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星奈、不思議なタロットカードと出会う

 人口千二百人、その人口の殆どが市の代名詞的存在である小中高一体の火野札(ひのふだ)学校に通う、もしくは通っていたのが火野札市である。

 都市と田舎の境とも言える場所に位置しているため特産品がサツマイモと機械工業というアンバランスなこの市は今、世界すら変えかねない大事件を起こそうとしていた。

 工場地帯に程近い南側、南浅木(なんさぎ)と呼ばれる地域にある泉谷(いずみや)と銘打たれた一軒家はまるで図書館のように本に侵されていた。

 その中に髭の生えている初老の男が本を読みながら怪しげな儀式を執り行っていた。よく見れば周りにある本も黒魔術、破滅の儀式、破壊と絶望、など物騒なタイトルが並んでいる。

 およそこの世界の言葉とも思えない奇妙な言葉をいくらか吐いた後、ふと立っていた蝋燭の火が立て続けに消えた。

 そして閃光が走った。

 泉谷光史郎(こうしろう)はその奇妙な出来事に一瞬狼狽するが、白髪に隠れた目を大きく見開き、天を仰いだ。

 本棚しかない真上からふわりと舞い落ちたのは一枚のカードであった。

 裏面は紫と青の無地、表には下側にローマ数字の九、真ん中には目深までフードを被った老人のイラスト、上にはハーミットと書かれていた。

 光史郎はそれを見て、開いた目を震わせ、呻くように呟いた。

「……こんなものか。私が、生涯をかけて研究した魔術は、こんな紙切れ一枚かっ!!」

 震え戦慄く手を振り上げてそのカードを捨てようとした瞬間、彼の頭に言葉が浮かび出た。

『待ちなよオッサン、あんたの魔術はそう愚かしいものじゃねえぜ?』

 手を放すというまさにその瞬間、悪魔の囁きのような言葉に彼の動きは止まった。

(……なんだ、これは?)

『あんたの研究だろ? 見事異世界から人を超える力を呼び起こしたじゃねえか』

「心が読めるのかっ!?」

『わざわざ喋らなくてもいいぜ? なんてったって俺はお前の脳で直接会話できんだからさ』

(……これは……私は、ついにやったのだ!!)

『そうだオッサン、あんたはやったぜ? だがな、まだやらなくちゃいけねえ』

(なに?)

『俺には敵が二十一人いる。それもこっちの世界に連れてきたんだ。ま詳しい説明はそのうちすっけど、オッサンに戦って欲しくてな』

(戦いだと? なんだそれは! 知らないぞ!)

 光史郎の研究は自らが大きな力を手に入れることでこの世界を破滅にもたらそうという、半ば常識外れのものであった。だがそれが半分は上手く行っている。

 だが残り半分が成功するかどうかは、このハーミットにかかっていると言っていい。

『しゃーねーだろ! どの道、俺達は運命共同体みたいなもんさ。俺はこことは別の世界で戦っていたんだがな、ちょいと戦況がヤバくてあんたの呼ぶ声に従ってフィールドをチェンジしたのさ。要点だけ言うとな、お前がこのままひっそり死ぬ凡夫になるか世界を滅ぼす能力を手に入れる覇王になるかは、お前が他の二十一人を倒せるかどうかなんだよ』

 光史郎はその意味の全てを理解することはできなかった。けれど脳で直接ハーミットと繋がっている彼には、それが事実であることとハーミットが必死であることは十二分に理解できた。

(必死なのは、お前も私も同じということか?)

『ああ? ……まあ、そうだな。で他にも説明するが敵ってのはこっちにもあるタロットカードって奴だ。全く世界ってのは狭いね、別の世界でも話が伝わってんだから』

(それにしても隠者、とは。この私が魔術師ではないとはな……)

『俺の世界じゃ魔術師ってのは誇り高く正義感とか魔術道……まあ武士道とか騎士道みたいなもんを大切にしてんだ。そういう意味であんたは違えだろ?』

 ハーミットの言葉に光史郎は一瞬ハッとさせられた。

『あんたはもっと陰険で悪辣でゴミみてえな人間だ! だからこそ俺と馬が合う!』

 単なる侮蔑の言葉に違いない。それでも光史郎が魔術に成功し、世界を支配せんとする昂揚感は、今までの非と過ちを認めてもまだあまりある。

(ふふ、ははは、違いない!)

「はは、ははは、ははははははは……」

 隠者達は静かに笑い続けた。泉谷光史郎の世界に破滅をもたらす研究がこの火野札市に大きな変化をもたらすことは、言うまでもない。



「行ってきまーす!」

 天海(あまみ)星奈(せいな)は火野札小学校に通う四年生の女の子、星形の髪飾りがキュートに光る純真無垢な少女である。

「おはよう、星奈」

「おはよーアキちゃん、今日から私達も四年生だね!」

 野矢(のや)晶乃(あきの)は天海家の隣に住んでいるいわゆる幼馴染で、二人は幼い頃からよく一緒に過ごしているが、友情以上に晶乃の打算があった。

「四年生……ふふ、また輝樹(てるき)さんに近づいた」

「いや、お兄ちゃんももう高校二年生だから近づけないってば……」

 天海輝樹は根っからのサッカー青年でありその爽やかな姿に晶乃は好印象を持っているらしい。だが妹の星奈から見れば家の中のだらしない姿ばかり目に映り、親友とはいえ唯一晶乃に賛同できない部分であった。

「うちのアレのどこがいいんだか……」

「そんなに言うんなら交換しよう! ウチの兄貴あげるから」

「えっ! ええっ!?」

 また偶然、輝樹の親友であり晶乃の兄である野矢啓吾(けいご)に星奈は惹かれていた。眼鏡をかけていて知的でクールな姿は兄とは遥かに違い、しかも優しいからずっと慕っていたのだ。

