもできない。
(どうせなら直接顔を合わせるか……無茶か。何より戦いになるのはまずい、いやワールドの助けがあるうちに……)
考えながらエンペラーは移動を開始し、中学校に戻った。
式が終わり星奈達が教室に戻ると、その机の異変に気付いた。
「きゃあっ!」
星奈の机の中に死んだカエルが入っていたのだ。
一体何がどうなっているのか、星奈は敵のカード持ちかと一瞬勘繰った。
が、晶乃がすぐに怒りにわなわなと震えて言う。
「あいつらだ、昨日のいじめっ子。こんなに大変な時に、下らない……」
ニュースで見たどうしようもない犯罪者を見下すような晶乃の表情は周りの友達すら畏怖するほどに冷たく、恐ろしい。
けれど星奈はむしろそれでホッとした。
(ただのいじめっ子かぁ、よかったー)
『星奈、あまりよくないぞ。そんなことに能力は使えないから教師にでも言うんだ』
「ねー、このカエルどーするー?」
間延びしたのんびり屋の春子が聞くと、弱気な新華が呟く。
「え、えっと、その、ちゃんと埋葬した方が、いいと思うの……」
「でも、二時間目が始まる」
晶乃が冷たく突き放すと、しかし星奈が明るく言った。
「そしたら中間休みだね!」
星奈の言葉で四人の行動は決定した。が、それまでカエルをどうするかが問題である。
「……星奈、私はカエル、触れない」
「私もー」
「あの……ごめんなさい」
『星奈、一体どうするつもりだ?』
「えっと……」
考えている間に、結局机の中の元あった場所に戻して一時間授業を受けた。
痩せ衰えたかのように疲れた星奈は、今度こそビニール袋にカエルを入れて、それを運ぶ。
「それじゃ、行ってくるね……」
「ついていく」
「私もー」
「えっと、あの、お供します」
『みんないい子じゃないか。カエルに触れないだけで』
(うん、みんないい子だよ。……カエルに触れないけど)
『星奈は平気なのか? ぬめり気の強い両生類に触れる女子というのも珍しいようだが』
(カエルだって生きているんだから、友達なんだよ!)
それには冗談っ気が混じっているが、おおむね星奈の考え方と同じであった。もっとも既に死んでいるが。
『そうか……、立派だな、星奈は』
(何よ、突然)
考えながら星奈は歩く。
「どこに埋める?」
と晶乃の言葉に星奈が答える。
「体育館の裏にしようかな、土が柔らかいし」
「でもさー、今あそこって人が沢山いるじゃんさー、だめじゃなーいー?」
春子の言葉に星奈の足が一瞬止まる。体育館はいまだにフールに家を壊された人たちとその救援物資などが大量にありその近くも混雑している。
それで星奈は振り返って笑顔を見せた。
「校舎裏でいっか?」
校舎裏に、用務員さんから借りたスコップで穴を掘るとカエルを埋め、そこに申し訳程度の墓標としてそこらへんの枯草を一本刺した。
そして四人で手を合わせ、祈る。
しばらく経った後、真っ先に晶乃が言う。
「それじゃ、行こうか」
その直後、スターの激しい焦りと同様が星奈を襲った。
『星奈っ!! エンペラーが発現した! こちらに来るぞ!』
「えっ!? ちょっと、みんな……」
星奈は変身する間もなく、その気配を上に感じた。
校舎から飛び降りてきたであろう黄金に輝く鎧を着込んだかのような男は、切の原型は既になく、六つの光る赤い目と四本の黄金の腕が見る者に圧倒的な畏怖を与える。
黄金の籠手と具足があり、機械でできたような顔面にも関わらずその綺麗に割れた腹筋だけは金粉を塗っただけのように肉体美を示している。
エンペラーの切は四人から少し離れた地点に着地すると、六つの目で四人を見つめた。
(……聞こえるかスター? お前はどれだ?)
春子と新華が恐怖に怯え震える中、晶乃がスコップを構えて前に出る。
(えっと、私は前から二番目! 星の髪飾りつけているでしょ!?)
(なんだ、先頭じゃないのか。そんなことでどうする?)
