蓮、雪辱を果たす
ジャッジメントの蓮の赤い目玉がぎょろりと一団に向けられる。その正気を失ったかのような姿と、先ほどの荒れ狂う戦いぶりにみえると日出三に加え他の四人も一瞬ひるむ。
「ああ、もう来たんですか? ……まあ知ってましたけど」
『終わります終わりますぅ? でも玲子さんは相手にしたくないですもんね』
そうジャッジメントが言うとすぐに、蓮はたった一歩踏み込む動作で、走り幅跳びを飛びきるような勢いの跳躍を見せ、一瞬で正義との間合いを詰めた。
『正義ぃ! なんとかしなさい!』
(そのつもりだ!)
星奈がいることにも気付かず、正義は鎖を六本自分と蓮の間に出現させ螺旋の丸い檻のようなものを作り出したが、蓮の木槌はそれを突き破り正義の頭に当たった。
鈍い音が響くが出血も何もない、ただ正義の意識は遠のいた。
(こんなっ……俺は……)
『正義!』
蓮はあっさりと正義の体を支え、彼を肩に担いだ。
「じゃ、行きましょうか。ワールドの計画も準備が整っちゃったみたいだからね……」
変身を解き、ごく普通の姿で玲子の凶行に怯える蓮の姿があまりにも普通だったため、ますます皆は奇妙な感覚に襲われた。
逃げた輝樹は追う朋美と出会っていた。
「輝樹先輩! 大丈夫でしたか? ヤバい人が一杯いたんじゃないですか!?」
朋美の言葉に輝樹は答えず、逆に質問をした。
「ミツキ、お前、いつからそれ持ってた?」
「それって、これですよね?」
取り出したのは当然例のタロットカード、それに輝樹は頷いた。
「四日前でしたっけ? フール……、あの黒い巨人が暴れた時ですね。それが何か?」
「お前、その間ずっとそれを隠していたのか?」
一つずつ事実を確認して、輝樹はどんどん恐怖にも似た怒りを覚える。
知れば知るほど怒りがこみ上げる自分に恐怖しているのだ。いや、無知すぎる自分に恐怖していたのかもしれない。もはや輝樹にそれが怒りなのか恐怖なのかの判別はつかない。
「ええ。これがあると他の人の反応も分かるんですけど、みんな……といっても教皇と吊るされた男以外は私が持ってた時以前にあったと思いますよ?」
全てのカードは同時に顕現しているが、そんなことを朋美は知らない。
そして教皇が啓吾であることなどは輝樹も知らない。だから言葉を受けて星奈も啓吾も同じ時点からなのだろうと推測した。
そして輝樹は、つい走り出した。
「あれ先輩!? どうしました!?」
「うるせえっ!!」
輝樹はただ走った。がむしゃらに走った場所は、家へと続いていた。
既にエンペラーへと変容した切は、その能力も惜しみなく使い堂々とリナの前に立った。
その姿をカメラに収められたり放送されたりもしたが、あまりの速さにリナと遭遇した場面と今は撮られていない。
そもそも、この数日間にあまりに歴史的な惨劇、事件が起きたため、火野札市の宿などにテレビ局やジャーナリストが泊まり込んでいるという事情があった。もっともその殆どは学校の取材か壊滅した警察署などに駆り出されているが。
北部はサツマイモ畑の広がっており、またチャリオットやフールの攻撃を殆ど受けていないため騒ぎから縁のない場所になっている。
そこで興味深そうに木造ボロ屋を見て回っているリナが、更に目を輝かせたのが黄金のエンペラー、切であった。
して、その切の方が焦っていた。
「が、外国人!? あ、あ、ハウアーユ? キャンユースピーク……」
それにリナが目を見開いて驚いた。
「うわっ! ハングドさん、あいつ外国語喋ってる! どうしよう!?」
『落ち着けよ、あれたぶん日本語みたいなもんだ』
リナはまだ焦っているが、切の方が大体の事情を察した。
「……なんだ、日本人か?」
「リナ・リーベルト、ただし在日アメリカン……この意味することが分かるか、鎧?」
「知るか」
「私もよくわかってないんだよね。たぶん日本人でもアメリカ人でもないから、とりあえずぶらぶらしてる」
