わだかまり、一つ残る
「いっちょあがり、押忍!」
ムーンの念動力によって動きを封じられた早紀子は、その顔面に炎を纏った拳を浴びて、変身が解けていた。
『早紀子! なんてあなたはおろかな……』
ハイプリエステスが早紀子をののしるも、力なく地面に座り込む彼女はそれに返す言葉もない。
(あの先輩、そのカードってどうするんですかね?)
朋美が尋ねると、愛海はこともなげに言う。
「うーん、危ないから壊すに限りますね。また変身とかしたら大変ですし」
それに目の色を変えたのは、当然ハイプリエステスだ。
『なっ! 待ちなさい! 私は神の恩寵を受けた聖女ですよ!? それを傷つけるなんて神の罰が……』
『生憎、悪魔が乗り移っているから仕方ないですね?』
悪魔の悪戯っぽい笑い声が響く。
愛海が片手でそれを握ると、ハイプリエステスのカードは真っ二つに割れて、光のように消えた。
『ぎゃああああああああああっ! き、貴様ら全員に呪いあれ――!!』
そんな醜い断末魔は一瞬で終わった。
朋美も愛海も元の姿に戻り、互いに顔を合わせる。
「いやぁ、怖いこと言う人でしたね、先輩」
「……本当に私、呪いとかそういうの弱くて」
朋美よりもがっしりした体を持っていても怖がる姿は、朋美から見ても可愛い同性であった。
『大丈夫よ、あの子はウソとハッタリで生きてきた軟弱な子だから。それよりもムーン、その子は快活な女の子ね、あなたらしくもない』
デビルが尋ねると、ムーンがおっかなびっくり反応する。
『わわ、私が選んだわけじゃないし……、そそそ、それに、ああ、あなただって、にに、似たような子じゃない……』
そんなカード同士の会話に朋美が愛海に笑顔で話す。
「いや、うちの子はこんな感じでますます不安っすよ」
「あはは、そうでしたか」
穏やかな雰囲気が流れるも、周りの生徒はまるで化け物を見るような目で二人を見ていた。
それに朋美は若干の恐れを抱くが、愛海はまるで気にせずに言う。
「それで、これからどうします? 授業を受けている場合じゃないですよね?」
「あっ! 私先輩を……」
突然後ろから飛びかかってきた早紀子をこかし、上四方固めにして愛海は言う。
「じゃあ行ってください。私は身に降り注ぐ火の粉を払うだけですから」
「んぎっ! んぎぎぎぎ……」
「逃げれませんよ? 絞め殺すことだってできるんですから」
一切表情を変えず、笑顔のまま言う愛海を怖がりつつ、朋美は走り出した。
(ああいう先輩になりたい……、やっぱり高校生って凄いわ!)
『あああ、あの絞められてた、ばば、馬鹿女も同じ高校生だけどねっ!』
ムーンの皮肉に苦笑しながら、朋美も後を追う。
そしてようやく小学生三人がその状況に立ち会うことになった。
といっても千佳は更に後ろだが、追いかけていることは誰もが反応で知っていた。
複雑な状況だが、星奈の視線は一点に集まった。
「あ、あれは……啓吾、さん?」
『……どうやら彼がハイエロファントだったようだ。エンペラーと戦っているということは、敵……』
「そんなわけない!!」
星奈が叫ぶと同時に、みえると日出三が警戒し、そちらを見た。
「す、スター殿! おお、実物を見るのは初めてでござる……」
「本物の変態みたいだからやめた方がいいわよ? さて、と」
みえるが一歩踏み出す、その目には瀕死の祐司と星奈が映っていた。
「これってどういう状況かしら?」
『こいつ治すにはハイエロファントの力が必要なんだよ! 戦っている場合じゃねえぜ!』
「本当?」
『YES、恐らくハイエロファントの錫杖なら治せるでしょう。BUT敵です』
『ああ、タワーは最初に変身し、無差別な攻撃をした存在であろうよ。戦いを止めてまで救うのは問題である』
と日出三以外が難色を示すが、彼はきっぱりと言った。
「フォーチュン殿、助けるでござる」
みえる達は驚き、当然反論する。
「どうして? 話の流れからしてあんまり助ける雰囲気じゃなかったけど」
みえるの責めるような言葉に対しても、日出三は堂々と答えた。
