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女帝、真夜中に来訪す

 サンの久十郎が泊まり込みで警察署から正義に電話をかけていた。

「あー、もしもし? 生島か?」

「なんですか警視正? 星奈ちゃんのことなら……」

 アパートに戻っている正義も既に本日ストレングスが小学校に襲い、五人のチェンジャーが暴れた事件は知っている。現場に急行したがもぬけのからになっており、星奈も一生徒として授業を受けていたために聞き出すことができなかったという事情がある。

「違う違う、チェンジャーのことだ。ワールド達を含む、俺達が知らねえチェンジャーの身元と潜伏先を大体まとめた。もう数日以内に全員の先に警官に身柄を拘束させる準備ができる」

「それは危険です! チェンジャーとはいえまだ全員何の罪もない一般市民、無理な行動はかえって能力を暴走させて無駄な被害を増やすことに……」

 焦った様子で止めようと言う正義に、久十郎は二度咳払いをした。

「あのな正義、なんで法律があるか知ってるか? 悪い奴じゃねぇ、怖い奴だよ。怖い奴を捕まえるためにあるんだ。国が保護していないチェンジャーなんざ、大量破壊兵器を一般市民が持っているのと同じことだ」

 久十郎の言葉に正義は一瞬言葉を失う、だが苦し紛れに呟く。

「それでも、今の法では……」

「馬鹿野郎が! 警察が後からしか動かねえっつって憎んでたのはテメェだろうが! 先手を打つ、それがどれだけリスキーなことかはお前が分かっているはずだ。だがだからこそ効果的。臆病風に吹かれてんのか、お前はよ」

 正義は考える、確かに今までにない大規模な作戦に自分は怯えているのかもしれない。だがそれ以上に自分の中の疚しさ、心を裏切るような不思議な感覚が大きい。

『正義、あなたの正義のままに動くべきよ。人の正義ではなくね』

(ジャスティス、俺は……)

 自分の正義、それを確立した気になっていたとはいえ正義はいまだに自分が何をすべきか分かっていない。

(大人になって色々知り過ぎたのかもしれない、本当に星奈ちゃんが羨ましいな)

『年なんて関係ないでしょ。大人になって知ったのはずるく立ち回る方法よ』

 バッサリと言われて正義はまた何も言えなくなる。だがそれは自分を一人で見つめなおすため。

(思い出そう、子供の頃のような、純粋に正義を信じた時のことを)

 決して久十郎の行いが正義ではないかのような口ぶりだが、彼はそれでも無言で電話を切り、自分のことを、正義のことを考えた。

 切られた久十郎は疲れたように溜息を吐く。

(全く頭が固くていかんな、小娘はすぐに騙せるとしてもあの正義小僧はいかん)

『そういう時は謀殺するに限るわ。どうやって罠に嵌める?』

(こら物騒なことを言うもんじゃない。殺るのは最後だ。ワールドやストレングス、他の邪魔者が全員消えて、スターの小娘を使って……分かるな?)

『うん。私、あなたのそういうところは好きよ』

(俺も俺を理解してくれるお前が気に入っているぜ? だがまぁ、前途多難だな)

 久十郎が所有するコマは自分を含めた三人のチェンジャーと、善としての圧倒的な知名度と市民。

 仮に他のチェンジャーと敵対することになっても、市民の助けを借りることができることは間違いないが、それが何の役に立つというのか。せいぜい敵が勝った時にバッドエンドを迎える程度。

 僅か二十弱のチェンジャーが善である久十郎達を殺したとして、全ての人間を敵に回す悪となればその先に未来はない。

 ただそれだけでは久十郎には何の利益もない。その時点で久十郎自身が死んでいるから。

(作戦をいつ決行するか、味方を増やすチャンスでもある以上、速い方がいい)

 争いを始めるきっかけにもなりえるために慎重に行うべきであるが、久十郎はそれでも作戦を速めることにした。

 もっとも、それより早く動くチェンジャーが二人いた。



 ストレングスに襲われた日は、星奈は自分が特に関わっていないと輝樹に言って誤魔化した。その日の夜。

 ぐっすり眠る星奈を起こす声は、スターである。

『星奈ぁぁぁあああああああああああ!! 星奈ぁぁぁぁああああああああああああああああ!!』

 脇目もふらず取り乱した叫ぶスターであるが、星奈はうなされ寝返りを打つのみでまだ起きない。

『頼む星奈起きてくれぇぇぇええええええええええ!! 星奈ぁぁあああああああああ!!』

(んー……階段から落ちるぅ……)

『夢見ている場合じゃないッ!! 女王と女教育長と力が既に変身してきているっ!!』

(ぎゃあああああ落ちたっ! あれ、スター何?)

