決戦の火蓋、切られる
星奈と千佳の二人はぐっすりと体育館の一スペースで眠った。
というのも九岡家はフールの攻撃で倒壊しており、父親は職場に出ていたため助かったが、母親は――
「千佳ちゃん、泣いてるの?」
星奈にそう問われても、千佳は顔をぐしぐし擦って強がった。
「泣いてない! ほら、寝てたから欠伸!」
そうは言ってもぐす、と声がなるし、鼻水が垂れている。派手な姿には似合わない弱さがそこにあった。
「千佳ちゃん、大丈夫だよ。私が守るからさ」
そう手を取って星奈は言うも、星奈は泣いている理由を勘違いしているらしかった。確かにストレングスとハイプリエステスは脅威だが、今はそれが理由じゃない。
つまらなそうに千佳はふんと鼻を鳴らした。
「もう寝る! ……実はさ、あの女、ハイプリエステスもここに住んでいるのよ」
「本当に? あの人、自己紹介してたけど」
星奈は自分と対峙した時の様子を思い出した。高校二年まで聞いたが途中でストレングスに邪魔をされたのだ。
「私も聞いたわよ。火野札高校二年一組、北条早紀子。知ってる? 高校で有名なルールにうるさい人で、通称髪ドリル」
「髪ドリル? それって見たまんま……」
「人間の時の格好見てみなよ。本当に髪ドリルだから。金髪の高飛車で、ドリルみたいな髪してんの」
そう言って二人はこっそりと笑った。まさか本当のドリルになるなんて誰も予想できなかっただろう。
そして、そのまま星奈が改めて千佳に言う。
「ねえ千佳ちゃん、戦いなんてせずに一緒に居ようよ。正義さんとかに話をしたら、きっと助けてもらえるよ?」
無力だと知った以上星奈がかけるこれ以上の言葉はなかった。狙われているならますますだ。けれど千佳はそれを呑まない。
「嫌。私はね、誰よりも目立ちたいの。あんたよりも正義よりも、あんな二人よりも、いずれ……」
もはや妄信のように千佳は言う。クラスで中心に立ち得たものと、フールのために失ったものがある。彼女に残ったものをかき集めるように彼女は目立つことを好んだ。
「その目立つのってさ、そんなに大切なの? それで何があるの?」
「何って……分からない? キラキラして、みんなに見られて、誰からも注目される喜び」
人の存在する理由だとか、承認される欲求があるとか、そんなことを彼女達は知らない。だが本能のどこかで忘れられる苦しみというものを、家族を失った千佳は敏感に知ったのかもしれない。
それでも星奈は続ける。
「私はそんなのより、こういう風に静かでも、一緒に楽しめたらいいんだけどなぁ」
千佳はそれが理解できないわけではなかった。そう思えるようになれれば、とだけ思った。
夜のうちに久十郎は作業をどんどん済ませる。
その場で作業していた部下をかき集め、それらを主任として、サン、ジャスティス、スター、捕まえたフールとチャリオット、見つからないハイエロファントとハングドマンを除いた十五人に対して警官隊を送り込む準備を整えた。
「お前ら仮眠室使え。各メンバーが出勤してきたら午後一時をめどにそれぞれ出発しろ、いいな」
「はい! それにしても、これは一体……」
「……危険を伴う上に秘密も多い。私が君達に言えることは少ないが、それでも言わせてもらおう」
久十郎は咳払いをして、その場で作業に挑んだものに言う。
「市民の命だけではない、安心して、安全な生活を送るための警察という組織だ。この火野札市が黒巨人と銀戦車によって大きな害を受けたのは知っているな。今写真を配ったのは、同じような力が使える可能性の高い者だ。それは生島検事からも確認を取った」
確認を取ったというのは大嘘である。久十郎がサンを使って場所を大体把握し、信用のおける部下に調べさせたものである。逐一場所を確認していたため、特定の家庭や家屋内の誰かまでも確認できていた。
警官達は一瞬恐怖に怯えた顔をしたが、それを見て久十郎はもう一度咳払いをした。
「……諸君らとて家族がいる、命も惜しい、仲間を失って辛い想いをしただろう……。私もだ! 君達は恥ずかしくはないか!? 火野札市の秩序を容易に乱し逃げ続ける化け物共を野放しにして! 外部からの検事に任せきりにして! 挙句に小さな少女が戦っているというのに!! 我々はただ同胞と守るべき市民の命を危険に曝しているだけではないか!! 今度の機会は奴らに先手を打ち速やかに投降を誘うことができる。警察は蹂躙されるだけの組織ではないことを、諸君らが示すのだ!」
そこまで言われて口答えする警官はいなかった。中には感動し一層努力に励む者がいるほどだ。
無論、恐怖が完全に拭い去られたわけではない、中にはこの署長に嫌悪感を抱いた者もいる、それでも彼らは警察官であり、市民を守る義務を思い出した。
戦いは午後一時、それまでにたどり着けるようにと彼らは一層の準備を進めた。
『本当にずるい人……うふふ』
(勝つ奴ってのはな、自分じゃそんなに動かねえんだよ)
奇しくも光史郎と同じ考え、そんなことは露知らず、彼は署長室へと戻った。
朝の突然の電話は日出三を恐怖させたが、内容で更に恐怖した。
「あ、マジシャンですか? 私です、ワールドです」
「な、なんでしょう?」
「蓮……あ、ジャッジメントが酔って眠ってしまいまして、実はこの際エンペラーとホイールオブフォーチュンも呼んでいるんですけど、来てくれませんか?」
(マジシャン、言っていることは本当か?)
