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サン、沈む

 学校に向かわず切とみえるは並んで生物科学研究所へ向かっていた。

「そうか、貴様が計画をワールドに漏らしていたのか。なんというか……結果オーライとしておこう」

 ホイールオブフォーチュンの能力は二つ、千里眼のように五感を飛ばす力、そして超電磁砲。それで蓮の一連の行動を見てしまったという。

 蓮が企んだ組織の再編はストレングス退治に悪影響を及ぼすと思いワールドに提言したのであったが、結果的に組織は良くまとまり、みえるの忠誠を示す形にもなったため万事順調であった。

「切くんがエンペラーとはね……、天は二物を与えずっていうのは嘘みたい」

「なに?」

「火野札中のクールガイ、女子から人気が高くって私も何度か相談されたもの。でもあなたへの恋愛は大抵タワーの正位置やサンの逆位置、デスの正位置なんかも出る、よほど身持ちが固いのね」

 失敗、破滅、停滞など、恋愛としては最悪な答えである。

 妖しく笑みを浮かべるみえるに、切はくだらなそうに呟いた。

「貴様は好きなカードを選んでいるだろう」

「あら、バレてた?」

 みえるは先に結果を知っている、というのも並外れた情報収集能力と人を見る力で大体の事情を察し、そこから的確なアドバイスをカードにかこつけて言うのだ。つまり占いは後づけ。

 それでデスやタワーを選び取るのは、それだけ切のことも知っていて恋愛が失敗すると知っているからである。

「あなたももう少し妹離れした方がいいわよ?」

 ここで初めて切の表情が怒りに傾いた。

「余計なお世話だ……!」

 それを聞いて満足そうにみえるは笑顔を浮かべる。普段から人に見せる顔は微笑がうかんでいるので違いには気付きにくいが。

「にしても、学校をサボって二人で別の場所に行くなんて、デートみたいね?」

「馬鹿を言っている場合か。ワールドのことはちゃんと見張っているんだろうな? あいつが一番油断ならない……」

 そんな会話をしている途中に、小学校でタワーが顕現したのを二人は感じた。

「みえる、お前はワールドのところに行け。俺は悪いが……」

 言いながら切は即座にエンペラーの力を発現し、跳ねた。

「本当に妹想いね」

 言いながらみえるは一人で歩いていった。



 また、高校でもその反応を受け取り、啓吾が動いた。

「お、どうした啓吾?」

 立ち上がった啓吾を見て輝樹がのんびり尋ねる。だがその真剣な面持ちに異変を感じ取った。

「……一体何だ?」

「今から、そうだな、正しいことをしてくるよ。正しいことを」

 早歩きで動き始める啓吾は脇目もふらずに、ついには走り出す。

「ちょ、おい待てよ! 待てって!」

 追いかける輝樹も走り二人が駆ける廊下で、その先頭に一人の女性が立ち止った。

「廊下を走る……校則違反なんて珍しいわね、野矢啓吾」

 啓吾が迂闊だったのはその反応に気付きながらまっすぐ走っていたことだ。

「君は……北条(ほうじょう)さん」

 後ろの輝樹が追い付いて言う。

「げっ、髪ドリル!」

 輝樹の言葉通り、北条早紀子は金色の髪をドリルのようにくるくると頭の両側でカールさせている。この高校の生徒会長になる女を自称しているだけの真面目な生徒である。

 だが彼女は過激だった。

「廊下を走った者二名! 今から粛清させてもらうわよ!!」

 大きな胸の間に挟んでいたカードこそローマ数字で二、冠を被り錫杖を持った女が描かれたハイプリエステス。

 発光し、その一瞬の間に彼女はその凹凸の激しい体がまっすぐの杭となり、頭のドリルはますます巨大な本物のドリルになっていた。

「なっ!! 髪ドリル……冗談だろ!?」

 輝樹の新鮮な反応と同時に、周りの生徒達からも悲鳴が上がる。

 だが啓吾は一歩も動かず、ポケットから一枚のカードを取り出した。

「ハイエロファント……僕はもう逃げない!」

『やれやれ、ようやく我輩の出番か』

早紀子(さきこ)、どうやらあれが憎き教皇、気を付けるのじゃ』

「悪は討つのみよ!」

 啓吾の体が光に包まれ、その姿を現した。

 十字架のモニュメントが先についた黄金の錫杖を持ち、背中には黄金の日輪を象った巨大な装飾がつけられている。服装は王族が着るような豪奢な赤マントがあるが、他の姿は普段の啓吾のままであった。