『何じゃないッ!! 三人が変身してこっちに来ている!!』

「ええええええええええっ!?」

 星奈はその場で変身し、窓から外を見た。

 ちょうど家の前を三人が通るタイミングだ。だがその奇妙な状況に星奈とスターは目を凝らす。

 三人で来ているとなれば戦う気なのかと思いきや、既に三人は戦っていた。

 厳密には、全速力で走って逃げるエンプレスの後ろで、ストレングスとハイプリエステスが戦いながらエンプレスを追いかけている状況。

 更にストレングスは腕の拘束具を外し、エンペラーのように腕が複数増えている。しかもその数は肩から腰元まで両側に合計十二本もの量。

 対するハイプリエステスは、目も鼻も口ない顔の首から下は腕も足もなく一本のアイスピックのように鋭い(くい)になっており、その金色の髪は頭の側頭部で二つ金色のドリルとなって回転し、しかしストレングス六本ずつの腕に止められている。

 そんな状況でストレングスはコンクリートを砕かんばかりに足を動かしてエンプレスを追い、ハイプリエステスも念動力のような力で浮かびながらもエンプレスを追っていた。

 よく見るとハイプリエステスの杭状の体にはヒビが入っており、ストレングスの体からは血が流れていた。

「た、助けてスターさぁんっ!」

 そんな声がエンプレスからあがった。星奈は変身を済ませているためにより目立ち、窓の下からハイプリエステスとストレングスがそれを見つけた。

(これって危機一髪ってやつ?)

『絶体絶命というやつだ!』

 スターに気を取られたストレングスが、二つのドリルの高速回転に弾かれて手を放す、その隙にハイプリエステスは更にエンプレスに近づいた。

「ひっ!」

 短く叫ぶエンプレスを助けるようにストレングスがドロップキックを後ろからハイプリエステスにぶつける、それだけで星奈は状況を大体推し量った。

(襲われている女王様を、力が助けている?)

(らしいな。といっても女王はどっちにも殺されるような心地だろうが)

 星奈はどうすべきかを悩んだが、一つ深呼吸して尋ねる。

(ねえ、あれって放っといたらどうなるかな?)

『ストレングスは市民を襲わない。君のいう皆を守るの皆は恐らく攻撃しないだろう』

(じゃあ、放っておいても……)

『君に任せる。しかし珍しい、君なら女王を助けるというかと思ったが』

(眠い……)

『そうだな……、今は休もうか』

「助けなさいよー! スター!」

『だが星奈、あまり近所で騒がれるのは……』

「分かった分かった、いけばいいんでしょ?」

 窓から星を使って降りる星奈の震えと恐れの感情をスターは見逃さなかった。

 単なる我侭を言っているわけではない、星奈は二度ストレングスと対峙しその実力差を考えどうにも乗り気になれなかったのだ。

 それでも進む星奈に、スターも葛藤しつつそれでも推し進めた。

 ちょうどエンプレスを守るような位置に降り立った星奈は改めて強力な二人を前にした。

 自分より強いだろうストレングスと対等に渡り合うハイプリエステスは、ストレングスとともに争いをやめてスターを見つめた。

「スター……あなたは本日の学校にて走っていた天海星奈でよろしいですね?」

「えっ、あ、はい、あなたは?」

「私は火野札高校二年……」

 言っている最中にストレングスの六つの拳が右ドリルを殴って破壊する。

「なっ! 人の不意を討つなど恥を知りなさい!」

「いじめっ子が言うことじゃないねぇ!」

 次の左六蓮拳を左ドリルで防ごうという時に、巨大な星の板がその六つの拳を防いだ。

「えっと、喧嘩は駄目ですよ!?」

 攻撃を防がれ、星に遮断された二人のうち、ストレングスが星奈の方を向いた。

『逃げるか?』

(その方が良いかも!? ってエンプレスがもういないし!)

 エンプレスを見た一瞬の隙にストレングスの蹴りが星奈の脇に決まった。

(っこれが痛い……っ!)

