思惑、蔓延る
星奈が目を覚ました場所は、鉄臭い部屋のベッドの中である。
ロッカーやコンクリートで全体的に灰色の色調のそこは、火野札市警に間借りされた正義の一室、格子の代わりに扉がある程度の場所である。
「気が付いたのか。星奈ちゃん」
目の前の礼儀正しそうな七三分けの男を星奈は知らなかった。
「あの……誰ですか?」
『星奈、生島正義、ジャスティスの持ち主だ』
フールとの戦い、胡乱とした意識の中で助けてもらった時の姿は、絶対正義を胸に掲げる変態であった。今の正義を初めて見た星奈は、やはり言葉を失った。
(べ、別人すぎる……)
『普通はそうなのだ。君が特別なんだ、星奈』
変身のいろんな意味での恐怖を味わった星奈は、呆然としたままで正義の言葉を聞いた。
「今はそんな話をしている場合じゃない。昨日君に言えなかったことを今言うよ?」
「な、なんですか?」
一体どんな言葉かを星奈は全く予想しなかった。けれど悪いことを言われるとは思っていなかったのだ。
だから正義の言葉は予想外だったと言っていい。
「そのスターのカードを手放さないか? それを持っている限り君はますます多くの敵に狙われ……」
「どうしてそんなこと言うの!?」
耐えきれず言葉が終わる前に星奈が叫ぶ。だが正義も負けていない。
「それは玩具じゃないんだ。変身できるからって楽しむものじゃ……」
「そんなのもう分かってる。私はそれでも、皆を守るために……」
「ストレングスに負けたのに、か?」
星奈の体が驚きに震えた。
「ストレングスに負けた後、復活したチャリオットをストレングスが倒した。ストレングスがいなかったとしても、君はチャリオットに負けたかもしれないし、ストレングスとチャリオットが仲間同士だったら、君は――死んでいた」
星奈の目が見開かれた。言い返せない焦燥、恐怖が鬱屈とした雰囲気の中で集まる。スターは星奈がこれほど暗い感情を貯めるのを初めて知った。
「……俺は君以外に協力してくれるカードの所有者を知っている。もう君に危害が及ぶことはないんだ。だから、さぁ……」
正義が伸ばした手を、星奈ははたいた。
『ちょっ! あんた何してんの!?』
驚いて冷静に星奈を見る正義と怒りを示すジャスティスに星奈は言う。
「そうやってスターみたいに私を心配しているって言って! 私の考えとか全部無視するんだ!」
「君のためを思って……」
「またそうやってスターみたいなことを言う!! 私は、私だって、私だって守りたいのに……」
そう星奈は呟き、静かに涙を流した。
これ以上正義もジャスティスも何か言おうとせず、静かにその場を去った。
残された星奈とスターは緩やかに言葉を交わす。
『……すまない、君がそんなことを悩んでいたなんて』
(……いいよ、私を心配していることは本当なんでしょ? でも、私だってやる時はやるんだよ!)
それはスターも知っていた。チャリオットとの戦いの時の星奈は、フールの時と比べて見違えて強くなっていた、力以上に精神状態が。
決断力、行動力、何よりも敵を攻撃する意志が遥かに増幅していた。
それがスターには末恐ろしい。自分が関わってしまったために正しく優しい星奈が、邪悪に変わってしまうのではないか、それが心配なのだ。
そして彼は最後までサンとフールが同じ建物にいることは言わなかった。
ストレングスが皆を倒した日の夜、星奈が目を覚まして数時間経った頃。
昨日とサイトのチャットルームでチャリオット以外のメンバーが集っていた。
ワールド:本日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。ストレングスのことです
マジシャン:部屋乙ですワールドさん。で、ストレングスは確か捕まってませんよね?
エンペラー:スターとチャリオットを倒し、何もせずに去った謎のチェンジャーだ。その後スターとチャリオットを捕縛したのはジャスティスだからな
ジャッジメント:強いのはわかる
マジシャン;ジャッジメントさん、無理して話さなくてもいいんですよ?
エンペラー:足手まといは余計だ
ワールド:まあまあ。それで話ですが、ストレングスと何とか会話できないでしょうか?
『会話とは、味方に引き入れるということであるか?』
(十中八九そうだろうな。チャリオットが抜けた後に警察んとこの世話になっているんだ。人員補充と戦力増強ができたら最高って考えてもおかしくない)
スナック菓子の袋に手を突っ込むも、既になくなってしまい日出三は不機嫌な顔でモニターに向かう。
マジシャン:でもチャリオットもスターも一瞬で倒しましたよね。あまり近づきたくないです
エンペラー:顔を合わせるだけで危険だろうな。
マジシャン:ワールドさん時を止めて倒せないんですか?
ワールド:生憎私は吸血鬼ではありませんので
マジシャン:さっすが、知ってる人ォ!
