ストレングス、大暴れし、ホイールオブフォーチュン、変身する
避難を始めた人々が、空を指さし声をあげる。
希望の少女、星の仮面の少女、そんな声に星奈は震えを隠し僅かに見える口元で微笑んで見せた。
『……星奈、そんな明るい戦いではないぞ』
(分かってる。でもこれでみんなが少しでも安心するなら)
精一杯笑顔を見せる。そしてすぐに現場へとたどり着いた。
それは星奈にはあまりに凄惨な場所だった。
無理矢理にでも笑顔を作っていた星奈はその血に染まった範囲と、赤濡れの馬と戦車を見て、呆然と目を開けていた。
『星奈、しっかりしろ! 星奈!』
昨日のフールは殺した人間や建物さえ飲み込んでいたために気付かなかったが、人が死ぬという明確なイメージはこうなのだ。人によっては跡さえ残らないフールの方がおぞましいだろうが、小さな星奈にはこれほど直接的な映像は刺激が強すぎる。
「やっと来たか、スター! どうせ来ると思ってたぜ!」
そんな卓の声が耳に入らない。開かれた目、剥き出しの肉と赤のイメージが星奈から離れない。
『星奈ぁっ!!』
スターの一喝でようやく星奈は正気を取り戻す、だが次に星奈を吐き気が襲った。
まだ昼を食べていなかったものの、ふらついた星奈は板から落ちて体を打ち、そのまま朝食を戻してしまった。
それを見て、警官隊は一層チャリオットに恐怖し、チャリオットは呆然としている。
「……ああ? お前昨日の戦いぶりはどうしたよ? 何吐いてんだ?」
『……チャリオット、お前は軍人としてこれほど小さな少女にまで手を下すのか?』
『命乞いかスター? 貴様が手を貸そうが貸さまいが、弱き者は征伐される宿命だ』
ばっさり切り捨てたチャリオットに、卓も同意見のようであった。
「……ま、一人ぐらいやっちまってもワールドは許してくれるだろ。いい加減この雑魚軍団にも飽きてきたしな」
いっそスターを倒し、警官隊を逃げ帰らせる。そんな道具のような扱いを卓は考え始めた。
『やれ、卓。スターを討ったとなれば我らの栄光は輝かしいものになるぞ』
「言われずとも」
卓のキャタピラから粘土細工のように銀が蠢き、繋いでいる馬が二頭に増え、腕一本に馬一頭の体勢に更なる進化を果たした。
「蹄かキャタピラか、好きな方を選んでいいぜ?」
『星奈! やはり逃げ……』
「どうしてっ!!」
突然、星奈が屈んだままで叫んだ。
「あん?」
「どうしてそんなことができるんですか!? 同じ人間なのに! どうして!?」
星奈にはその理由の一つたりとも予想できなかった。エンペラーの人だって正義だって守りたいものがあるからこそ戦っていた。フールとは会話できなかったが、チャリオットとそれはできる。なら何故そんなことをするのか是非知りたかった。
だが卓は特に考えもせず、こともなげに言う。
「どうして、ってか? そりゃあ持ってるもんがあったら試したくなるだろ? 新しいゲームを買えばしたくなるし、新しい服は着たくなる。それじゃ駄目か?」
その言葉を聞いても星奈には分からなかった。
『分かるぞ卓、新しい兵器があれば使ってみたくなるのは当然だ』
『……ふざけている』
スターの静かな怒りが、星奈のこみ上げる爆発的な感情と共鳴する。
「ふざけないでっ! そんな、そんな理由でっ!!」
「世の中は力だ。黙らせたいなら力づくでやるもんだぜ?」
猛烈な勢いで卓が馬を走らせ、星奈に対して突進を始めた。
それに星奈はすっくと立ち上がり、まっすぐ卓に敵意を向けた。
昨日すら持ち合わせなかった、敵を敵と認識して攻撃するという行動を、自らの意志で星奈は行ったのだ。
吐いてしまった少女を心配する警官隊達も暴れ狂う馬の衝撃に見守ることしかできない。
だが卓が星奈の目の前まで来た瞬間、馬の腹を狙うように星形の柱がせり上がった。
突然の衝撃に体勢も立て直せない卓は、そのまま自分のキャタピラを丸ごと星形の柱で押し上げられた。
「んなにぃっ!?」
馬は腹に一撃を浴びてぐったりしている。それは腕から切り離してそのまま消滅したのだが。
十メートルほどの高さまでになった塔の頂点で卓は見下ろす。
ステッキを構え見上げる星奈と卓は目を合わせたが、星奈はすぐに目を閉じた。
「……落ちなさい」
それは卓ではなく、星に向けられた言葉。
流星が卓の腕を二本吹き飛ばした。
「がああああああっ!!」
『馬鹿な! スターの奴これほどまでっ!』
