久十郎・正義・蓮・太陽よ、正義の審判に沈め
崩壊した警察署の後から掘り出されたのは、権座久十郎の金庫であった。
金庫といえどフールの力は受ける、それが残っていたのは奇跡と呼ぶにふさわしく、それは鍵師を呼ぶこともなく蓮の破壊のラッパによって無事開かれた。
『正義さん、是非あなたに見てもらいたい』
そういう久十郎の親族の言葉を受け、正義は弁護士であり自分の敵対者でもある蓮を呼んで、わざわざその金庫の中の遺書を確認しに来たのだ。
「じゃ、お先にどうぞ」
蓮が素っ気なく遺書を渡し、正義はそれを読み、つい笑ってしまった。
「どうしたの?」
当然訝しがる蓮に対して、正義は一言だけ残し、それを蓮に渡した。
「読んでくれ」
前半の部分は遺産の配当、金や土地、退職金などについて書かれており、家族や息子のみならず募金する施設や量まで厳格に決められていた。
そして途中には自分がチェンジャーであり、恐ろしさからそれを使えなかったという告白もあったが、特筆すべきは次からであろう。
~~
ここまでで私は自分の罪を告白した。それで一つだけ留意しておきたいことがある。
もし私が死に、その死因が明確でなければ、また死ぬ理由も差し当たって見当たらない場合、恐らくそれは生島正義と天海星奈の二人のどちらかに殺されているだろう。
私はこの警察組織の長として、民を守るべく尽力していたが、彼ら二人はそういった義憤ではなく社会的地位や自己保身のために力を振るっている。
彼らがもし私がそのことに気付いていると知ったら、私を全力で亡き者にしようとするだろう。
真に恐ろしき身内の敵を倒すことができないのは私の弱さであり、現状が敵しかいないからである。
いつの日か私は警察諸君と共に、真に正しき世界を築き上げていきたい
~~
「……はぁ」
納得したような、していないような、という感じで蓮は溜息を吐く。
「さすがだ、死んだ後まで策謀を張り巡らせているなんてな」
無論正義はそういった俗世的な欲求で戦っている訳はなく、星奈とは直接会ったことすらない。
それでもこう書いているのは、彼の筋書がそこまで進んでおり、それに裏切られた時にこう書いておけばせめてもの恨みを晴らすことができるからだろう。
自分が死ぬのなら、貴様らもただでは済まさん、そんな久十郎の地獄からの声が正義には聞こえるようだった。
「私、一応ご家族の方の前でこれを読み上げなくちゃいけないんですけど?」
弁護士としての立派な仕事である。これは正直困った、と蓮は呟く。
死者を辱めるような真似はしたくないが、久十郎と星奈が出会ってないことが既に事実としてあるため、父は正しい警官としてではなく、とんだ腹黒狸として死んでしまったことになるだろう。
「それなら、こうすればいい」
正義はあっさりと紙の後ろの方を破り捨てた。
「なっ! 不自然でしょうがこの馬鹿チン!」
「それは敵の能力で、とか言っておけばいいんだ。気にすることはない」
笑いながら、遺書を読み終わった正義は満足そうにその場を後にした。
残された蓮は、けれどそんな正義の言葉に従い、その破片をラッパで粉微塵にして、残った前半部分、実はチェンジャーであったということまで書かれている紙だけを持って家族の元へと戻った。
『随分汚いことをするようになったものね? それがあなたの正義?』
ジャスティスの声に、バイクで事務所に戻っている正義は答えた。
(……全く正しいこととは思わない。けれど彼には恩があったし、何より家族と警察官達が不幸だ)
警察官は署を破壊されたことによってチェンジャーにあらぬ恨みを抱えていた。同じ組織とはいえ正義が生き延び久十郎が死んでしまったこともその理由である。フールが逃げ出した原因が久十郎だと知れば、皆はどのような顔をするだろうか。
『……あなたの正義、嫌いじゃないわ』
(そう言ってくれると助かる。でも、俺も身の振り方を考えなくてはな)
今のまま検事をしていられるかどうかはまだ分からない。おとなしく仕事を奪われて玲子の提案通りに議員でもやるのが安全で調和を崩さないかもしれない。
『そこは、あなたの信じるように、ね』
(手厳しいな)
星奈と玲子が作り出したこの現状は、チェンジャーには少々厳しい。
チェンジャーは切や日出三のように普段通りの日常を許可されたが、周りからの視線は今までと違う。
それでも正義は仕事を辞めるなど微塵も思っていない。彼の仕事は、正しいことをするために就いたのだから。
『……一つ言ってもいいかしら?』
(なんだい?)