エンペラー:何の話か知らんが能力を詮索するような真似はやめておけ
ジャッジメント:皆さんはチャリオットが心配じゃないんですか?
不意なジャッジメントの発言に日出三は腕を一瞬止めた。ここの答え方は考えざるを得ない。
日出三本人の考えとしては、暴走とも呼ぶべき虐殺行為を繰り広げたわけだから、ブッ飛ばされるくらい自業自得という他ない。
だがそれは恐らく、ワールドの考えに反する。ワールドならばそれでもチャリオットが人に捕えられたことを危惧するだろう。
『日出三、ワールドに諂うも自分を信じるも任せるのである。我は日出三に従うである』
(それって信じるともいうが無責任ともいうんだぞ)
マジシャンに文句を言いつつ、日出三はあたりさわりないような発言を試みようとした。だが先にエンペラーの発言が乗った。
エンペラー:自業自得だろう。敵の接近に気付かず無様に負けたんだ、仕方がない
マジシャン:確かに心配ですけど、フールと同じ場所ということは助け出すのも困難。ここはストレングスを勧誘するのが先じゃないでしょうか?
(ほんまエンペラーに惚れるで……)
『日出三、冗談を言っている場合じゃないである』
ワールド:マジシャンの言う通りですね。ジャスティスとサンの接触が多くみられます。恐らくはそれにスターも加えて一つの派閥になっている。
ワールド:四対三とはいえ向こうは戦闘経験が豊富ですし、説得するために捕獲する必要がある。そのための人員補充です
エンペラー:妥当なところだ
マジシャン:けど誰が話をするんですか? ストレングス、私は嫌ですよ
そんな会話を見て蓮は思った。
結局のところ誰一人チャリオットの心配などしていない。彼は人員一つ分というただの駒で、ただの数字としか扱われていない。
(ま、仕方ないっちゃ仕方ないわ。私でもあれは弁護できんって)
当の蓮はチャリオットの心配など当然していない。エンペラーの言う通り自業自得だ。だが、それを尋ねて皆がどういう反応をするか、というのが最も気になったのだ。
エンペラーは正直で信用がおける。またマジシャンの心配しているからこそしなきゃいけない、みたいな態度は人間臭くて人の良さが分かる。
だが人を率いるワールドがマジシャンと同じ態度だと、どうにも目的のために手段を選ばないような雰囲気が出ている。
『嫌です嫌です、人間怖いですぅ……』
(私だって怖い。でも、嫌だけじゃ生きていけないのよ)
蓮にとっては頭が、ワールドがいなくなればこの組織は随分居心地のよいものになるだろう。だがその計画はあまりに大胆不敵、実行するとなればワールドと直接戦うことになるだろう。
(あなたって変身しなくても何ができるとか分からないの?)
『無理です無理ですぅ』
蓮は苛立たしげにカードを指ではじいて、再び画面に向かった。
議論に更なる花を咲かせる飛び入り参加の名前を目にしたのも、その瞬間だ。
WOF:失礼します
ワールド:おや、どなたですか? カードを拾って声が聞こえる、という方ですか?
マジシャン:私達はそれをチェンジャーと呼んでいます。以後おみしりおきを
WOF:我が名はホウィール……ホウィール・オブ・フォーチュン……
マジシャン:まったまた知ってる人ォ!
エンペラー:長いから頭文字を取ったわけだ。それで要件はなんだ?
WOF:ストレングスについてお願いしたいことがあります
ワールド:何ですか?
WOF:一週間以内にストレングスを倒します。協力しなくとも、手出ししないで
ワールド:戦いを見過ごせと? それは困ります
WOF:今まで全部見過ごして、変身もしたことないのに、何かできる?
ワールド:あまり舐めない方がいいですよ。エンペラーは変身しましたし
エンペラー:誰とも接点のないお前が上に立つことはない、WOF
マジシャン:WOFさんもワールドのチームに入りませんか? 詳しい話は直接会って話せますし
WOF:私はサン達とも不戦を結ぶつもり。それでもいいなら、構わない
ワールド:大いに結構です! 私達チェンジャーは本来皆が仲間、あなたにはスター達との橋渡しになってもらいましょう!