『間違いないのである。二人はともにワールドの元に移動をはじめ、ジャッジメントはワールドと共にいるのである』
少し悩みはしたものの、日出三はすぐに答えた。
「分かったでござる。今すぐ急行するのである。じゃなくてっ! 行きます、でござる」
『たどたどしいであるな。落ち着かないであるか?』
(そりゃそうだろ。もうドッキドキよ)
もはやワールドに対しては恐怖するばかり、今後のことは全部不安、けれどもう具体的な解決策が浮かばない。
「ではお願いします。できるだけ急いで、ね」
「はい、はい分かりました」
言って日出三は早速立ち上がる。
(行っていきなり殺されるとかないよな?)
『普段の不衛生な生活より、朝早くから散歩がてらに行く方が健康的でいいのである』
どはぁ、と重い溜息を吐きながら日出三はゆっくりと体を動かした。
さて午前、昨日学校にストレングスが襲いかかってきたり、みえるが全力疾走して場を去ったりと晶乃は賑やかな昨日を送ったが、この日はまた奇妙なことになっていた。
何故か家に星奈がいない。窓も開けっ放しになっていて、輝樹がすっかり困惑していた。
「あの、星奈どうしたんですか?」
「分かんねえよ! オヤジもお袋も仕事でいねえし、朝起きたらいきなり……」
すっかり狼狽しきった輝樹は普段通りの雑さもなく挙動不審気味である。
「落ち着いてください。ともかく兄貴にも言って、学校に電話して、そしたら警察に電話しましょう」
「……おう。すまねえな晶乃ちゃん」
輝樹が学校に電話する間に、晶乃は家に戻って兄に言う。
すると啓吾はあっさりと言うのだ。
「星奈ちゃんは学校にいるよ。……たぶん友達と一緒だ」
「なんで分かる?」
既に啓吾の決意は固まっていた、考え続け、昨日の夜襲を隣の家で受け、もう決めたのだ。
「僕にはね、ちょっと不思議な力があるんだ。輝樹には内緒だよ」
その言葉の意味が晶乃には少しだけ分かった。けれどあえてそれ以上聞かず、別のことを尋ねる。
「どうして輝樹さんに内緒?」
「あいつは無茶するからね、晶乃と違って……星奈ちゃんと一緒で」
そんな言葉に晶乃は事の真実を垣間見た。
「……大丈夫なの?」
「今の僕を信じてくれ」
啓吾の言葉に、晶乃は頷いた。
『やれやれ、どのタイミングで本気を出すのか。我輩には貴様が全く分からんよ』
(僕は昔から考えるばかりだった。けれどやる時はやる男だったよ!)
啓吾は普段通りに鞄をもって、輝樹を誘い学校に向かう。
晶乃は星奈の分の鞄まで時間割を合わせて持ち運んでやった。
「本当に大丈夫なんだな、啓吾?」
「うん、星奈ちゃんは学校にいる」
短い言葉を交わした後に輝樹は言った。
「お前のこと信じるよ。隠し事はしても嘘は吐けねえ奴だからな」
「君もね」
一抹の不安を抱えながら輝樹は啓吾とともに高校へ。
そして小学校、星奈の靴がない代わりに上履きもなくなっていることにとりあえず晶乃は安心したが、下駄箱付近の掲示板を見て怒髪天を突いた。
「……なにこれ?」
既に数人の生徒達がそれを見ている、奇妙な人だかりの原因は普段そこには貼られていない写真にあった。
どれも星奈の隠し撮られたような写真で、首の部分を切り取っていたり、悪質な落書きなども施されていた。
これほどにまで悪意とは一人歩きするものだろうか、怒りと殺意にも近い憎悪がこみ上げる中、晶乃は写真を強引にそこから剥がした。
同時に笑い声が聞こえる。笑っていたのは数日前に灰野祐司をいじめていた少年達だった。
晶乃が何か文句を言おうという直前に、間に立ったのがその灰野祐司だった。
「……君たちは、僕じゃなくて、星奈さんを……」
『けけけけっ! それが復讐の対象かぁ!? まあそうだよな、自分より自分の大切なモン傷つけられた方が嫌だもんなぁ? うけっ!』
晶乃は祐司がポケットからカードを出すのを見た。それは兄が持っていたカードとそっくりなものだった。
それが光ると同時に晶乃の眼前に塔がそびえたった。巨大なチェスのルークの駒のように黒に近い灰色のレンガを積み上げたような見た目。
下、地面に接する部分は垂直で全くの凹凸がない、逆に塔の頂上の部分は巨大な握られた拳を象っていた。
突然天井を突き破るほどの拳の塔の出現に、その場の誰もが息を呑んだ。
そしてそれがひとりでに、拳を少年の方に向けて倒れるではないか。
そしてその塔はロケットパンチのようにまっすぐ少年を押し潰すように射出された。
血が飛び、沸き上がる悲鳴。
夢のような惨劇が今まさに目の前で繰り広げられていた。