呆れるような物言いに星奈はムッとするが、今はそんな小さなことに怒っている場合ではない。三人を守らなければならないのだ。
(ねえ、私は別に戦う気はないの! ただ普段通りの生活を送りたいだけ!)
(ほう、ならば抵抗するなよ?)
そう言って、切は一歩一歩星奈に近づいた。
「お前、これ以上寄るな!」
「ちょ、アキちゃん……」
「邪魔だ」
切が一言呟くと同時に、晶乃の下の地面がぐずりと崩れ、ふらつきこけてしまう。
「わっ! アキちゃん!」
有無を言わさず切は星奈を黙らせるように口を手で覆った。
密着する距離で、二人の思念はより深く通じ合う。
(お前、さっきの言葉に嘘はないな?)
星奈は首を振って頷くと同時に思う。
(うん、うん。あなたはどうなの? どうしてこんな真似を?)
スターから能力が発現されたという話は、ジャスティスとフールの分しか聞いていない。事実上四人目の変身がいかに特別であるかは星奈にも分かった。
(なんでもいいだろう。深く詮索すれば大事なものを失うことになるぞ?)
星奈は言葉を失う。ただ悲しみ怯える想いと、それを勝る敵意が切に伝わった。
(強い意志だ、危険になりえる。だがそれにも勝る愛と正義とでも言うか、これなら新華も任せられる)
ふと思ってしまった切の親愛は、しっかりとスターと星奈にも伝わってしまう。
(え、新華ちゃん? なんで?)
即座に切は手を放して、来た時のように飛び跳ねて校舎の上に昇り、中学の校舎まで移動した。
「……行った、ねー」
春子が見送った後に言うと、既に涙ぐんでいる新華――梅崎新華は呟いた。
「こ、怖かったよぅ、星奈ちゃん、大丈夫?」
「う、うん、そんなに痛くなかったし平気だよ。たぶん、悪い人じゃないし」
安心させようという星奈の言葉に嘘がないと、こけてしまった晶乃だけが信じた。
そして何より晶乃は、同時に星奈を疑った。
(……ただ頬を掴まれているだけなのに、まるで話し合っているみたいに星奈は抵抗しなかったし、落ち着いていた。……なんで?)
なんとか立ち上がったそこ、晶乃の足元は水でぐずぐずに濡れていた。
「……ええ、そうです。エンペラー、スターに対して脅しかけるような真似はやめてください。スターとジャスティスに対しての関係は微妙ですから。ええ、それでは」
連絡を終えると、玲子は昨日から本来の仕事を放りだして始めたチェンジャーの研究に戻った。
学生以外にも目立つ職場に通うチェンジャーはいる。警察署にサンとジャスティスが合流し、デスとハーミットもとある民家でたまに会っている。
いまだに未知なるハングドマンも気がかりであるが……玲子の最も気になる存在は恋人であった。
(二十四時間全く移動しない動物園から動かないラバーズ、果たして人間なんでしょうかね?)
チェンジャーの新たな可能性を試しに移動しようという瞬間、更なる能力の発現を察知した。
だが彼女は電話しかしなかった。
「もしもしチャリオット? ええ……なんで番号を知っているかって? いいじゃないですか。それより何をする気で? ……はい、はい……ふふ、構いませんよ。私はあなたの味方ですから、ご自由にどうぞ」
「へえ、暴力行為を認めるってのか? ……味方? はっ、もう切るぜ」
銀色の肌に纏わりつくような薄い鎧、その腕は原型を留めない銀の棒となり、下半身が変化したキャタピラの先の馬に癒着している。体中のそこかしこに鋭い銀の棘がある危険と敵意を抱かせる姿は、あろうことか火野札市の中心で発現していた。
(ええ? チャリオットよ、テメェの言う争いとか征伐に興味はねえし、あの女の思い通りになる気もねえ。俺はこの能力で最強になる! そのためにまずお披露目と行こうぜぇ!)
『良いぞ良いぞ! 力を示し武勲をたてるのだ! 我らが覇道に敵はなしィ!!』
二日目の狂気が今始まろうとしていた。