表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/51

日出三、オフ会に出る

 愚者を倒した後、星奈は体の痛みに耐えながら学校の方に向かっていた。

(早く戻って、みんなに、元気なところ見せなくちゃ……)

 痛む体を抑えてなんとか歩くも、既に限界は近づいていた。

『星奈! これ以上は無理だ、今からでも正義とジャスティスに助けてもらおう!!』

(アキちゃん怒っているだろうなぁ……、お兄ちゃんだって、私がいないって知ったらどんな反応するだろう……)

 未発達な小学生の体には、巨人のたった一撃が想像を超えるほどに利いていた。更に慣れない戦闘という経験が彼女の体に重い疲労としてのしかかっていた。

 そして、ついに意識が途切れ倒れた。

『星奈、星奈ぁぁぁあああああああああ!!』

 悲痛な叫びの後もスターは星奈に声をかけ続けた。



『フールの力が極端に弱まった、恐らくはジャスティスとスターがやったのだろう』

 それを聞くや否や啓吾は立ち上がった。

「兄貴?」

 学校の体育館に避難してきた人たちはいまだに不安を隠せない。今この場に化け物が来ないかとひやひやしている中にあり結構な騒ぎもある。だから啓吾はこう誤魔化した。

「今、あの巨大な化け物がやられたっていう噂が聞こえてね」

 そんな話は誰もしていなかった。だが不安な人々の中にこういった希望のある噂を彼が今始めたため、瞬く間に波及し、新たな噂として晶乃が後から聞いた。

「だ、だったら星奈を……」

 助けに行く、その言葉を啓吾が受け取った。

「僕が行ってくる、おばさん、晶乃を頼みます」

「ええ。……啓吾くん、あの人と輝樹もお願い……」

 天海陽、天海家の母は教育者であるために学校を離れるわけにはいかなかった。最後の望みを彼に託す想いだった。

「いいか啓吾、絶対に無理はするな。無理だと思ったらすぐに戻ってくるんだぞ」

 野矢啓太郎(けいたろう)は、その老齢のためにどうにもできない事情があった。こんな時でも息子の人を安心させようとする笑顔を見て涙ぐましく思う。

 啓吾は頷くだけですぐに走り出した。既に脅威が去った彼にとって当然のことである。

 ……程なくして啓吾は無事に星奈を見つけ、自転車をその場に置き背負って体育館へと戻った。その探すのに、スターが延々と声をかけているのが役だったことは言うまでもない。

『……啓吾か、助かった。全く、この眠り姫は』

 そうスターが言い終わると、スターもまた眠るように声を出さなくなったのを啓吾は覚えている。

 慎重なハイエロファントはその間も一言たりとも喋らなかったという。

 家が無事だった彼らはその後程なくして警察の先導の下家に戻った。ただ、陽だけは公務員として体育館に寝泊まりする者のために残って雑務をしていたが。



 その夜、火野札生物科学研究所は目立っていた。町外れにある白塗りの大きな建物は夜の闇に不気味に立っている。

(夜十一時集合は流石に危ないか。……失敗したなぁ、明日の朝とかにすれば……仕事か)

『仕事のない日出三には縁のない話である』

 たっぷりの皮肉に日出三は辟易しながらその校門によくあるような鉄格子を引いた。鍵はかかっていなかった。

「ほ、本当に来たのね……」

 恐る恐るという女性の声を後ろに受け、即座に日出三は振り返った。

 そこには短くまとめた黒髪の眼鏡の女性が立っていた。夜遅くにも関わらずきっちりと三つ揃えのスーツを着こなす姿に、女性特有の可愛らしさではなく、働く女性の逞しさと美しさを日出三は感じ取る。

「えっとえっとジャッジメント氏でござるか? ぶふぅ! 拙者はマジシャンでござる!」

 ジャッジメント氏こと信濃蓮(しなのれん)は顔を歪めた。

「……本名は言わなくていいかしら? ええ、ジャッジメントです。これがそのカード」

『ひぃ~、嫌です、嫌ですぅ』

「声、聞こえる? だいぶ腑抜けたことを言っているんだけど」

「萌えキャラキター!!」

 ますます顔を歪めた蓮は、もう日出三を無視して中に入った。

「先に失礼するわ」

「待って待って、拙者もお供するでござる!」

 そうふざけた態度の日出三は、それでも心強く美しい蓮に少し引かれている。

 と同時に蓮もだいぶ安心した様子であった。何せジャッジメントはネガティブな発言ばかりするし、真夜中に一人きりという状況だったのだ。気持ち悪いとはいえ三枚目の面白人間がいることで気が楽になったわけだ。

