リナ・リーベルトとハングドマン、火野札に立つ
玲子はフールの彼を連れ研究室に戻る途中、その連絡を受けた蓮達は学校へと向かっていた。
「ワールドはフールの説得を続けるらしいから、三人でハイエロファントを捕まえることになるそうだけど、エンペラーはどうする?」
切はその独断で既に小学校に向かっていたが、今はタワーとエンプレスの反応が著しく弱まったため、既に変身を解き小学校で新華を探していた。
蓮の質問に日出三とみえるが少し唸る、そして日出三が答えた。
「元々独断の多い御仁、別行動でよいでござる」
『戦力低下は厳しいが、致し方ないのである』
「そうね、どうせ言っても聞きやしないわ」
それなら、と言わんばかりに蓮が先頭になって向かうところ、後ろからそれが来た。
「……で、後ろのはどうするでござる? 迫ってきているとは思っていたでござるが」
『平和派の代表格である。人間の方は知らんが』
「話し合うのが一番じゃない? でも確かに彼って頭が固そう」
日出三とみえるはまるで他人事のように受け流す。
なぜならワールド達にとってジャスティスの存在は別勢力、チャリオットをけしかけたというような疑いはあるが直接戦うよりかは、今小学校や高校で暴れているチェンジャーを止めることこそがジャスティスの優先事項だと思われたからだ。
だが、一人だけ事情が違う者がいた。
「……お前たちは何をしようとしている? フールを止めてくれたことは感謝する。だが今からすることによっては」
正義も今前にいる三人がワールドの玲子とつるんでいることは知っていた。だからこそ放置できない事情があった。
そう言う正義に対して、蓮は振り返った。
「これはどうも生島正義検事殿、今は警察の協力者、正義のヒーローとでも言いましょうか?」
振り返った蓮を見て、正義も一瞬言葉を失う。だがすぐに落ち着いて口を開いた。
「……驚いたよ、信濃さん。君がジャッジメントだったとはね」
「いや、私もですよ。あなたがテレビに出てた時から、ずっとずっとね……」
そう言って、奇妙なほど明るい笑顔を浮かべ、何故か疲れた溜息をついて、蓮はまた後ろを向いて二人に言う。
「あなた達は先に行ってください。私は彼を倒してから追いつきます」
「ま、マジでござるか?」
「マジシャン、女性の決意を踏みにじるものではないわ」
みえるに引っ張られる形で日出三も高校の中へ入り、そして蓮は目を閉じて正義に対面した。
「……敵方同士と言えど、同じ法を守る者。無益な争いだと思うが」
正義が言いながらジャスティスのカードを手に持った。
『ジャッジメント、私と戦うのね』
『嫌です嫌ですぅ! 戦うのは嫌ですぅ! ……でも、命令には聞かなきゃ駄目なんですぅ』
そういうジャッジメントの声はどうにもしたたかに聞こえる。
「説得のために生かしてワールドのところに連れて行かなきゃならないんだけど……」
蓮が取り出したカードはローマ字で二十、人々にラッパを披露する天使が描かれたジャッジメント、そして蓮は憎悪に染まった目を開いた。
「ぶんなぐっても仕方ないわよね! 行くわよ『ジャッジメント』!!」
「ジャスティス!!」
正義はいつも通り、胸に絶対正義を掲げた薄く明るい緑髪の男に。
そして蓮は、まず全身が雪のように白い色へと変わる、髪の毛も、肌も、およそ人とは思えないほどの白色に。
けれど黒目は真っ赤な血のように、そして白目だった部分は闇夜のような黒にと変貌する。
まるで古代ギリシャの神々をイメージするような白い布だけの服、そして裁判官が持つような木槌を左手に、黄金のラッパを右手に持っていた。
「……これが、君の変身か」
「ええ。素敵、あなたに判決を下せるなんて……」
十二本の鎖が正義を囲うと同時に、蓮の周りには稲光が迸る。
時間は少し遡って、ハイプリエステスとデビルが戦っていたところ。
デビルの方が格闘と固有の能力で優位性があったものの、執拗に輝樹が狙われたために拮抗状態にあった。
そこに訪れたのが香月朋美である。
「輝樹先輩! なんか滅茶苦茶巻き込まれてません!?」