『星奈、ストレングス相手に余所見は禁物だ!』

 吹き飛ばされる星奈はあっという間にエンプレスの千佳の前まで飛ばされて倒れた。

「ひぃぃっ! ちょっと大丈夫あんた!?」

「うう……前と比べると、なんとか……」

 昨日の一撃は真正面からとっておきの一撃を食らったわけだが、今回は後ろからハイプリエステスを気遣っての一撃、涙が僅かに零れるものの動けないわけではない。

「それより、何があったの? なんで追っかけられてるの?」

「知らないわよ! 突然ハイプリエステスが来て校則違反を罰するとか言って、そんだらストレングスがいじめは良くないとか言い出して!」

「はいぷりえすてす? すとれんぐす?」

「あんたそれも知らないの!? いいからもう逃げるわよ!?」

 つい千佳は星奈の手をとって走った。小さな体は大人になった体のエンプレスでも軽々と持ち運ぶことができた。

 後ろではドリルと拳のぶつかる音が、ハイプリエステスとストレングスの叫ぶ声が激しく鳴り響く。

「放せこの変質者! 九岡千佳が逃げるっ!」

「いじめは良くないねぇ! 髪ドリルゥ!」

 髪は再び鉄を纏いドリルになる、腕は更に増え七本ずつの両腕が蠢く。

 二人はそうして逃げる星奈と千佳を追いかけることもなく戦い続けた。



「あんた大丈夫!? 目立とうと思うからよ!」

「そんなつもりないって……うう」

 息をするたびに脇が痛む。しかしこれを中くらいと思うくらいに星奈は慣れつつあった。

『すまないな、エンプレス。だが私は君を許さないぞ』

『スターちゃんマジ怒りすぎー、本当にそんなんだからモテないんだよねー?』

 その後に悪態を吐くスターの言葉は星奈に聞かせるにはあまりに汚い言葉だったりする。

(スター、そのえんぷれすさんと何かあったの?)

『いや、大したことではない。ただ裏切られ背中から斬られたくらいだ。くそっ!』

(大したことありそー……、大丈夫なの?)

『それはこっちの台詞だ。彼女も裏切るかもしれない』

「私のこと!? あんたよりかは性格良い自信があるわよ!」

「えー、そうなの? 私はそんな気しないなぁ」

「軽口言ってんじゃないわよ!」

「あはは……げほげほ」

「あああ、無理しないの馬鹿」

 千佳はしっかりと星奈を抱きかかえて気遣っている様子がある。

 そうして千佳が足を止めたのは学校であった。

「こ、ここは?」

「学校。避難してきている人が沢山いるから助けを求めることもできるでしょ?」

 歩くままに変身を解き、千佳は元の姿で星奈を立たせた。

「ほら、あんたも変身を解きなさい」

「う、うん……」

 もとに戻った星奈は改めて千佳の姿をまじまじと見た。金色の髪は染め立てらしく、どうにも千佳に似合っていない、けれど髪飾りのロケットはとてもその派手さに調和をもたらしている。

「可愛い髪飾りだね」

「分かる? ま私のコーディネイト力からしたら当然よ。……ロケットってのがまあ、男子の心を惹くっていうか」

 そこまで言って千佳は星奈に怒声を浴びせた。

「ってそんな安易なおだてに乗らないわよ! いいから今は逃げる。そんでそのうちあんたを倒す」

「え、それまだやる気なの?」

 エンプレスに戦う能力はない。故に倒すといっても手段がないのだ。それを考えていなかったのか千佳も少し焦っている。

「え、それはあれよ、あんたが弱って手出しできなくなったところとかに……」

『それ、さっきじゃん! さっきあんた助けてたじゃん! お人よし二人ー、いや三人ー』

『貴様……おい星奈! 私はこの女と組むのだけは許さんぞ! 早くカードを破壊しろ!』

(今戦う空気じゃないでしょ。それにこの子、悪い子じゃないみたいだし)

『人が悪くなくてもカードが悪いんだ! 女王のカードが!』

『は? 女帝でよくね? タロットでよくね? スターもしかして無能? 無能ウケるんだけどっ!』

 ぎゃははと笑うエンプレスの言葉を聞いて、千佳が星奈に尋ねた。

「っていうかさ、あんた本当にタロットカード知らないの?」

「あ、聞いたことある! ……なんだっけ?」

 深夜の学校、体育館の傍で二人はそのことを中心に話し合った。


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