ストレングス、力尽きる
生島正義と信濃蓮は所詮知り合い程度の中に過ぎない。
仕事をする以前に交友はなければ、大体の仕事も正義の圧勝でライバルなんてものでもない。
強いて言うなら腐れ縁、しかしそれでも正義にとって蓮は希薄な存在、精々感じたのは少し可愛いくらい。
火野札市を拠点にするあたりもっと交友があっても良いと思うが、それは蓮が頑なに拒否した。
「あー……気分悪っ!」
「二日も連続でここで飲むからですよ……、あのですね、私だって一応は仕事があるんですよ? 私の研究室は飲み屋じゃないんですよ?」
玲子が呆れて言うが、吐き気を隠そうともせずに蓮はそれを無視してだらだら言う。
「なんかジャッジメントがうるさいんだけどー……、なんか言わないの、そっちのは?」
ワールドはすっかり玲子に話しかけなくなった。それでも玲子は既に他の者よりワールドの力を使いこなし、他の能力者の場所や発現状況に気付けるが。
「そうですね。小学校、高校……警察署でも今反応がありました! どんどん新記録を更新していますね、新たにデビルとタワー、サン……そして、ハイエロファントが高校で発現しました」
「本当にっ!? は、ハングドマンはまだよね?」
蓮がそれを気にするのは、チェンジャー国家創設の計画を実行するか否かがその二つに依存するからである。
だが玲子は決して安心できないようなことを言った。
「ハングドマンはまだです。火野札市の北部から徐々に近づいていますが、まだ県の外ですね。一日もしないうちに着くかと思いますが……」
「ジャッジメント、マジで?」
『マジですマジですぅ! 結構遠いけれど本気出せば分かりますぅ!』
蓮の顔色が蒼白になった。そんな隙にも玲子は言う。
「そう言っている間にホイールオブフォーチュンとマジシャンが来ましたね。エンペラーは学校に向かっています。全く、勝手なことはやめてほしいものですが」
「……それで私達は一体どうするの? あなたにとって仲間割れっていう状況が続いているんだけど?」
玲子が信用されない理由がそれでもあった。いきなりフールが暴れスターとジャスティスが戦ったというのに我々は仲間だなどと言っても無茶がある。夢理想を語る将軍についていくほど、他のチェンジャーは無能ではない。
「二十二の寡頭制は不可能でしょうねぇ……あ、今サンが死にましたし」
それを聞く前に、玲子は怖気が走るほどの巨大な力を感じていた。
「今のフール、とんでもないですね。ほらほら、二人もビックリして走ってきましたよ」
と言うや否や研究室の扉が開き、日出三とみえるが一緒にやってきた。
「この反応はなんだ!? ありえないだろ!!」
思わず普通の喋り方になる日出三に、焦りを隠せず、しかし言葉も紡がないみえる、ただ怯えた目をむけるだけの蓮に、玲子が言った。
「仕方ない、フールは私が止めます。皆さんにはハイエロファントを捕まえてもらいましょうか」
そう言って三人の間を通り先陣を切った玲子に、誰もがリーダーシップを感じた。
言いながら玲子は白衣の胸ポケットからローマ数字の二十一、この世の物と思えぬ宇宙の歪みを表現した暗さのあるイラストは全ての色が鮮やかなグラデーションのように重ねられている、その上に据えられたワールドの文字。
「さぁて、チェンジ・ザ・ワールドと行きましょうか――」
発光と同時に蓮が呟く。
「だっさ……」
現れた玲子の姿は体全身を機械製のカバーで覆ったかのようなサイボーグ同然の姿をしていた。体は白塗りの鎧を付けた様子であるが、頭の部分だけは顔にモニターがあり常に無意味に見える電光が瞬いている。
その機械的な姿は、蓮の方を向いているようだった。