 そんな二人を見て、スキンヘッドに鼻ピアスの目つきが悪く、髑髏のシャツとビンテージジーンズの男が後を追った。

「っと、あれが……まあいいや。おーい! 俺だ、チャリオットの三島卓(みしますぐる)だぁ!」

『ぬぅん!! ジャッジメントもマジシャンも征伐対象であるぞ!? 貴様も征伐するぞ卓!!』

 そんな三人を見送った後、学生服を着た凛々しい少年が静かに後を追った。

『ええい(きり)! 朕を黙らせるなどどういうことか分かっているのか!? 朕は貴様を処刑する所存であるぞ!?』

(ちっ、カードってのはどれも碌な性格してねえな。しかしあのデブがマジシャンか……、まあ全員様子見だな)

 梅崎(うめさき)(きり)は闇夜に溶け込むような学生服と学帽で身を隠し、三人の後を追った。


 暗いはずの研究所だが、道案内をするかのように仁藤玲子の研究室までの道程だけ明りがついている。

 それを日出三、蓮、卓の順で進み、その遥か後ろ気付かれないように監視カメラの死角を選び切が進んでいた。

 仁藤玲子の研究室も明りがついている。それを日出三は緊張しながら扉に手をかけた。

『言葉通り、扉の中にワールドがいるのである。能力は発現していないのである』

(それ聞いて、ちょっと安心したよ)

 この距離ならば蓮にも卓にも普通の日出三の言葉が聞こえている。だがそれは敢えて言わなかった。扉を開ける緊張感が会話をなくしているのだ。

 日出三が思い切って扉を開けると、爆発音がなった。

「ひょぉっ!!」

「きゃあ!」

「うおっ!」

 三人先頭から声をあげ、切はカードを持つが、すぐにポケットにしまった。

「皆さんようこそ! 私が仁藤玲子です……あれ? 驚いちゃいましたか?」

 誕生日などで使うクラッカーを鳴らした彼女は、それが原因であると気付くと、どうにもせずそれを捨てた。

「まあ、お気になさらず今日は語らいましょう! えっと、先頭からマジシャンさんと、ジャッジメントさんと、チャリオットさん、跳んでエンペラーさんですよね?」

 チャリオットこと卓が驚き後ろを見る、だが彼の目には誰も映っていないが、チャリオットが気付いた。

『確かにいるっ!! エンペラー、奴も征伐対象であるぞ!!』

「なっ、いるのか!? おい出てこい!!」

 そこまで言われ、ようやく切は姿を現した。

「おお、エンペラー殿……イケメンでござる」

 安心したような日出三の顔は瞬く間にちょっと残念な顔になった。玲子の時は美しさを喜ぶ間もなかったために、イケメンに対する悲しみも一入(ひとしお)である。

「まあまあ、罠に嵌めるわけじゃないんですから、私の話を聞いてくださいよ、皆さん」

『余、反対。皆、敵、殺す可し』

「あっ、これは気にしないでください。ワールドはどうも物騒で……でもご心配なく、これは私の言うことを聞くだけの道具以下の何かですから」

 そう言い切る玲子に、日出三は少しの恐怖を覚えた。マジシャンはあれで日出三の心配をしてくれている。

 だが他のカード持ちは違う。蓮にとっても卓にとっても幻覚幻聴のようなもの、そして切もエンペラーを道具か役立たず程度にしか思っていなかった。

「では皆さん、どうぞおかけください……」

 卓と蓮はすぐに座ったが、切と日出三は立ったままだった。

「どうしました? マジシャンさん、エンペラーさん」

「いえ拙者、これを気にダイエットを試みておりまして、げふんげふん」

「まだ敵とは限らないが、味方とも限らん。警戒させてもらおう」

 穏やかに笑ってみせる日出三と鋭く玲子を睨む切は対照的であるが、行動の理由は全く同じであった。

 それも玲子は笑って受け付けた。

「ではでは、私のお話、聞いてもらっていいですか?」

 それは蓮と卓が不満の目をした。日出三と切は玲子を警戒するあまりにどうにか味方にできないかと考えて話を聞こうと思うが、蓮と卓はともかくカード自体が脅威なのだ。これについての話でなければ、他人の話を呑気に聞いていたくはない。

