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愚者、愚公山を移す

 星奈が家に帰ったところで丁度輝樹も自転車で家の前に止まった。

 急に家に帰った啓吾を追って輝樹も急いで帰ったわけである。ちなみに、啓吾が息を切らして帰ったのは自宅にタロットの反応を感じたからである。

「お、星奈。また啓吾ん家行ってたのか。本当晶乃ちゃんと仲良いな」

「お兄ちゃん……でも私もう、しばらくアキちゃん家いけない……」

 この「てへ事件」は星奈の中で一週間は残るだろう。まあ似たような経験を何度かしているので、それ以上長引くこともなさそうだが。

「へえ、そうか。啓吾の奴も急に急いで帰りやがるから、お前が家にいるってわかったんかね、へっ」

 親友を冷やかすように言う兄の言葉も耳に入らず、ソファに寝そべった。

『それより星奈、輝樹にも尋ねてみたらどうだろうか。君の知識ならば輝樹が死ぬということはないだろう』

 その内容はつい先ほど危険と思われたタロットについてのことである。無論彼らはタロットということに気付いていないが。

(いや、いくらお兄ちゃんでも危険だよ。それにお兄ちゃんが知っているとは思えないし)

『だが星奈、意外なこととは起こるものだ。他のカード達に共通点はなさそうでも、火野札市を中心に集まっている、というような共通点があるように、スターやムーンといった我々に何かこの世界での共通点があるかもしれない』

 ミッシングリングとも呼ばれる、予想だにしない共通点というものがある。タロットを知っている者ならば誰でも分かるのだが、それを知らない星奈達にとってはそれがミッシングリングなのだ。

(えっと、私にも分かるような、スターがピッタリくる言い方が、塔と、星と、月と、恋人と、戦車と正義と、力と魔術師と、死神と悪魔と、太陽と世界! ……共通点なんてあるのかな?)

 しかもスターは星奈の抱いているイメージとは微妙に違うとまで言っている。天体であったり概念であったりはたまた人の種類だったり、とても共通点など見当たらない。

『確かに危険性もあるが、もしそれがこの世界で君が知らないだけの普通の何かならば、情報がつかめるうえ疑われることもない。賭ける価値はあるはずだ』

 スターの言葉を真剣に考える星奈に、輝樹が心配そうに声をかけた。

「おいどうした? ない頭絞ったって分からねえぞ?」

「なっ! 余計なお世話! お兄ちゃんに言えることじゃないでしょ!?」

「なんだと? お前よりかは賢いよ」

 真剣に兄を心配して考えていたというのに、そんなことも分からず輝樹は星奈を馬鹿にする。それが星奈には我慢できなかった。

「お兄ちゃんの馬鹿! 大嫌い!」

「おーおー馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ、バーカ」

 むむむ、と顔を歪ませる星奈の脳内に激しい叱責が飛んだ。

『こら星奈! 嫌いでもないのに大嫌いなんて言うものじゃない!!』

(っ! でもお兄ちゃんが!)

『でもじゃない! ……もし戦いに巻き込まれたら、星奈も輝樹も危険な目に遭うかもしれない。もし二度と会えなくなっても、今の言葉が最後になってもいいのか?』

 そのスターの言葉だけでも星奈は考え込んでしまうのに、星奈にはスターが本当に二人を心配していることが、そして大切な人と別れてしまう辛い感情までが直接流れ込んでしまう。それはそれだけで星奈を涙ぐませるほど強い感情であった。

「おいどうした? 次の言葉も思いつかないのかー?」

 煽るような輝樹に対して、星奈は急にしおらしく女の子らしく呟いた。

「……あのね、大嫌いって言ったけど、本当は好きだからね?」

 不安そうな星奈の言葉に、輝樹の方が言葉を失った。

 しばらく無言の間があったが、輝樹がようやく返事を返した。

「お、おう。本当に急にどうしたんだ? 啓吾になんか言われたのでも思い出したか?」

「いや、そーいうんじゃなくって……、ただ、知っててほしかったから」

 今にも泣きそうな星奈に対して、輝樹は急に笑い出した。

「ばっか! 分かってるっつのそんなもん!」

 笑いながら輝樹はぽんぽんと星奈の頭を叩く。

「あのなぁ星奈、言われなくたっても俺もオヤジもお袋も、ついでに啓吾も晶乃ちゃんもお前のことを大切に想っているし、お前だってみんなのことを大切に想っている、だろ? 今更んなこと言わなくたって分かんだよ」

 そんな言葉は、星奈が安心すると同時に、妙に子ども扱いされているようでついそっぽを向いてしまった。それは、恥ずかしかったからかもしない。

「わ、私にも分かってるもん!」

 そんな気恥ずかしさから逃げるために星奈はソファに寝そべったままテレビをつけ、その衝撃の事態を知った。

『今も尚警官隊が発砲を続けていますが、自衛隊も合流するとのことです! 巨大生物は南浅木からゆっくりと北上しているようです、火野札市付近の皆様は……』

 星奈の中に恐怖と、それ以上のスターに対する疑念が浮かんだ。

(ね、ねえスター、これってもしかしてスターの言っていた……?)