「まだ少年でござる……ってか殺したら玲子さんに殺されるんじゃね?」
そんな軽口は戦っている切の耳にも入ったらしく、彼は考える。
状況は大体把握していた。今この場で戦いを止めるメリットとそれを有効に活用する方法。
そして切は敵の攻撃がやむかやまないかのタイミングで変身を解いた。
それを見て、啓吾も攻撃を止めた。
「どうしたんだい? 降参のつもりじゃないよね?」
「あれを見ろ」
啓吾は当然、瀕死の祐司よりも顔を俯かせた星奈の方にくぎ付けになったが。
「お前なら助けられるんだろう? 助けてやってくれ」
それが切の策。
戦いを中断し、命を助ける優和的な姿勢を見せつけることで自分が敵でないこと、悪ではないことを強調し、あわよくばスターとエンプレスまで味方に引き入れることができる。
啓吾はゆっくりと星奈の方に近づいた。
「……星奈ちゃん」
呼ばれて星奈は一度だけ啓吾を見たが、すぐに顔をそらしてしまった。
「啓吾さん、その……何て言うか……とにかく、この子を治療してあげて!」
迷いを吹っ切るように星奈はただ一つの正しいと思えることのために、祐司をゆっくりと寝かせた。
啓吾もそれを見て納得し、今はとにかくと祐司の方に走った。
『タワーを助けるのか? それは我輩は賛同しかねる、彼奴は戦争派の主要メンバーだぞ』
(そんなの僕は知らないよ。ただ、傷ついた人を助けるだけだ)
『……敬虔だな。我輩よりもよほど聖人らしい……』
「癒しの光!」
錫杖から放たれる光が祐司の体を包み込んでいく。
その間、切は凄まじい眼光で日出三とみえるを睨んでいた。
「……お前ら、俺が戦っている最中なんで何もしなかった?」
迫力たっぷりの言葉に威圧されながら、二人はそれぞれ言い訳を始める。
「せ、拙者はいまだ変身をしていないゆえ、もし変身したならどのような被害が出るかも知れぬゆえ……」
「私はほら、あの巨大砲台みたいな技でしょ? 殺しちゃったらまずいじゃない?」
ともに理由としてはまあまあ上出来であるが、切は納得していない様子で二人を睨み続ける。
「お前ら……覚えておけ」
月並みな台詞だが、この時の切の迫力は普通を超えていた。
日出三は元より、みえるまで一瞬怯えて目を見開いた。
二人に流し目でも睨みつつ、切は星奈に話しかけた。
「さて、スター、そして後ろのエンプレス、お前たちにもついてきて欲しい。我らがリーダーのところに」
そんな言葉に、星奈と千佳が驚きを見せるだけでなく、啓吾まで目をやった。
「あ、あとタワーもだな」
「ぼ、僕はついでですか……ぐふっ」
そして祐司が回復する前に、輝樹がそこを訪れた。
外部の人間を含む、小中高から様々な人間が集まっているところを見て、彼はすっかり混乱していた。
「……なんだよ、これ?」
その中でも、啓吾と星奈の存在が一番引っかかる。
「お、お兄ちゃん……」
説明しようと前に出た星奈だが、言葉が見つからなかった。
「なんでお前、テレビの星の仮面のなんたらって恰好してんだよ。ってか……つうか……、いや、もう分かったよ」
輝樹の言葉は何かに震え、語尾の方はほとんど聞き取ることができないほどに小さくなっていた。
「お兄ちゃん、私……」
「いいよ分かったよ! お前ら……くそっ!!」
輝樹はそれだけ言うと、今来た方向へと走り出す。
「お兄ちゃん!」
呼び止める星奈の言葉にも耳を傾けず、ただ輝樹は何事からも逃げるように走り続けた。
(ムカつくぜ……あいつらにも、俺自身にも!)
零れそうな涙も耐えるように、輝樹は拳を強く握った。
彼に落ち度はない。二人とも隠していたわけだし、そもそも知ったところでどうにもできないのだから。
それでも彼は自身を許せなかった、それは彼が元来そういう性質だからだろう。
灰野祐司が回復した後、切たち三人は星奈、啓吾、祐司、千佳の四人を連れて火野札科学研究室へと向かう。
その間、誰もが感じ取る反応を星奈だけがようやく教えてもらった。
『星奈、この先でジャッジメントとジャスティスが戦っている』
(えっ!?)