「これがハイエロファントの力か……勝てるかい?」

『正直厳しいところだ。あの女はあれで武闘派、しかし負けるわけにはいかない!』

 浮遊する早紀子が啓吾との間合いを詰めるも、啓吾は錫杖をかざして光のカーテンを作り出した。

「守りの光! ……これ叫ばなくちゃ駄目なのか?」

『そういう教えだ。破ったら神の祟りがある』

 光の壁は見事に廊下ごと早紀子を遮る。だが後ろの輝樹が呆然とその様子を見ていた。

「……おいおい、お前のそれ、マジかよ?」

 啓吾はそう言われてももう迷わなかった。輝樹を一身に見据えて言う。

「今、小学校にも似たような奴が出現している。僕はそこに行って、星奈ちゃんと晶乃を助ける」

「なっ、おい!」

 同時に光の壁がぶち破れ、早紀子が突撃してきた。

「逃がさないわよ二人ともぉぉぉおおおおおおおおお!!」

「なっ! 光の……じゃなかった!!」

 これも一応は経験不足、ドリルの攻撃を光ではなく錫杖で防いだ啓吾はそのまま吹き飛ばされ、輝樹を巻き添えに倒れる。

「いってぇ!」

「僕だって! ていうかこれじゃ……」

「天誅ぅぅぅうううううううう!!」

 そう言ってドリルを高速回転させて突撃する早紀子と倒れた啓吾の間に巨大な火柱が上がった。

 同時に二人はデビルの発現を確認した。

 火柱に驚いたのは啓吾である、早紀子はむしろ冷酷な態度でゆっくりと振り返った。

 黒いビキニのように激しい露出のある恰好、よく悪魔に見られるイメージしやすい黒い羽根と尻尾は変身というよりもコスプレと呼んだ方が近いかもしれない。彼女が恥ずかしそうにしていなければ、であるが。

「誰、あんた?」

「三年二組、藤堂(とうどう)愛海(あみ)です! 押忍!」

 まだ恥ずかしく顔の赤いままだが、それでも両拳を強く握り愛海は早紀子を睨んだ。

「えっと、状況を今聞いただけなんですけど、ハイエロファントは小学生を助けに行くんですよね! 行ってください! 輝樹くんは私が助けます!」

 突然の闖入者に啓吾が不安そうに輝樹を見るが、輝樹はまずいものを見た、というような顔をしていた。

「あれ藤堂先輩、柔道部の凄い人で真面目な人なんだけどな……あの恰好もお前のそれと同じなのか?」

「らしい。悪いが輝樹、僕は行くよ。藤堂さんは信頼していいのかい?」

「戦うことならお前よりかはな」

 そうは言っても啓吾は輝樹を小脇に抱えて廊下を走った。装備だけが出たといっても変身特有の身体能力の向上はこれでも見て取れた。

「逃がさない! 廊下を走るなぁ!」

「邪魔はさせないです!」

 間に炎が噴き上がる、そして早紀子は優先順位を変えた。

「……校則違反はもってのほかだけど、それに加担するのも罪よ」

「そ、それはごめんなさいっす。でも彼らは悪い人じゃなさそうですけど」

「校則違反即ち罪!」

 方向を変えて突撃する早紀子を、愛海は柔道の構えを取って迎え撃った。



 サンは元々、ハイエロファントが仕切る教国の将軍であった。

 部下から慕われ聖母と呼ばれる美しさと強さを持ち、誰からも愛されるほどの存在であったが、それは偽り。

 本当の彼女は根暗で陰険で誰かを憎まずして生きていくことができない、そんな人間だった。

 ハイプリエステスがハイエロファントを裏切った時、戦争派に情報を横流ししたのは、偽りの平和派のサンであった。彼女の逆賊としての本性は、平和派の存在にはいまだ知られていなかった。

 火野札市警察署千佳の牢獄に捕えられたフールの元に、権座久十郎は訪れていた。

「なあ名もないホームレス、名前が欲しくないか?」

 久十郎の言葉に彼は答えない。フールは先ほどから散々腹黒の誼で助けてくれと喚いているが。

「ただの悪人、名もない存在、社会から迫害されるだけの存在だ、お前は。俺もそういう弱者を助けられないことを常々悲しく思っていた。今も、こうしてお前を縛り付けるしかないような状況だ」

 彼は答えず、ただ話を聞いていた。

「お前が能力を使ってしまったのは、仕方がないと思う。そんな状況だ、能力を使って暴れて、気分を晴らしたいなんて当然のことだ。お前は間違っていない。だがそのためにますます多くの人達に悪人だと思われてしまった」

 彼は目を閉じ眠っているようにも見えた。

「だが気付いてほしい、本当に悪いのはこの国だ。お前は悪くない。だからこそ力を貸してほしい。今、それ以上の悪が蔓延っている。お前にも分かるだろう。学校に複数の力が集まっているのを」