 それ以上伝えることはないが、スターの諦念が星奈にも伝わった。

『……できれば隠しておきたかったのだが、やはりテレビとは恐るべき装置だな』

(なんで!? 気付いていたんなら教えてよ!!)

『優しい君のことだ。教えたら現場に行こうとするだろう。それは危険だ、私のために君を危険に巻き込むわけにはいかない』

(でも、だからって……!)

 星奈が現場に向かうとスターが予想した理由は、ただ星奈が正義感が強いだけではない。

 にわかに信じられないものを見た表情の輝樹の言葉がそれを物語っていた。

「……おい、あれ、オヤジもいるんじゃねえか?」

 共働きの星奈の父は警察官であり、南浅木警察署に勤務していた。この緊急事態に駆り出されている可能性は大きい。

(……お父さんを無視して、自分だけ助かろうなんて絶対に駄目!!)

『だが星奈、君に何ができる? 君はただの少女だ、地力では輝樹や啓吾にも敵わない、か弱い少女だ』

(でも、今は力があるんでしょ?)

 星奈の言葉にスターは答えない。そんな風にスターとの会話に勤しむのを、驚き絶望していると思い、輝樹が伝える。

「星奈、お前は晶乃ちゃんのところに言った後、学校でお袋に合流しろ。俺はオヤジを探してくる」

「そ、それは危ないよ!!」

「だから俺が行くんだろうが! 俺ん家の、天海家のことだ。運動もできねえ啓吾を連れ出すわけにはいかないからな。大丈夫だ、あんなんと戦おうなんて考えてねえよ。オヤジ見つけたらすぐ説得して学校に行くからな。いいな!」

 そう言うと輝樹はすぐに家の外に出て自転車を用意した。彼らの母親は火野札小学校の教師である。

「待ってお兄ちゃん!!」

 既に輝樹は自転車を漕ぎだしている。

「頼んだぞ星奈!」

 残された星奈がその場で立っていると、野矢家から兄弟が出てきた。

「星奈! テレビ見た!?」

 晶乃が先に、後ろから啓吾が出てくるが、星奈は普段のような恋愛のドギマギをしない。

 ただ不安が胸に競りあがってくるような、吐き気に似た恐怖。

「あ、アキ、ちゃん……」

 晶乃が優しく星奈を抱きしめる。だがそれではだめなのだ。

『星奈、今は輝樹を信じるしかない。いくら責任感の強い父上といえど、警官の義務以上に家族を守るはずだ』

(……だったら、だったら! 私がどうしたいかも分かるでしょ!? ……私が守らなくちゃ)

 星奈の強い決意にスターは面喰った、不安が足元を崩すような、自分の自信をぶち壊すような星奈の決意に。

「晶乃! 私はお兄ちゃんのところに言ってくる」

 がっしりと晶乃の肩を掴んで放し、星奈は走り出した。

「星奈!? 駄目、危ない!!」

『星奈、辞めるんだ! 死んでしまうかもしれないんだぞ!?』

(私が、晶乃も、啓吾さんも、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも守ってみせるんだ!!)

 星奈を追いかけようとした晶乃を、啓吾が止めた。

「兄貴! 星奈が……」

「大丈夫、晶乃、僕達は学校に行こう。父さんと母さんもそっちで合流するんだ」

 既に野矢家の両親は連絡が通じており、学校で天海家と合流する予定になっている。

 星奈が見えなくなってから解放された晶乃は、啓吾の頬を叩いて、涙を流しながら学校へ歩いた。

(ごめん、晶乃……)

『仕方ないだろう。それにしてもどういう風の吹き回しだ? 貴様の力は守るための力だろう? なぜそれで星奈を戦いに向かわせた?』

(……僕は晶乃を、他の家族を守る。輝樹を信じることにしたんだ)