 それでも結局、二人は玲子の話を聞くことにした。大学でも講師をしているという彼女の知恵を信じたくなったのかもしれない。

 そして玲子の話が始まる。

「私はですね、ネットでもお話したんですが私達を進化した新たな、そう、人類を超えた存在だと思っているんです。ニュースになっていた動画は見ましたか? 世界中で大反響だそうです」

「それは見た。三人のカード持ちが確認されていたな」

 切がそう言うと、玲子の目が一瞬敵意を含むような鋭さを見せた。

「その、カードが本体みたいな言い方はやめてくれません? 我々はそういう共通点を持つ前提はありますが、あくまで優秀な存在は我々です」

『余、否定。余、力、(なんじ)与う(あた)

 ワールドの言葉をまるで聞かなかったように、玲子は話をつづけた。

「ハリウッドも超えるような現実のアクションが著作権もなく無料で見れるんですから、誰だって見ますよね。でも、彼らも新たな存在なのです。戦ってしまったのはなぜかというと、人のしがらみに囚われているからなんですよ」

(カードの言葉は幻聴扱いか……、大丈夫か?)

「聞こえていますよ、マジシャン。カードの言葉など所詮は仰る通りカードの言葉です。気にする必要もないでしょう」

『ふむ、そう考える者がいるのも必然であるな。しかし玲子の考えも合理的ではある。もう少し聞いてもよいのである』

『嫌です嫌です、道具扱いは嫌ですぅ……』

『むぅ、人を人とも思わぬ所業……征伐対象であるぞ!!』

『朕を道具だと!? ぷぷ、ぷー! 許せん!! 打ち首じゃ! 切、打ち首じゃー!!』

 次々に流れ込むカードの声に、日出三は他の皆がカードの言うことを幻聴だと言ったりして毛嫌いしている理由を何となく察した。とんだ暴君が多かったらしい。

「フールの居場所は火野札中央自然公園、ホームレスの溜まり場でした。逮捕後の報道でも浮浪者のような格好とありましたので、恐らくは人に迫害されていた状況で新たな力を手にし、それを使った。そして……ジャスティスとスター、でよかったですよね? 二人も人の生活の中で自分達を守るためにフールと戦った。みんなは自分達の正体に気付かず、人の愛、人の憎悪によって戦ってしまったんです」

「それが問題なんですか?」

 蓮が尋ねると玲子は座っている蓮の眼前にまで近づいて大きな声を出した。

「大きな問題ですよ! 我々が新たな存在であることに気付かず仲間同士で戦ってしまい、仲間を人間の手に捕えさせてしまった! 我々の共通の敵は人間です! 新たな存在としてその自覚をし、フール、スター、ジャスティスの三人の目を覚まさせねばなりません!!」

 それがワールドの、いや玲子の思想であった。

 生物学の権威である玲子にとって自らの能力、そしてフール達今日戦った三人の能力は遥かに人を超え、そのために自分達は人とは違う生物だと信じた。

 ならばたった二十二の生物、手を取り合い協力して生きていかねばならない。たとえそれが彼らの意志に反しても。

「なので、私は私達を新生物『チェンジャー』として、この世界を変えていこうと思っています」

「変身する者、世界を変える者のダブルミーニングか? はっ、付き合い切れんな」

 切が呆れて言うと、卓が立ち上がった。

「俺だって付き合い切れねえ! 悪いが帰らせてもらうぜ、生憎俺は人間なんでな」

「……ならばどうぞ。いずれ協力してもらいますがね」

 玲子は不敵に笑った。その顔に卓は畏怖しつつ、しっかりとカードを握って帰った。

「い、いいんですか?」

「いいんですよ、ジャッジメント。いずれ彼も私達に協力してくれます。……エンペラーは帰らないんですか?」

「勘違いするな。貴様の思想に付き合い切れんだけだ。無条件で味方してくれるというのなら、戦力だけは提供してやろう」

(ちょっ! ツンデレ!? とかじゃなく、まあ普通の意見か)