「だっさとはなんですか! 格好良いでしょ!」
「ご、ごめん、つい」
どこから溜息を吐いているのか、それでも彼女は確かにふう、といって再び歩き出した。
「ではハイエロファントはお願いします。是非三人で」
蓮と日出三は顔を見合わせ、不安そうにその後ろをついていった。
玲子が目にもとまらぬ速さで既にいなくなっていたのを、彼女達は研究室を出てようやく気付く。
ストレングスは元々戦争派の各国で遊撃隊として活躍していた傭兵団の長である。
その実力は筋金入りで平和派の最強と称されていたマジシャンやスターとも力をぶつけあい、戦場で勝利を収めるほどであった。
しかしサンの裏切りなどもあって彼は気付く。彼が求めていたのは勝利ではない。
圧倒的な力に対して全力を出しても敵わないほどの強敵、それと戦ってこそ自分の全ての実力を出すことができる、と。
そうして彼は戦争派を名乗りつつ建国し、戦争派、平和派問わずに争いを続けていた。
千力は学校に向かう途中でその巨影を見た。
「サンを殺したねぇ……いじめっ子だねぇ!」
十六本の腕をピッケルのようにしてフールの足に突き刺し高速で胴体にまで登りつめたストレングスは、突然粘液状になったフールの胴体に飲み込まれる。
あとはもう食虫植物が虫を捕まえたように、彼の四肢はそこでバラバラに押し潰され、元に戻った千力は他のもののように吸収された。
『ははははははは!! 圧倒的じゃないか、フール!! ははははははははははははははは……』
ストレングスのカードも千力のように、バラバラに砕け、彼の中で光へと散った。
まるで何事もなかったかのように歩を進める彼に、フールは不安そうに言う。
『私がストレングスまで倒すなんて……明日は雪ですかね』
(さっきのが馬鹿なだけだろ。この間の二人はそうはいかん……)
それは彼なりの警戒、いや敵意だったのかもしれない。スターの方向にまっすぐ向かっているのがその証拠と言えた。
千力がかつて犯した罪滅ぼしとして悪を倒すという行いは、誰にも気づかれることもなく、誰にも知られることなく彼は死んだ。
「全く、二人も殺すなんて、酷い人ですね」
呆れるように溜息を吐くのは玲子であった。
それに彼は気付いて踏み潰そうとする。
「はいはい、それでは」
その次の瞬間には彼の体は透明の壁に包まれた。
そしてそれはどんどん強引に収縮していき、彼の体を押し潰す。
(な、なんだ貴様は!)
(ワールド、能力を解除してください。殺したくはないので)
ジャスティスの鎖のように締め付けるワールドの結界はどんどん収縮し、ついに彼を変身解除させるに至った。
「……テメェ、俺をなんだと思って……」
「できれば仲間になりたいんですが、チェンジャーとしてね」
わけが分からないと言った顔の彼に、玲子は笑いかけた。
タワーの出現を感じ取った星奈はすぐにスターのカードを手に持ち、体育館から外に出た。だがそこで千佳に手を掴まれる。
「あんた、まさか戦う気?」
正気を疑うような千佳の目は、戦っては負けると言わんばかりだ。
『そうは言ってもタワーは私にとっても仇敵だ。できれば星奈には戦って欲しい』
「ほら、スターもそう言ってるし、それに小学校の下駄箱のあたりだよ? 早くなんとかしないと被害が……」
「それ、自分の命よりも大切? 自分が殺されるとしてもそうしたいの?」
まだ正気を疑うように千佳は星奈をじぃっと見つめるが、星奈が固く口を結んで頷くのを見て溜息を吐いた。
「そう、じゃあ行きましょう」
「えっ? 千佳ちゃんも行くの?」
予想外の言葉に声が上擦る星奈に、千佳はじとりと星奈を睨んだ。
「私は命よりも目立つことを選ぶわ。あんたばっかりに目立たせないんだから!」