黒い三つ編みに黒い眼鏡をつけた朋美は普通にしていれば地味な印象だが、これで底抜けに明るく人との繋がりの多いアンバランスな中学生であった。そして輝樹とは先輩後輩の関係で、愛海とも知り合い程度ではある。
「ミツキ、お前なんでこんなところに! ってか危ねえぞここは!」
「それは大丈夫です。ほら」
自慢げに取り出したカードはローマ数字で十八、夜空に浮かぶ黄金の太陽のような月が描かれたムーン。
「いや、今までも色々と語りかけられていたんですけど、先輩に危機があるまで使わないで置こうって……キャー! 私って何言ってんだか!」
香月朋美、花も恥じらう恋する乙女である。
「べっつにいなくても大丈夫ですよ。ハイプリエステスなら私一人で充分です。味方ならどうか彼を連れて逃げてください」
愛海がドリルを難なく受け止めて言う。状況は明らかにデビルの優勢であった。
だがムーンのカードは光る。
あとから出てきたのは、浮遊する黄金の球体。
一切の凹凸なく、何の力もなくただそれの力のみで浮かぶそれは、これまでのあらゆるチェンジャーよりも不可思議な力を持つ印象を与えた。
「おお、おいおい、俺の周りの人間全員変身するんじゃねえのか……」
若干引いている様子すら見せ、輝樹は立ち上がった。
「よく分からんがミツキ! お前は愛海先輩とその髪ドリルを止めといてくれ! 俺は啓吾のところに行ってくる!」
「ええっ!? 先パァイッ!」
「敵が来ますよ、ミツキさん!」
「私はコウヅキです!!」
走り去る輝樹を名残惜しく見ながら、朋美は愛海と共にハイプリエステスを倒すことになる。
ちょうどだった。啓吾が高校から小学校に向かって中学校の敷地を通るのと、日出三とみえるがそこに出くわすのは。
啓吾は錫杖を構えて、それらが自分を狙っていることに気付き、睨んだ。
「……僕は戦おうとは思わないんだが、君達は?」
日出三とみえるは一瞬顔を合わせるが、みえるが言う。
「敵とは思っていませんが、是非こちらについてきて欲しいのです」
日出三がこくこくと頷き同意を示す。それに啓吾は睨み返した。
「生憎ついていく気もないよ。占い師さん」
ますます強く睨み敵意を剥き出しにする啓吾からは殺気すら出ているが、みえるも日出三も変身する気配がなかった。
逆に啓吾が拍子抜けするような会話を、日出三たちは始めた。
「ホイールオブフォーチュン殿、変身は?」
「私の能力は危険だから、戦うくらいなら逃がそうかと。あなたは?」
「拙者、変身したことなどござらんので」
そして二人が言い争いをしている間に啓吾は光の道筋を作り出す。
「道の光、これで移動が速くなるんだね」
『啓吾! エンペラーが……』
光の道は突如噴き上がった水柱に砕かれ、前に黄金の鎧のような切が現れた。
無事な新華と一言二言交わした切は、ハイエロファントの反応を見て日出三達に合流しようとやってきたのだ。
「お前ら、何をやっている?」
一方的に変身されている二人を見て、切は呆れたように尋ねる。
「や、拙者変身したことはないので」
「私じゃ殺してしまうかもしれないから……」
切が啓吾以上に強い殺気のようなものを放ち、二人が一瞬恐怖する。
「……通してくれないか?」
啓吾の言葉にエンペラーは赤い目を光らせた。
「たまには組織に貢献しないと駄目なんでな。おとなしく捕まれば手荒な真似はしない」
(おお切殿、その言い方は完全に悪ですぞ)
(あなたが腑抜けているからでしょ? 男なら戦いなさいよ)
二人言い争いをしている中で、切と啓吾はしばらく睨みあった。
中学は唯一チェンジャーのいなかった場所、今そこに二人の化け物がいるということで生徒が逃げている途中でもあった。
「君も、他の被害は減らしたいんだね?」
「まさか。相手の出方を伺うのは当然だろ?」
切はそう強がるが、啓吾は優しく笑うのみであった。
こうしている間にも、スター、タワー、エンプレスが彼らに近づいていた。
県に入って火野札市北部までやってきた女性は、髪が半分白くなってしまっている。