『それで日出三はどうするであるか?』

(俺も世界を変えようなんて大きなことは考えないな。家に引きこもってても過激な奴が居場所を狙うかもしれないし、仲良くはしとこう)

 考えていることがカードを通じ皆に伝わる。無礼な日出三の心に対しても玲子は言葉もなく笑顔を見せた。

「では、これからチェンジャーとしての活動を二つ、申し付けます。一つ目はハイエロファントを探し出すこと。もう一つはタワーを味方に引き入れることです」

「あれ? フールを助け出すんじゃないんですか?」

 蓮が不思議そうに質問するのを、玲子は察知していたように即座に答えた。

「ジャッジメントのご指摘ももっともです。敵の手に落ちたフールの奪還もすべきですが、いきなりそれをしてはジャスティスとスターが勘違いのまま敵対してしまいます。それは私達の望むことではありません。なのでまずは、敵に正体を隠して接近できるハイエロファントを味方につけることが重要なのです」

 それに蓮が納得したように頷くと、切が目を細めて尋ねる。

「ならタワーはなんだ? 何の音沙汰もない他のカー……チェンジャー、と同じだろう」

 カードと言ってしまってもよかったが、一応は玲子の思想に合わせておいたのは切がそれだけワールドの力を警戒しているからだろう。

 その質問に玲子はにっこりと答えた。

「縁起がいいでしょう? 崩壊、今ある秩序の破壊を示すタワーが味方にいると」

 たったそれだけ、しかし味方を増やすとなるとそれだけでも充分な気が、日出三にはした。

 そして集会は終わり、各自それぞれ帰宅した。

 エンペラーだけ後ろを歩き、日出三と蓮が並んで喋っていた。

「にしても、みんな本当に名前とか言わないんですね。マジシャンとかエンペラーとか、変な感じ」

「オフ会はそういうものでござるよ。にしてもあんな怪獣が暴れ回っていたとは夢見心地でござる」

「そうですよね……っていうか! 正式発表ありましたけどジャスティスって生島正義なんですね!? 信じられない……あいつがジャスティス……」

「知り合いでござるか?」

 今まで知的で冷静な雰囲気だった蓮が唯一心乱したのがそのことである。

「私、弁護士なんです。あいつ検事でよく法廷で顔を合わしたんですけど……あっちが正義で私が審判とは」

 互いに正義を信じる存在だが、どうにも蓮には皮肉に思えてならない。

 蓮が弁護士であることに、納得しつつ不思議に思いつつ、こじれそうな話を日出三は別の方向に持ち寄った。

「それよりもスターでござる! 幼女を戦わせるなんてありえないでござる!! 幼女はそっと愛でて、遠くから見守る……」

 熱心に語り蓮に引かれる日出三の耳元に、切のゾッとするほど低い声が響いた。

「お前、変態じゃないだろうな……」

「い、いえ、イエスロリコンノータッチの精神でござる」

「死ぬか?」

 エンペラーのカードを示す切の感情は、どうにも日出三には読み取れない。だが明確な殺意だけは誰にでも分かる。

「結構! ……単純に、あの二人は命がけで大切なものを守るためにフールと戦ったわけでござろう? ワールド、いえ玲子殿には賛同できないのでは、と心配しているでござる」

 二人とも国の法や大切なものを守るために戦った存在、故にその大切なものを敵に回しかねない玲子と敵対する可能性の方が高い。

 そうなると、日出三としても良い人とは戦いたくはない。そもそも戦いたくない。

「それは、その時次第だろうな」

「あっ、私もうここまでです。皆さん、今日はお疲れ様でした」

 蓮が去り、切が去り、日出三は一人夜を歩いた。

 心配は絶えない、それでも今は流れに身を任せるしかない。


特に括りはないけどフール編終了ってやつです。でも彼は今後も出ますよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