周りのメンバーは最初からそこに向かっていると知っていたために、今更何も言うことはないが、星奈はスターが色々隠しているためにそうではない。
「あの、正義さんが……」
「今向かっている。二人とも保護対象だ」
切の言葉を受けて星奈は安心する。この集団の長は明らかに切であった。
そして彼はもう一つの反応も気にかけていた。
(ハングドマン……、ゆっくりとこちらに近づいているな)
『彼奴は弱小の平和派、気にすることもなかろう? ほほほ……』
エンペラーの言葉はまるで信用できない、故にエンペラーはその不安分子を取り除くべく行動を開始する。
「マジシャン、ホイールオブフォーチュン、こいつらとジャッジメントを任せる」
言って、すぐに切は姿を変えた。
「はえっ!? エンペラー殿、何を……?」
「ハングドマンを勧誘してくる」
急な単独行動に息を吐く間もなく、黄金の輝きは瞬く間に遠くへ行ってしまった。
残された日出三とみえるは顔を合わせ、とにかくジャッジメントを呼び戻さなければならないと意見を合わせた。結局は同じ方向に進むだけなのだ。
このグループの中で、啓吾と星奈は気まずそうに目をちらちらと合わせていた。
『スター、こやつらは一体何をしているのだ?』
『人の気持ちを分かるようになれ、ハイエロファント。お前は民衆に歩み寄る教皇だったろう』
そもそもハイエロファントの掲げた公約である『民衆に歩み寄る教皇』というのは彼自身が粗野でガサツな武人で敬虔な教えや清貧を嫌ったために言ったことで、要するに言えば今までで一番俗ということである。
『まあ、黙っていることが一番だ』
ハイエロファントは不承不承ながら頷き、沈黙を守った。
「……あの、啓吾さん」
「……なんだい?」
微妙な間がどんどん広がり、まるで二人だけの空間かのように時間が過ぎる。
千佳や祐司はその気まずさに歩く速度が遅くなり、日出三とみえるはジャッジメントとの合流を切に願うほどである。
「私がスターって、知ってたんですか?」
「……うん」
「いつから?」
「……君がフールと戦った時から、かな」
星奈はゆっくりとこの数日間を振り返った。
初めてスターと出会って、その日にフールが出現しジャスティスと戦い、次の日にはチャリオットやストレングスと戦い、みんなにバレないように振る舞ったり……。
想像以上に戦いに溢れていた自分の生活に嫌気が差しながら、その間に一切啓吾が助けてくれなかったということにも気付いた。
自分がどんなに辛い想いをしていたか、それを知りながらどうして手を差し伸べてもくれなかったのか。
けれどそれを口にすることはない。それと同時に星奈には別の想いも沸き上がっていたからだ。
星奈はただ自分の守りたいものを守り、したいように戦った。人のために、ただ正しいと思えることを、スターの制止も聞かずに行ったのだ。
「……啓吾さん、私はこの数日とても大変だったけれど、とっても良い数日だったとも思います」
そんな星奈の大人びた笑顔に、啓吾は胸打たれ、つい顔を反らす。
誰にも見せない悲しげな顔は、自分もそうすれば――などという後悔の念によるものに違いなかった。
「そうか……それはよかった」
「はい!」
『……純粋だな。君の笑顔の輝きは本当に星のようだ』
スターはエンプレスに裏切られた日を思い出す。城を失い野原で一日、空を眺め星に憧れた日を。
(星の輝きは言い過ぎだよぉ、えへへ)
『いや、本当に眩しいよ、太陽ほど暴力的ではない、星の優しい輝きが』
スターの感情は紛れもない憧れであった。自分もこのように正直に振る舞えば、裏切られるような悲劇はなかったのかもしれない、そう思う。
(……僕は、どうしてこんなに)
『遅いということはないだろう。これからずっと彼女のように行動すれば問題はなかろう』
ハイエロファントの言葉は啓吾の心に染み入る。まだ悲しみを考える時ではない。まだ問題は目の前に山積みなのだ。
そしてこの集団の前に、電光が走った。
「ひゃーはははははッ!! 躱すなよ正義ィ!? 躱したら連れて行けねえだろうがァ!!」
その狂ったような高笑いと雷の響く音は、誰もが見覚えなかった者だ。
「あれー? あの白いのからジャッジメントの反応がするー?」
日出三がとぼける。とぼけたくもなる。
『……信じられんが、あれがジャッジメントである』
『マジシャン!? ちょうどよかった! 助けてよ! この女マジでヤバイって!!』
それは誰もが見れば分かることであった。