最後と言わんばかりに大きな星が、ビタンと正面からチャリオットにぶつかり柱から落とした。
「やめろぉぉぉおおおおおおお!!」
断末魔の叫びのように、柱から落ちて卓のキャタピラは粉砕された。
『星奈! 凄いぞ!』
(……ん、もう、疲れた)
興奮冷めやらぬスターは、チャリオットの反応がどんどん弱まると同時に別の反応を見つけた。
顔に大きな傷のある、身長百八十にもなろう金髪の大男が歩いてくる姿。
『さあ、弱い者いじめをしているのはお前か、スター?』
「一方的な戦いってのは良くないねぇ、正しくないからさぁ」
若々しい肉体を持つ見た目に反し、男は老人のように呟く。
『ストレングス……、星奈、これ以上は』
(ううん、正義さんが、皆が逃げるまで……)
先手必勝と言わんばかりに星奈はチャリオットに止めを刺した巨大星メンコを三つ並べて放った。せいぜい顔を打って痛い程度のものだ。
だがその間に、大神千力はストレングスと変貌する。
革ベルトのような黒い鉄で腕を『気を付け』の姿勢で固定し、赤と白のタイツのようなもので全身を纏っている姿は、フール以上に人間じみていて、星奈が知らないような奇妙な趣味を持った変態に見える。
だがそれは人間離れした速度で跳ねると、一瞬で星奈の必至の距離にいた。
「あっ……」
短く声をあげた直後、星奈は腹部に衝撃を受け、失神した。
周りに気を配っているスターさえ気づかぬほどの速度から放たれたマッハの蹴りは、変身した後ですら肋骨がズタズタになるほど重い一撃。
「遅いねぇ、若い子がそれじゃいかんねぇ……」
『せっ、星奈ぁぁぁあああああああ!!』
倒れこむ星奈を千力は支える、と同時に卓が起き上がり再び変身した。
「っがああああああああああああ!! その小娘寄越せ!! ぶっ殺す! ぶっ殺す!!」
千力が面倒くさそうに卓を睨むも、卓は怒りのあまりに千力ごと星奈に向かって突撃する。今度の馬は三匹で真ん中の一匹は綱すらない。
「あれぇ? 悪いのは君だったのかい?」
『ふっ、何でもよい。千力、君の信じる道を行くんだ』
「そうだねぇ」
まず右足で真ん中の馬を踏み込んで叩き潰し。
恐怖に歪んだ卓の顔に向かって、勢いそのままの左足を下からねじ込んだ。
下顎が上顎にめり込むほどの衝撃で、キャタピラごと卓の体が吹っ飛び、勢いのあまりに結局馬から離れて馬は消える。
「さてねぇ、どっちが悪かったのかねぇ?」
『面倒な時は帰るに限る。そこにジャスティスがいるだろう? あれは正しい判断を下せる女だよ』
嵐のように暴れ回ったストレングスは、警察の包囲網をまるで無視し、その場を去った。
ジャスティスが負けた後、スターとチャリオットが立て続けに倒れ、ストレングスのみが平然とその場を去る。
その状況を感じ取って焦ったのはワールドとハイエロファントであった。特に啓吾は星奈が倒れたことに肝を冷やし居てもたっても居られない気持ちになったが、それでも微弱なスターの反応を感じ取って平静を保った。
もしも自分に力があるのにそれを使わず星奈を見殺しにしたと思われたら、輝樹や晶乃は自分のことをどう思うだろうか、そんな不安が常に付きまとう。それをまたハイエロファントが情けないと嫌悪する。そんな悪循環の中に彼は堕ちていた。
ワールド組で最も焦ったのはワールドこと玲子だ。味方であるチャリオットが正体不明であったストレングスに殺されかけるなど自分が中心に作った組織が早くも瓦解の危機に陥ったといっても過言ではない。
だが同じワールド組でもジャッジメントの蓮、マジシャンの日出三、エンペラーの切は比べようもないほど冷たい反応を示した、それはストレングスでもスターでも殺されても当然だろうという『見捨て』に近い感情だ。
そう思うのも無理はない、チャリオットは暴走と言っても差し支えないほどの行動を取ったのだ。日出三は現場に近い方だったが、仇を打つどころかストレングスの姿を一目見ようとすら考えなかった。
しかし意外なことに、ストレングスの存在を最も危惧していたのは、今まで何の音沙汰もなかったとある少女であった。
運動場に避難せず、暴れて逃げ出す生徒に混じって自宅に戻った木林みえるは、雨戸もカーテンも閉め切った暗室のような部屋のベッドの上に座って考える。
(ストレングスはあなた達の世界では平和派にも戦争派にも属さなかったのよね?)