幼い頃から怪奇現象や過激な冒険との出会いに人生をかけていた彼女は職業をトレジャーハンターとし、ジーンズ生地のボレロの下には丸見えの黒いブラしかつけず、下もクリーム色のホットパンツから惜しげもなく足が出されていた。
そんな彼女はサンタクロースのような袋を手に、火野札市へと訪れた。
「来たぜ……来たぜ来たぜー! 謎とミステリーの蔓延るシティ!」
カウボーイハットを外し、中から取り出したのはローマ数字で十二、足をロープで縛られ逆さづりにされたイラストの、ハングドマンと銘打たれたカード。
「ハングドさんは私のラッキーカードだ! 愛しているぜー!」
『もう勝手にしてくれ! 何なんだよお前は本当にさ! どうして神は俺に七難八苦ばかり与えるんだよお!』
若い男の声は、声だけで幸薄そうな雰囲気が漂っていた。
「いいかハングドさん、これがガガーリンだったかアームストロングだったかが月面に着陸した一歩に匹敵する偉大な一歩だ!」
『お前、それこの県に入る時も言ってたよな……つうか変な目で見られるから黙れよ』
彼女、リナ・リーベルトが火野札市に足を踏み入れた瞬間に、その場の雰囲気が変わった。
「……おお? ちょっと待ちなハングドさん。後ろを見てみな」
『見れねえから。お前が確認しろよ』
何の変哲もないただの道路だが、リナが真剣に青い目を向けても全く何もないのに、触れてみれば確かに壁があった。
それはリナが腕を伸ばしたり、数歩動いて確認しても、相当な距離まで広がっている。
「これは……私を閉じ込める壁に違いない!!」
『かもな。もうあいつらともだいぶ近いし』
リナにとっても自意識過剰なほどの答えだ。半ばハングドマンのツッコミ待ちといっても過言ではない。それをあっさり飲まれてリナは拍子抜けしたほどだ
「否定しないのか? まあいいや。じゃあ反応の大きいところってのに連れて行ってくれ」
『マジかよ……じゃあえっとさっきの地図からして、学校群か、生物科学研究所かな』
ワールドは既にフールを連れて研究室に戻っていた。
そしてそこでハングドマンの反応を受け、早速その巨大な仕掛けを発動したのだ。
「……本当に、テメェは何を考えていやがる?」
「嫌ですね、何度も言ったじゃないですか。チェンジャーの国を作る、と」
既に火野札市は世界から隔離された。フールがこの世の全ての物質を吸収できるように、ワールドの結界もこの世の殆どの攻撃を防ぎきるだろう。
「問題は今この戦いでどれだけのチェンジャーが生き残るか、ですね……。お願いです、皆さん、決して死なないで……」
聖女のように祈る玲子を見ても、彼は全く感動などせず、むしろ怖気が走った。
『どうします? 私的にはもうこの場で死んでいいです。もう満足です』
普段とはうってかわって静かなフールの反応に、彼は虚を突かれた。
(テメェ、何を弱気な。まだまだ壊し足りねえだろ)
『正直ね、前の世界では死んだも同然だったんです。ストレングスに一矢報いてサンも倒せて、これ以上ない武勲です。何より、裏切られなかったことが本当にうれしくて』
無論フールの予想は何度も裏切られた。ただ自分の力を使われているだけと分かっていても、フールは彼に感謝せずにはいられなかった。
『もう私は何も言いません。ただあなたがしたいようにしてください。死んだって泣き言は言いませんから』
(はっ、気色悪い)
けれど、彼は戦わなかった。今入れられている結界も壊せず、玲子と戦って勝つことができないと分かっていたからだ。
「まあ、捕虜程度にはなってやるよ。そんだら見てやる。お前の作る国って奴をな」
「そうですか。まあ今はそれでいいでしょう。さて、問題は……」
学校に集まったチェンジャーは蓮達に任せてよいだろう、と玲子は考えた。
そうなると、ラバーズは誰の手にも掛からないとして、新たに出現したハングドマン、二人組と化しているデスとハーミット、当初からずっと沈黙していたテンパランスの四人をどうにかする必要がある。
(ハングドマンはともかく、デスとハーミットは絶対に何か仕掛けてくるでしょうね。その前に兵力差を整えて、投降させないと……)
ワールドは答えない。彼女の考えにも言葉にも。