あまりに適当な態度に切は頭痛がする思いだが、耐えて言う。
「お前、そのカード、ハングドマンを持っているな。話を聞いてくれないか?」
リナは言われてカードを取り出す。そして切の顔をじっと見据える。
「話の前に名前でしょー! 私はリナ・リーベルト、あなたの名前は?」
「エンペラー、と呼ばれている。お前もリナではなくハングドマンと名乗れ」
「ハングドウーマンじゃだめ? できればリナの名前が気に入ってるんだけどね?」
飄々と笑うリナにますます切はむかっ腹が立つ。どころかそこらに水の柱を立ててしまうほどであった。
「とりあえず――聞け。お前は俺についてきて、俺達のボスの話を聞くか。それとも死ぬかだ」
それにリナはあっさりと答えた。
「じゃあ聞かせてもらおーじゃないか! 面白そーだしね」
『本気で言っているのかよ!? 相手はアホアホエンペラーだぞ!?』
『誰がアホアホであるか! 頭が高いぞハングドマン!!』
それでも変身を解いた切に、リナはついていった。
そもそもリナがハングドマンの意見を聞き入れたことはなかった。
玲子の研究室で、彼は両腕の治療を終えて、結界に閉じ込められて座っていた。
「他の人達も時期に到着するでしょう。デビルとムーン、デスとハーミットが別グループで、テンパランスとラバーズがそれぞれ完全中立と言ったところでしょうか。余裕ができたらそれぞれ話をしたいですね」
『玲子さんは本当に熱心っすね。こっちからでもやる気がビンビン伝わりますよ』
彼が口を開かないというのに、フールが退屈そうに話しかける。
それに、玲子は珍しく笑顔で答えた。
(あなた達がどうかは知らないけれど、私と彼は間違いなく人を超えた存在よ? 知ってしまった以上区別をつけないといけないのは当然じゃない?)
『へー、凄い妄信っぷりっすね。その考えにどれだけの人間が賛同するかは見ものっす』
(……大丈夫よ、多少は取り繕うから)
挑戦するようなフールの言葉に玲子は眉をひそめるが、すぐに普段の笑顔を浮かべた。
(さて。皆さんが戻ってきたら、ホイールオブフォーチュン辺りにチャリオットを連れてきてもらいますか)
玲子の奸計はまだまだ半分、しかし既に準備は済んでいる。
チェンジャーの一団が生物科学研究所に入る。
で今までは五人にも満たない少数で、学生なんてこともあって、で元々玲子が変人扱いをされていたために許容されていたが、今回ばかりは許されなかった。
「あ、あの、それって生島正義さん……しかも失神している?」
「ああ、同僚みたいなものですから」
蓮のそんな言葉があっても訝しむなんてものではない、即通報である。
(同僚は無理があるだろうな……)
啓吾が呆れて変身し、皆を落ち着かせる一つの方法を試してみる。
「あー、私は神の使いだ。今この場に……」
「何が神の使いだコスプレ野郎! 生島さんに何をした!?」
(啓吾さん、その方が駄目だと思います……)
少し呆れたように星奈が思うと、彼女も光に包まれ、その戦鎧たる魔法少女姿を見せた。
「あの! この人たちは悪い人じゃありません、信じてください!」
ざわついた場が少し整然となる。テレビで正義と共に戦い、平和を守っていた少女の言葉に皆が耳を傾けたのだ。
「これからしばらくこの場所をお借りしたいんですけど、その、もしかしたら危険なことも起こるかもしれないので、皆さんは、おさない、走らない、喋らないで避難を……」
「あんただけ目立たせないんだから! ほらとっとと避難させなさいよ!」
とにもかくにもこの場を離れることが先決だということは分かってくれたらしく、多くの職員が仲間を呼び、それぞれ非常口入口問わず避難を開始した。
「いい? 私の言葉でみんな避難を始めたんだからね? いい!?」
「分かったよ、うう……」
執拗な千佳の態度に星奈は呆れながら、少し虚しくもなった。