二転三転のチャットは、ホイールオブフォーチュンのワールド組加盟とストレングス対策によって終結した。
ホイールオブフォーチュンことみえるとエンペラーの切は同じ中学同士で明日にでも直接出会い話をつけることになり、またその足で星奈に話をつけることになった。
一つ切が気にしていたことは呼称の違い、ワールドとホイールオブフォーチュンは気にしていなかったが、二人はジャスティスが一番目立っているにも関わらず『サン達』『スター達』と三人を呼称していた。
ワールドがスター達、というのはまだ分からないでもない。目立つのがジャスティスとはいえ、正体が分からずとも小さな少女が敵と戦い、実質フールやチャリオットを下した実力を見ればジャスティス以上に注目すべきであるから。
だがサン達というのはどう考えても不自然だ。サンはカードを発現していない、能力を使っていないし、接触も今のところジャスティスと捕まったフール、チャリオットのみ。
ホイールオブフォーチュンにはサンがリーダーであるという情報がある、どうしてそれを知ったか、切は明日直接聞き出そうとしていた。
「権座さん、星奈ちゃんは無事に帰りました」
「そうか、ご苦労」
火野札市警察署の署長、権座久十郎警視正。身長百六十五センチにして体重百キロの肉体はドワーフだとか筋肉達磨などと呼ばれるほどの質量があった。
署長室には数々のトロフィーや賞状があるが、その半分ほどは久十郎の剣道、柔道、空手などの成績である。
手に持ったカードはローマ数字で十九、満面の笑みの太陽が描かれたサン。
「ではワールド達の具体的な対抗策について話し合おうか」
久十郎と正義は元々顔見知りであったが、カード所有者であることはフール捕縛以後である。そこからこの世界での平和派として活動することをともに誓ったが、どうにも馬が合わない。
久十郎は自分の能力を隠している。この市の警察のトップである自分が正義はおろか一市民である星奈にまで先を許して戦わせてしまったことが改めて公表されては問題になる。故にスターが星奈であることを公表しない代わりに、正義が久十郎がカードを持っていることを隠している。
この公約の時点で久十郎が腹に一物ある狸爺であることが分かるだろう。
「フールはすぐに変身し、破壊活動に及んだ。故に後腐れがない。だがチャリオットは違う」
言うと正義が説明を受け継ぐように言う。
「マジシャン、エンペラー、ジャッジメント、チャリオット、そしてワールドの五人が昨日に集合し、後日チャリオットが能力を使い暴れ出した。……組織的なテロ活動とも思える」
「そう、奴らの意図をチャリオットから聞きださなければならなかったのに、チャリオットはストレングスの攻撃によって昏睡状態……死なないだけ奇跡だな、ありゃあ」
そう言って久十郎が座り、葉巻をくわえる。
「禁煙したんじゃないんですか?」
「そう言うな、ストレス多難なんだよ……ハァー、カード持ちはガキどもが多くて誰と誰が接触しているか分からねえし、ホイールオブフォーチュンは誰もいねえ場所でなぜか能力を使う……分かんねえなぁ、色々と」
困っている風なのにどうにも落ち着いて見える久十郎は既に五十を過ぎている。正義にはこれが何でも分かっているように見えて仕方がない。
「そういえば、チャリオットの奴は自分のことをチェンジャー、と呼んでいました」
「チェンジャー? 変身するからか。あの無学中卒のチャリオットが決めたとは思えねえから、組織ぐるみの言葉だろうな。俺らも使うか?」
「うってつけの言葉が欲しいとは思っていました。しかし敵の言葉を使うというのは……」
「敵とは限らねえぜ? チャリオットの独断暴走ってこともある。昨日、いち早く抜け出したっつうのもあるしな。よしチェンジャー決定、いいな」
「はいはい、私に発言権はありませんよ」
言いながら正義も携帯を弄り部下に連絡を取る。正義が警察で、後にチェンジャー対策課という部署に特別配備されるために、本来の仕事ができなくなってしまうからだ。
「で、だ。他のチェンジャーどうする? いっちゃん心配なのはホイールオブフォーチュンがエンペラーを通じてワールドとかの組織に入ることだ。変身したっつうことは、戦う意思かなんかはあるだろうからな」
「いえ、それよりもストレングスの捕縛が先です。フール、チャリオット両名より被害は少ないですが星奈ちゃんも攻撃されていますし、逃走の際警官とパトカー数台が破壊されています」
「そりゃ止めようとしたが、死者は一人も出てねえ。気にするこたねえさ」
「それでも警察ですか!?」
「俺は署長だ。なんつうの? 大局を見る目、ってのが必要なんだよ」
言っていることは正しいが、どうにも適当な感じがして、焦る正義に比べてのらりくらりと怠けた仕草が見える久十郎を全体的に信用することができない。
「……まあ、私は普段通りにさせてもらいます」
「そうだな、任せるよ、お前の正義に、な」
正義が怒り心頭の様子で帰った後、久十郎は不敵に笑う。
(この組織は良い。手綱を握っているのは俺だ)
正義の弱みは星奈である。そしてその星奈の弱みを彼は持っている。
『父親なんてそんなに重要? 私なら気にしないけど』
傍目からは煌びやかであったが、性格は根暗で陰険な女性のサンが不思議そうに尋ねる。
(自分を犠牲にして戦うような小娘はな、自分の父親の仕事も命も大事なんだよ。不幸だなぁ、天海くん)
星奈の父、天海亮太は彼のいる警察署こそが勤務先である。