『YES、ワールドや私、ジャッジメントのように中立派でした』
(それでこれといった思想も理念もなく我侭に暴れていた?)
『YES、ただ自分の意志のみを信じ暴れていました』
(恐るべきはそれでスターとチャリオットを倒したこと?)
『YES、圧倒的な実力です』
みえるは、傍から見れば一人恐怖に震えて引きこもっているようにしか見えない。けれどその心は前途を見据え、積極的に相談しながらやるべきことを考えていた。
みえるの思想は、例え破滅のような弱肉強食の世界でも、ルールに守られた平和な世界でも、争う以上その気高き理念の下にあるべきである、というものだ。
故にこの国では普通な平和派は当然、危険な戦争派すら許す心を持っていた。それでも許せないのがストレングスただ一人。
(個人一人の我侭による世界は独裁、最良と最悪の二択、それに私達の国を委ねることはできない?)
『YES、ストレングスは最低の独裁政治を行います』
言葉と熱いストレングス反対の意志を受け、みえるもハテナを失くす。
(私とあなたでストレングスを倒す!)
『YES! そうですみえるその通りです!!』
そしてその身の振り方を、最後に二人は決めた。
(そのために、ワールドとスター、二人に同盟を結ぶ!)
『OK! 秩序派のジャスティスと組んでいる強きスター、複数の者達と密談していたワールドと同盟をすれば、ストレングス以外の敵は恐らくいないでしょう!!』
そしてみえるは立ち上がった。
「では、力を貸してもらうわ。『運命の輪』」
『OK、仰せのままに、みえる』
暗室の中の発光は家の中の誰にも気づかれず、その変身と呼ぶにはおざなりなそれを終えた。
ハムスターが回すような木製の大車輪がふわふわと宇宙空間のように浮かんでおり、その中にまた一糸まとわぬ裸体のみえるがふわふわと浮かんでいる。
目を閉じて体を伸ばすみえるの官能的な女性の肉体を見る者は誰もいないし、彼女も見せるつもりはない。
(さて、この状態ならより詳しく敵の位置が読めるのよね?)
『YES、これでワールドとスター、そしてストレングスの正体を探りましょう』
親の晩御飯の声を受けるまで、彼女は延々と二十一のカード持ちの場所を調べ続けていた。
「……星奈がいない」
運動場に避難した後、晶乃は多数の生徒に声をかけたが星奈はついぞ見つからなかった。
星奈は復帰したジャスティスに助けられ、正体を隠したまま火野札市警に運ばれたため仕方ないが、これをもって晶乃の疑念は頂点に達した。
「新華、責任感があって、優しい星奈、どうしていなくなったんだろう?」
「えっ、え、え、わ、分からないです……」
「晶乃ちゃーん、怖いよー?」
新華と春子がそれぞれ距離を空けたくなるほどに晶乃の怒りが目に見えていた。
「……臆病者が逃げ出した?」
「いんやー? どっちかって言うと臆病者を助けに行くような顔だったよねぇ?」
春子の言う通り、星奈の顔は決意と焦りでできていた。それは意味のない無責任な逃避とは感じが違う。
「星の仮面の少女……」
ふと晶乃が呟く。何故少女は星の仮面なのか、何故星なのか。
「あっ、星奈ちゃんも、星が好きでしたね」
「偶然でしょー?」
呑気な春子は避難中にも関わらずへらへらしているが、晶乃の表情はますます深刻に思考の闇に落ちていく。
一度疑い出したら止まらないのが人間というものである。