そう言っていち早く大人の女性へと姿を変えた千佳は我先にと走り出した。
体育館の入り口のところの下駄箱には誰もいない、星奈もそこで素早く変身し、仮面をつけて千佳に合わせるように走り出す。
体育館から下駄箱はそう遠くない。走る間に二人は数多くの力の発現を感じていた。
「なんか胸がざわざわする……」
『星奈、今はタワーに集中しよう。他は後でいい』
高校でハイエロファントを含む三つの能力、中学で残っているムーンが高校に向かって走り、ワールド組が集合中、フールがサンの前で変身したくらいのタイミング。
二人はタワーを目にした。
傍に倒れている数人の潰れた肉塊、そして今まさに一人の少年がタワーと壁に挟まれ、潰れていた。
「きゃあああああああああ!!」
勇んで現場に来た星奈が叫んでしまい、千佳が頭を叩いた。
「馬鹿! あんたがビビッている場合じゃないでしょ!?」
それでもなおガタガタと震えている星奈は、ぎゅっとステッキを握ると同時によく見知った幼馴染の姿を目にした。
「あっ、晶乃! 大丈夫!?」
言われて晶乃はスターの姿を見て、すぐに走ってくる。
「やっぱり星奈だった……、ともかく逃げる!」
当の晶乃も先ほどまで怯えていたのだが、星奈の悲鳴と正体が知れたこと、そして危機的な状況がかえって星奈を守るためにと考えさせ、すぐに行動を取ることができた。
「うんうん、逃げましょう」
頷いた千佳が我先に、そして星奈は晶乃に引っ張られる形で走り出す。
だがタワーがそれを聞いていた。
(星奈……星奈だって!?)
『おお、お前の大切な人だったなぁ……誰が知っているって?』
急速転換、宇宙空間で空気を噴出し方向を変えるように、タワーの腕の先端近くの前側と尾部近くの後ろ側から火が噴き、すっかり方向を星奈達に向けると、凹凸のない底面から炎が噴き上がり、拳が三人めがけ飛ぶ。
『星奈来ているっ!! 凄い速度だ!!』
「ほ、星の壁!」
星形の板の巨大なバージョンを廊下いっぱいに、五つ並べる。だがそれはタワーに殴られると全て粉々に砕け散った。
「横に飛ぶわよ! せーのっ!!」
まっすぐ突き進むロケットパンチは星奈達が左側下駄箱方面に無事に飛び、千佳は右側二階への階段方面に飛ぶものの、体がすれて痛みに喘いだ。
「いぎゃああ! 無理、もう無理!」
変身が解けた千佳はあっさりと階段の上へ上り、踊場で縮こまった。
タワーはそんなものをまるで気にせずロケットは先ほどのように両側部から火を噴かせて方向を星奈達に合わせる。そして声を響かせた。
(お前たち、星奈さんを知っているのか!? 星奈さんはどこだ!?)
『生憎そんな奴は知らないな! さぁやるぞ、スターの少女!』
(え、なんで隠してるの?)
『星奈の居場所を知られたら執拗に狙われるだろうからな! 星奈を守るために戦うんだ、スターの少女!』
そんなスターのお節介がますますタワーを怒らせる。
(ならば潰して居場所を聞くまでだ! 星奈さんは、僕のものだあああああああああ!!)
「じゃ、私は逃げるから!」
そのまま千佳は階段の上へ上っていく。タワーはそれに目もくれず再び星奈に向かって突進を始めた。
今度は速度を抑え、代わりに腕がパーの形になり、お前を捕まえてやるぞと言わんばかりに指が蠢いている。
「晶乃は先に逃げて! 星の柱!」
廊下から、窓から、天井から、縦横無尽に星形の柱が伸びてタワーに突き当たる。だがタワーには何の傷もついていない。
それでもゆっくり飛翔していたタワーの動きを更に遅くすることができて、結局星奈は晶乃が走った方向に後から追いかける。
(スター、どうやって倒すの!? どうしようどうしよう!)