『あの遺書、紙の後半にだけあなた達の秘密を暴露するように書かれていたでしょう? それもあの男の策略なんじゃない? 余計な部分だけ破り捨てることができるから』
言われて、正義は気付いた。
そして、小さく微笑んだ。
(どうだろうね……? でも、あの人は大した策士だ、それだけは分かる。)
粛々とした雰囲気で遺書を読み終わった後、同席した天海亮太が蓮に話しかけた。
「……それで、あなたもチェンジャーであるんでしたね?」
人気のない廊下で言う内容には丁度いいが。
「え、ああ、はい。それが何か?」
あなたも、という言葉に蓮は違和感を憶える。目の前の男はチェンジャーではないのに何を言っているのか、という疑問だ。
「実は、私の娘が、星奈と言いまして、あなたと同じチェンジャーなのです」
「ああ、スターですか!? それはそれは、へえ」
蓮に星奈との直接のかかわりはほとんどない。玲子の前に集められた時に顔を見て、その行動を見て凄いなぁと月並みな感想を抱いただけだ。
亮太は複雑な表情を浮かべているが、全ては悩みという一極に集中しているらしい。自分では決め兼ねる出来事に対して、蓮に助言を求めている風だった。
「私は、チェンジャーというものが憎かったのです。多くの部下と同僚を殺し、警察の象徴でもある署を破壊し、署長の命まで奪った。けれど今、娘がそのチェンジャーで、実は署長までチェンジャーであったというではありませんか」
「ええ、警察に一人チェンジャーがずっといるのは分かっていましたので、関係者に一人はいるだろうと誰もが分かっていましたよ? まあ、署長さんとは思いませんでしたが」
亮太は苦しそうにうめく。
「……私は、チェンジャーをどうすればよいのでしょう?」
「それは私に聞くことじゃありませんね」
蓮はバッサリと切り捨てる風に言った。けれど一言だけ付け加える。
「もう、答えは決まっているんじゃないですか?」
それは悩み惑う亮太の顔を見れば誰でも分かることだった。
既に心は愛する娘と尊敬する上司に向けられていた。
「……しかし」
「私は警察官が嫌いですが、悪い人を捕え良い人を助ける姿は尊敬しています。悪いチェンジャーを憎み、……彼女のような優しいチェンジャーは、大切に育ててあげてください」
それだけ言って蓮は足早に去った。
面倒臭い、というのが大きな理由だが、久十郎をこれ以上庇い切れない、というのが大きかった。
「ビールはビールでも一緒になると楽しいビールはなーんだ!?」
「……またそれですか?」
火野札生物科学研究所にまだ玲子がいる時、この時だけはリナと愛海も首相と会談して戻ってきた玲子の話を聞くべくここに来ていた。
が、蓮の所為で飲み会になってしまった空気がある。
「答えは口ビール、んー……」
ハートを浮かべて蓮が玲子に迫るのを、二人ともギョッとした顔で、そして玲子は悲鳴じみたものまで上げた。
「ちょーっとやめて下さい!! ひっ!!」
蓮の顔を強引に引っ掴んで玲子は辞めさせる。
そして離れて、蓮は純粋な疑問符を浮かべた。
「……なんで? 前はあなたがしてくれたのに?」
「いや、あれは結界張ってたからです。今は張ってないので、流石に直でキスは……」
予想外の否定に酒に酔っていい気分の蓮は、ボロボロと涙を流し始める。
「わー! どうせ誰も私のことを好きじゃないんでしょうね! 知ってましたよコンチクショウ!! おい酒持って来い!」
リナですら完全に引いてしまっている。蓮の暴挙を止められる物はいない。
「お、おいワールドさん、キスしてやんなよ」
「いや、それは具体的な解決策じゃありませんから……。それより、チェンジャーの今後ですが……」