 とても脆弱で不安に満ちた信頼にハイエロファントは嘲りに似た感情すら抱く。その薄っぺらな信頼は、啓吾が恐れを抱いていると示すようなものだった。

『どちらにしろスターかフールが敗退するのであれば、それでよい。いや、ジャスティスも……』

 奸計(かんけい)を巡らすハイエロファントを余所に、啓吾は暗い顔をして晶乃の後を追った。



「ふっはははははは!! 壊れろ壊れろ!! 全て壊れてしまえ!!」

 警官隊の拳銃など銃弾を吸収することができるため養分にしかならない。

『あのー、聞いてます? 我々に対抗できそうな敵が一……いえ、二人も近づいているんですが?』

 調子に乗った彼にフールが恐る恐る尋ねるが、いい気になった彼は慢心に満ちている。

「この力で倒せぬ敵がいると? 面白い! この力で叩き壊してくれる!!」

『それなら是非……一人、もうそこにいるんですよ』

 黒く巨大な物体は既に十メートルほどの高さになっており、これはコンビニを縦に三つ並べたほどの高さ、要はそこらの建物などあっさりと吸収できるほどの大きさである。

 その足元、警官隊に混じって少し違う男が立っていた。

 律儀に七三分けにした髪に、キリリと鋭い瞳を持つ男は、警官と違って濃紺のスーツを来て眼鏡を整えている。何よりその顔に恐怖はない。

 彼はすぐにそれがフールの言う敵だと察知した。愚直に発砲する警官との格の違いは、恐らく彼でなくとも分かったであろう。

「生島検事! ここは危険です、今部下がパトカーでお送りしますので早く逃げてください!!」

 正義は警察にも顔が通じている。だからこそ今ものんびりとそこまで来たのだ。止められはしたが。

「行くぞ、ジャスティス」

『ええ。……やっぱりあなたって素敵だわ』

 まず正義の髪がすらりと腰の辺りまで伸びた。みるみる頭から先まで黒髪がライトグリーンに変わる。

 次に鋭い閃光がフールと『彼』の目まで眩ませる。その間に正義の服装はすっかり変わっていた。

 くびからへそまでザックリ開いた、ボディに張り付くような水色のスーツ、警官が普通の時に見れば変質者かと疑うような露出具合だが、奇妙なのは見えている肌の部分。

 首からへその間に大きく縦書きで『絶対正義』と刻まれており、他の部分は横書きで六法全書の一条から内容がずらりと並んでいる。

「けっ! 検事!? なんですかその格好は!?」

 驚きとドン引きで刑事は叫ぶが、正義は至って冷静だった。

「どうやら、俺もあれと同じ力があるらしい。まあ見ていろ」

 正義の体の周りに、先が鋭い苦無のような刃になった鎖が二つ出現し『彼』の胴体を貫いた。

 吸収しようと油断していた彼は思いもよらぬ攻撃に、つい膝を負った。

「ぐっ! 馬鹿な!?」

『だから言ったじゃないっすか! 対抗できる力を持つ者が来ているって! ほら次からあいつの出す攻撃は躱して!!』

 そんなものはフールに言われずとも分かっている。だがフールの無用の焦りが彼までも焦らせてしまう。

 次に四本の鎖刃が彼を狙うが、そこで彼は正義が予想もできないことをしてみせた。

 それは、ただのジャンプなのだが。

 十メートルの巨人が跳躍した瞬間、その場所からは音が消えていた。

 誰もが言葉を失くし、呆然と見上げていたからだろう。かちゃりと拳銃を落とす音だけがなった。

 巨人のいた場所は跳躍の反動のためにコンクリートがひび割れているが、そんなものを見る者は誰一人いない。

 二十メートルほど真上に飛ぶそれを見て、正義は思った。

 勝てない。自分の能力じゃ、いやただの人間でもなんでも、これを倒すことはできない。

 跳躍した体勢のまま『彼』は拳を振りかぶったが、それでも正義は動けなかった。

『ちょちょちょ何ぼーっとしてんの!!』

 ジャスティスが背中から鎖を遠くのビルに突き刺し、フックのようにひっかけて強引に正義の体を動かした。

 そしていなくなったところで彼の巨大な拳が警官隊諸共地を砕いた。

 その衝撃たるや、全く利かないながらも発砲を続けていた警官達を委縮させ逃げさせるほどであったが、地響きのためにパトカーがまともに走れない状況を作るほどの衝撃。

 無様に走って逃げだす警官達の中に、パトカーの無線を使用する者が何人かいた。その中の一人が星奈の父である天海亮太(りょうた)である。

「本部! 本部至急応答してください!! 怪物は銃弾を全く受け付けず、圧倒的な力でどうにもできません!! 至急応援を……」

 そこまで言って亮太は彼から避けるためにすぐに走り去った。そのパトカーは即座に踏み潰され吸収される。

「ふ、ふははは! くくく……対抗できるものだと? 大したことのない奴だ。あれが対抗できる? 対抗できるとはなんだ?」

『馬鹿にしないでくださいよ。……にしても、私も笑いが止まりません! 馬鹿だ馬鹿だと言われ続けた国のない王の私が、ジャスティスをブッ飛ばせるなんて!! いっひっひ、やってやりましょう、もっともっと壊しましょう!!』

 愚直な策が思いのほか功を奏したと、フールはいまだに信じ切って油断している。

 所詮愚行は愚行、誰もが戦闘に慣れていないだけで早く倒さなければならないというのに、彼女はそれに気付かず束の間の勝利に酔うのであった。

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