『星メンコは威力が低いし、やはり隕石攻撃だろう。だがここでは使えない』
(そうだね、よし!)
晶乃から逃げ、星奈は窓を開けてそこから校門近くへと跳んだ。
「さあ来い、タワー……あ」
『星奈、ここは人が多い!』
スターの言葉通り、大きな音が鳴ったもののまだ登校中の生徒が数多くいる。隕石の衝撃以前に、タワーの突撃や移動にすら危険が伴う。
だが同時に校舎が衝撃を受け、一階から順に屋上の壁まで破壊され突き破られた。
「あれはっ!?」
『タワー! 無茶を……』
太陽を浴びてタワーが屋上から、まっすぐ星奈目がけて飛んだ。
悲鳴と逃走に狂乱する生徒の中、星奈はステッキを横一文字に持ち、星に願う。
「止まってぇええええええ!!」
タワーと星奈の間に、星の板が無数に出現する。どれも相手の動きを止めようと一つ一つが高速回転しているが、どれもタワーの突撃を止めることができず粉微塵に砕けていく。
『星奈、避けろ! これ以上は……』
(避けない! 止めなくちゃ……)
尚も止まらないタワーに、星奈の足元から数十本の細い星の柱が伸びタワーに突撃する、だがそれも根本から折れる。
『駄目だ! パワーが足りない!!』
(それでも……それでもっ!!)
最後に巨大な星の柱を星奈の足元に出現させ、星奈自身ごとタワーに向かって突撃する!
『無茶だ! やめてくれ星奈ぁぁぁああああああああ!!』
(……星奈?)
祐司の意識が、ようやく目の前の少女に向かった。
もしかしたら、まさか、そんな運命的なことを考えている間に止まることができないのがタワーの能力。
(と、止まってくれよぉ!)
『止まらねえさ、さて吉と出るか凶と出るか……』
祐司もようやく気付いた、その声、その背丈、どうして今まで気付かなかったのかと後悔の念に心を侵される。
タワーの指の形が平たいパーへと変わり、星奈のステッキの先の星は貫く槍へと姿を変える。
だがそれでもタワーは星奈を押し潰すだろう。
だから祐司は、変身を解いた。
星奈の手の中に、肉を裂く嫌な感触が伝わった。
(……え?)
目の前のタワーは、既に灰野祐司でしかなかった。
『こ、この馬鹿ガキッ!! 変身を解く野郎がいるかッ!!』
「あ……うそ……」
ステッキに血が滴り、星奈の憧れていた衣装が汚れる。
『……星奈、君の所為ではない。戦っている途中に武装を解く相手が悪い』
スターの言葉は星奈に届かない。彼女はただ虚ろになった少年の目を見ていた。
「……星奈さん、なんですか?」
祐司の小さな声だけが、星奈に届いた。
「うん、うんそうだよ! どうして、どうしてこんな……」
星奈が仮面を外した時、その目には涙が浮かんでいた。
それを、祐司が震える手で拭う。
「……ああ、美しい。できることなら、この腕で抱きしめて……」
『諦めてんじゃねーっ!! おいスター! こいつは放置したら死ぬが、まだ五分ほど猶予がある!! ハイエロファントのところに連れていけ!!』
星奈の瞳に輝きが灯る、そしてスターに尋ねる。
(スター、それってどういうこと!?)
『……ハイエロファントは元々は光の教えを伝える者。恐らくこちらでも回復手段があるだろうな』
(でも場所が分からないんじゃ……)
『もうとっくに顕現してやがるよ! ほら高校からこっちに向かってる! 早く連れていけ! こいつならもう少しは持つ!』
既に仮面のない星奈は、それでも星の板に祐司とともに乗り、移動した。
(……もう少し、言うの遅くてもよかったんじゃないかな……?)
『虫の息で下らねーこと考えてんじゃねえぞ!!』
そして彼女は出会う、変身した彼と。