市議会議員は既に決定していたが、この時点で玲子が国会議員に昇格していた。
「で、私が国を牛耳ることはできないんですが、まあ皆さんがこの火野札市を手に入れることは概ねできたわけです」
市議会にチェンジャー皆で出れば、この市はチェンジャーのものになるのだ。という玲子の考えはあっさり崩れる。
「私は結構、縛られるのは嫌いでね。へっへ」
「あーしだってやーですよぅ! もう玲子の言うことなんざきけねぇ! けぇへぇっ!!」
驚いた玲子は、すぐに表情を整えて二人に言う。
「それなら、ますます世間はあなた方に厳しくなりますよ? それはあまり得策ではないかと」
「知らないね、世間なんて。世間にもあなたにも縛られないのが私。ってことで、ごめんね」
リナの言葉に、玲子は仕方なく頷いた。正直それは想定の範囲内であったからだ。
問題は、酒に酔った勢いで断っているような蓮だ。
「……蓮、酒の冗談で言うのならやめてください。ちょっと不安じゃないですか?」
そんな真剣な言葉の最中ですら、蓮は酒を煽る。
けれど、次玲子に見せた顔は思いのほか真面目な表情だった。
「……酒、飲んでるから言えることもあるのよね」
げふ、と小さくゲップしてから蓮は続けた。
「言えなかったんだけどさ、やっぱり私は差別されても人を助けたいわけよ。私達は違うから、差別じゃなくて区別だって思える。でも、無実の人や社会のために罪を犯し、それで罰せられる人を助けたいの。罪を犯すことは、被害者だけでなく加害者も傷つけるのよ?」
人を好んで傷つける人間、サイコパスなどと言ったりもするが、そんなものが確かにこの世にいたとして、この世の傷害事件の犯人全てがそうであるわけがない。
人を傷つけて残る満足感をもって刑務所に入る人間がいるだろうか? 罪を犯して、後悔して、反省して、それで大きな罰を受けるという人がほとんどなのだ。
そんな人の想いを、後悔と反省を、ちゃんと伝える、それが蓮の思う弁護士という仕事だ。
「……だから、ごめん。うー! 辛いよ! 玲子の期待に応えられないのはつらいよ! でも私だってもう立派な大人だから自分で決めるんだー!」
ぐびぐびぐび、とビールを煽る蓮を見て、玲子はつい笑った。
「……仕方ないでしょう。いいですよ、蓮。正直に言ってくれてありがとうございます」
玲子が最後にちらりと愛海を見た。
「……私は、ちょっと迷ってます。でも必ず……」
「それは、どうも。期待はしないでおきますね? でも、大変でしょうから頑張ってください」
愛海は酒を飲めないが、その場は結局宴会騒ぎになった。
蓮が滅茶苦茶に暴れて、挙句玲子の唇を結局奪ったことは……いう必要もない。
権座久十郎 58歳 身長155㎝ 9月10日生まれ
キャリアのない叩き上げの警官にして、若い頃は正義に燃えて市民を守るためと数々の犯罪者をバッタバッタと逮捕していた。しかし当時から上司や権力者の弱みを握り続け警視正にまで登りつめる。普通キャリアがないとよくて警視にいけるかどうかであるため、若い警官から憧れの目を集めていたりする。ちなみに巡査長、巡査部長、警部補、警部、くらいまでがキャリアなしでもいけるかどうか、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監は基本的に試験などを受けている。久十郎がいかに特別かよくわかる、そこいらのキャリアよりも実績があるため反発は少ないが。
作中ではあっさりとフールに負けてしまったためにその老獪な知恵が振るわれることがなかったが、星奈と正義の逮捕状を通じている裁判官からいつでも出せる状況にしていたため、そこいらのチェンジャーを倒したら二人も指名手配して火野札市の裏の王になろうと画策していた。正直それも書いてみたかった。