 既にスターとエンプレス、エンペラーも能力を使い合流している頃だ。状況を知ったストレングスも向かっているだろう。

「ここで活躍すれば、お前は名前を手に入れることができる、英雄という名を。どうだ、俺に力を貸してくれねえか?」

 そうして彼はようやく目を開けた。

「……あんたみたいな、俺に目をかけてくれる奴がまだいたんだな……」

 久十郎の顔に笑顔が灯ると、彼もまた笑顔を返した。

「よし、鎖を解くぞ」

 そして鎖から彼が解放された。

「それで、どこに行けばいいんだ?」

「力が集まっているだろう、学校だ。スターとジャスティスを助けてやってくれ」

「よし、じゃあお前から壊す」

 突然の発光と同時に、彼はフールの姿、黒い粘液に包まれた人型になった。

 そしてそのまま腕を薙ぎ払い久十郎の胸を抉った。

「んぶぅっ!?」

 口から血が零れる、だがそれ以上に胸からの出血量が尋常ではない。

『ええええええ!? 裏切るんすか!? この人裏切るんすか!? 警察っすよ!? 警察裏切るとか正気ですか!?』

(馬鹿言え。どうしてこうやって会話できるのに口で言ってきたか考えろ。嘘八百並べてるに決まってるだろうが。テメェは相変わらず口でピーチクパーチク鳴いて何の役にも立ちやしねえな)

 そんな声が響くと同時に、サンもまた久十郎に言った。

『だからフールを罠にかけるのはやめとけって言ったのに……、で久十郎、どうすんの?』

 吐血を尚も続ける久十郎に考える余地などなかった。

(忌々しいホームレス風情が……俺をダシにしようってのか。許さねえぞ!!)

 久十郎を光が包む。

 相変わらず大きな肉体はそのままに、顔と胸にそれぞれ太陽を象徴するような橙色の日輪が描かれており、しかし腹から下はまるで彼の性格を映すように、太陽の下にある影を示すように、真っ黒の鎧が装備されていた。

『下半身だけ鎧とは露出狂みてえな野郎っすね。上半身のあれはタトゥーっすか? 変質者っぽいっすねぇ』

(馬鹿よく見ろ、顔がねえ。まあ、壊すだけだが)

 久十郎は既に息を切らし、胸の太陽は徐々に赤く染まっている。

『勝てるの? まあ勝ってもらわなきゃ困るんだけど』

「ぶっ殺すぞこの社会のドブ野郎!」

(来な、腹黒狸)

 半分白、半分黒の男と、真っ黒な人型が対面した。

 サンの能力、それは熱。

 体温はおよそ数百度を易々とこえ、熱で敵を攻撃することができる。

 すぐさま理解した久十郎は数歩動いて彼の腕をあっさりと掴む。

『あっちいいいいいいいいいい!! はは、早く逃げましょう!!』

 しかし彼は答えず、思い切り久十郎の顔を残った腕で殴った。

 が、殴った手の方が焼けてしまう。

(こりゃ攻防一体だな)

「愚か者め! このまま焼け死ねぇい!!」

 その殴った方の腕も掴まれてしまい、両腕を掴まれた彼はそのままどんどん上がっていく温度に、腕を焼かれ続けるしかなかった。

『いいいいいいいやああああああああああああああ!! 今からでも謝りましょうよ!! きっと許してもらえますって!! 死にたく死にたく死にたくなぁいっ!!』

(テメェは黙ってろ、今考えている)

『なんで!? 私は実際全然熱くも痛くもないですけど、あなたは痛いんでしょう!?』

(……テメェ、今まで痛くもなんともなかったのかよ)

『そりゃカードですし』

 彼にとって衝撃の事実でありながら、彼はとにかく考えをまとめ、実行することにした。。

 まず彼は両腕を捨てた。

 強引にバックステップで距離を取ろうとしたため、意外に強力な久十郎の握力と熱のために彼の腕はあっさりと落ちた。見た目には黒いどろどろが落ちただけだが。

「はっはははは!! 自ら死を選ぶか!?」

 まるで力尽きたように仰向けに倒れるフールは――そのまま地面に沈んでいった。

 この意味を久十郎が気付くのはフールの体に手が届かなくなってからである。

「待て貴様ぁっ!!」

 必死に叫ぶ久十郎を諌める声が一つ。

『おやめなさい! それよりもう逃げるわよ! もう私達じゃ手に負えな……』

 フールの能力は吸収するものと吸収しないものを自由に選択できる。例外として他のチェンジャーの出す者や体は一切吸収できないが。だが他の物質とて吸収しないものとして地面がないとどんどん足から地面に吸い込まれる。

 だが逆に彼は今思い切り地球の中心とまではいかないが、地下百メートルほどは沈んだ。そして昇ってきた。

 以前のように、体長十メートルすら軽く超えた巨体を持ったフールは、体長五十メートルにもなったフールは、あっさりと火野札市警察署の建物すら全て飲み込んで、久十郎の前に立った。

「……ひっ」

 久十郎の小さな声が漏れた。それが彼の最期の言葉になった。

(……壊れろ)

 フールの巨大な足が、物理的に久十郎を押し潰す。

『腹黒でも正直に生きた方がいいのかしら? まあもう遅いけど』

 自分の死に立ち会っても、サンはあっさりした諦めとフールに対する敬意のみをもって、砕けた。

 サンのカードは久十郎と彼の警察署の遺骸の中で粉々になり、そのまま光となって消えた。

『……サンのこと、嫌いじゃなかったすけど』

(知るか。さて、学校にでも行くか)

『あれ? 弔いっすか?』

(壊したいだけだ)


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