「あの、それで連れていく場所っていうのは?」
星奈がみえると日出三に尋ねる。
「私は詳しくないのよね。お願いしますよ、マジシャン?」
「おけおけ。マジカル星奈たんのためならえんやこらでござる」
彼自身は星奈にそういう気は全くないが、日出三にとってキャラ作りを重要にしていた。
日出三を先頭にして全員が玲子の研究室へと向かう。
反応はワールドとフールの二つ、避難する研究員とすれ違いながら、そこへと入った。
「来ましたか。ようこそ、チェンジャーの皆さん」
そうして星奈は玲子と出会った。
「ワールドとハイエロファント達が合流した。俺達も急ぐぞ」
「その俺達って私も入ってるの?」
リナがきょとんと切に尋ねる。既に切は少年の姿に戻っていた。
ゆっくりと田舎らしい風景を眺めながら歩くリナは、都会にきた田舎者のようにきょろきょろと首を振っている。
「お前以外に誰がいる?」
どうにも切はリナと喋るたびにイラついている様子だった。それは仕方ないかもしれないが。
「チンさんは?」
『朕はチンではない! 朕はエンペラーであるぞ!?』
『久しぶりであれっすけど、この女に何言っても無駄ですよ』
『うるしゃいうるしゃいうるしゃいわ! 朕に敬語も使わぬとは、許すまじハングドマン!!』
そんな言葉を聞いて切はつくづく無能オヤジであるエンペラーよりも、常識のあるハングドマンの方が良いと思ってしまう。
ちなみにハングドマンは平和派でエンペラーは戦争派だが、ハングドマンはずる賢くエンペラーに多少へりくだる態度を取ることで彼の気を宥めているきらいがあった。
「それで、少年のボスってどんな人? いくつ?」
「年は知らん。というか、年は重要か?」
「いや、別に……。冷静に考えたら年齢も性別もどーでもいいかなー? 強ーて言うなら、賢くて強い?」
なるほど聞けば明確な質問に、切は満足そうに答えた。
「賢くて強い」
それを聞いてリナも嬉しそうに微笑んだ。
リナにこれといった思想はないし、力を使いたいとも使いたくないとも思わない。ただ面白そうなところに、面白そうなことにと足を運ぶのみである。
「――準備は整った。永劫の地にて暗黒と静寂に包まれた七つの罪よ、我が声を聞け」
妖しく揺らめく蝋燭で作られた魔法陣が七つ、それぞれ中心には今まで光史郎が集めた不思議な力を持つという書が置かれていた。
高山はそっとその様子を見守る。もはや彼にできることはなかった。
「さあ大罪よ! 降臨せよ!!」
そう光史郎が叫ぶ、しかし変化はなかった。
「……おい、大罪は?」
高山が尋ねるも、光史郎自身が理由も何も分からなかったため返答に困る。
「儀式は上手くいったはずだ。しかし大きな力の存在は確認できない……ふむ、時を待つ必要が……」
その瞬間、七つの書が一瞬で燃え散った。
驚きを隠せない高山に対して、光史郎は狂ったように笑い始めた。
「罪は直に堕ちる。あとは待つだけだ……三つの神が散り、十九のうちの七つに新たな力が宿る!」
『それまでにもう少し数を減らしたいなぁ……。こんだけ卑屈なお前が選ばれないとは思えねえが……』
罪落としの計画は十中八九が完了している、後は七つが誰に堕ちるか。その肝心な部分が光史郎たちに決定権がないのは異常とも言えるかもしれない。
それでも確率は高山も合わせればおよそ三分の一、普段の光史郎とハーミットからすればありえない賭けの確率だが、この時までワールド達が攻撃しないことやフール達の暴走に巻き込まれずに成功させた方が奇跡のような確率なのだ。
「さて高山よ、そろそろ動くか?」
「……正直、待ちわびた」
高山の中に鳴り響く殺人を呼ぶ衝動が、暴走のような動きを続けていた。
『殺せぇぇぇえええええええええ!! 殺せッ!! 殺せッ!! 殺せ殺せ殺せ殺せ……』
高山はカードを拾ったその瞬間から、止まぬ耳鳴りのような声に襲われ続けていた。