サン
詳しくは18章のサン、沈むにて。
裏切り者の平和派にして、物語の中では戦争派にも平和派にも信頼される立ち位置。平和派からは誰もが憧れる美人な聖母として、戦争派からは裏切りの奸智に長ける美女として、それぞれ内面も外面も褒め称えられていた。
しかし面の皮が厚いだけで綺麗ごとばかり言わせられる生活に辟易していたため、何もかもぶっ壊したくなり戦争派に移る。緑色の髪と赤い目を持つ普段は暗い雰囲気を讃えているが、教徒に見せる笑顔は華々しい太陽のようだと評判。
生島正義 33歳 身長170㎝ 6月9日生まれ
どんな犯罪者でも特定の法に従って限度内の罰しか受けないという現実に歯向かい、検事として数多くの被告に厳罰が下るように尽力してきた男。
チェンジャー事件で注目を集めてしまい、玲子についでインタビューなど心無いマスコミの攻撃を受けるため、星奈達とその後ほとんど会わなかった。仕事の方も裁判官の偏見などにより以前ほど厳罰は取れず、精神的に参ることになる。そんな中で自分に対抗してチェンジャー弁護士として蓮がたびたび相手側に立ってくれたおかげで彼のモチベーションはギリギリのところで保っていた。ある日『君とはもう戦いたくないから、俺だけの主婦にならないか?』とプロポーズをしたところ、笑顔で断られる。が、その後に蓮からプロポーズされたため、渋々受けた。
結婚後はどうして承諾したのかと悶々としつつ、母親になった蓮と酒に酔った蓮が凄く可愛い、とたまに会う日出三や啓吾にのろけるようになった。
信濃蓮 29歳 身長163㎝ 9月6日生まれ 31歳で生島蓮に
生島正義に負け、それが間違った結論であったと知って以来、歪んだ憎しみに囚われた彼女は、嫉妬の魔人と出会いそれを跳ね除けて再び自分の使命を思い出す。
が、チェンジャーであることも不幸し、チェンジャーの正義との戦いにも普通の検事との裁判にも全然勝てず、たびたび玲子のところで酒を飲んでいた。
弁護士を辞めて議員にでもなろうかと思うほど追いつめられた時、正義からプロポーズをされるが、笑顔で断り勝利の美酒に酔う。その後『私のために馬車馬のように働く気、あります?』とプロポーズしたところ、正義が渋々承諾したためおとなしく家事に従事することにした。
その結婚がチェンジャー同士の初の結婚であり社会的にも大きく取り上げられたが、二人がいちゃいちゃする様子をあまり見せなかったためそんなに盛り上がらなかったとか。最終的に長男の法貴と長女の典子を産む、何かあるたびに夫への文句を玲子に報告して酒を飲んでいたが、妊娠中の飲酒や子供の文句は一切なかった。
ジャスティス
平和派に囲まれた小国の王、水色の髪と常に閉じている目が少し印象的な女王。両手に剣を持って戦う武闘派であるが、国王自ら法律を作り、厳しく罰することで国の秩序と権力を保つ。その辺が正義と同調したらしい。
厳正過ぎるがゆえに自由のない法律は自分でも辟易しているが、戦争の多いこの時代で小国の王たる彼女が生き延びる術がそれしかないからということに起因する。故に平和派に加盟して自分の国民と秩序を守ろうとした。普通の良い人。
ジャッジメント
世界の中心にある国というよりも市程度の領土の長。
数々の争い事や揉め事があるたびにどちらが悪いかを決めつける特殊な役職に就いていて、彼女がその現在の代表だった。
しかし優柔不断な性格が災いし、デビルとマジシャン・スターの激しい議論のどちらが正しいかを判定できず、隠れてしまい、争いを生み出してしまった。すぐに弱音を吐くところが蓮に似てしまったが、短い黒髪と整った小顔は蓮にそっくりだったりする。