「い、いやいやそれはダメだよ! お父さんとかお母さんとかあれだし! あれだし!!」

 両手をぶんぶん振って必死に抗議するが、星奈の心はだいぶ揺れていた。それに対して晶乃はむしろ呆れ気味に呟く。

「冗談だけど……。じゃ、今度お互いに泊まりっこしよう」

「そ、そうだね!! そうしよう!!」

 まだ顔が赤いままだが星奈はすぐに前を向いて深く呼吸をしながら歩き出す。

 そこで並んで歩く二人に後ろから自転車が二輪近づいてきた。

「よっ、お二人さん」

「お兄ちゃん!?」

「輝樹さん!!」

 立ち漕ぎしながら爽やかに黒い髪を揺らすのが星奈の兄である輝樹である。

「お? 星奈顔赤いぞ、なんかあったか?」

「な! な! 何もないよ!! 全然何にもない!!」

 朗らかに笑う輝樹の後ろからやってきたのが、髪を茶色に染めた眼鏡の野矢啓吾である。

「ほら輝樹、もたもたしてると遅刻するよ?」

「なんだ啓吾、釣れねえな。場所も同じでチャリなんだから遅れるわけないだろ?」

「……それもそうだったね」

 少し考えてから笑顔を見せる啓吾に、既に星奈はメロメロである。

「……星奈本当に顔赤いぞ? 熱出てるんじゃ……」

「だーっ! 大丈夫だって! そ、それより啓吾さん、ここ、今度アキちゃんの家にお泊りしようと思っているんですが……」

 輝樹をじっと見つめていた晶乃が、胡散臭げな目で星奈を無言で睨む。どもりながらも自分の想いのまま行動する星奈は意外にアクティブなのかもしれない。

「あ、そうなんだ? 別にいつでもいいよ」

「は、はい!!」

 ぽーっとますます赤くなっていく星奈に、いい加減輝樹と晶乃が呆れた。

「ま、自転車で立ち止まってんのもアレだしとっとと行くか」

「そうだね。それじゃ晶乃、星奈ちゃんに優しくね」

「はいはい。あ、でも今すぐ行くのは……」

 輝樹まで一緒に行ってしまうことが晶乃には困る。

「なに?」

 だがそんな晶乃の想いを伝えるわけにはいかないのだ。これまで通りの付き合いができなくなるかもしれないから。

「い、いや、何でもない……」

「そう。それじゃ」

「じゃあなー、精々遅刻すんなよー」

 二人は自転車でどんどん遠くなり、ついには見えなくなる。

「……どうして高校生だけ自転車でいいんだろう?」

「仕方ない、大人だから」

 悲しげに歩く星奈の肩を、晶乃は優しく叩いた。



 入学式やクラス編成などがある最初の登校日も無事に放課後になった。

「はぁ、終わったぁ……。とにかく、一緒のクラスで良かったねー」

 この一日は色々なイベントがあったが、疲れた星奈が一番に思うことはそれであった。

「うん、春子(はるこ)新華(しんか)も同じだった。本当に良かった」

 クラスは複数あるものの、元々の友達は大体が同じクラスとなったため、二人は結局いつも通りの日々を送るのだろうと踏んでいた。

 が、放課後の廊下からふと窓に目をやると、星奈はあるものを見つけてしまいそれを注視する。

「あ、アキちゃん、手、握っててくれる?」

 勇気を振り絞ったような星奈の顔に異変を感じ、晶乃も同じところを見て原因を理解した。

「……怖いんならやらなきゃいいのに」

 そう言いながらも晶乃はしかと星奈の手を握ってやり、窓から見えた渡り廊下の方へ向かう。

 複数の男子がたった一人の座り込んだ男子に対し蹴る姿を二人は見ていたのだ。

 その現場に来て二人ははっきりとそれがいじめだと実感した。

「おら死ねよ灰野(はいの)!」

「きっしょー、こいつ泣いてやがる!」

 両腕で顔を隠しながらも、耐えきれず声を漏らす灰野祐司(ゆうじ)を見て、星奈は居た堪れない気持ちが胸の中から競りあがってきた。

 このままじゃいけない、そんな気持ちが恐れながらも彼女を突き動かす。目をあちらこちらにと向けながらも、まず第一声を発した。

「あ、あの!!」

 その大きな声に、全員が、虐められている灰野祐司までもが腕の隙間から目をやった。

 そんな沈黙と視線の集中がますます星奈を緊張させるが、それでも彼女は破れかぶれに言った。

「そ、そういうことは、あ、あんまりしたら、いけないと思います……」

 またしばらくの間を置いて、いじめっ子主犯と思われる肥満の少年が声を出した。

「あ? なんだよテメェ」

「えっ、あ、あの、天海星奈って言います……」

「いやそこ名前いうとこじゃない」

 晶乃の冷静なツッコミすら受け入れる余裕がなさそうな星奈に、少年はどんどん星奈に近づき間近でガンを利かせた。

「んだようるっせえな? ほっとけよ?」

 晶乃がぎゅっと手を強く握ってくれたが、それでも星奈の震えは止まらずつい顔を逸らす。

 そして少年たちが声をあげて笑い出した時点で、晶乃は背中のリュックからリコーダーを剣のように引き抜き少年に振り下ろした。

「とっとと止めて帰れって言ってんの、分かんない?」

 星奈はあたふたと晶乃と少年の二人を交互に見るが、晶乃の鋭い視線は一瞬少年を黙らせた。

「な、な、なんだよ。お前暴力ふんのかよ!?」

「あんたらが先にしてたんだ、暴力くらい平気だろ」

 普段は抑え気味な喋り方が男のようにたくましくなっている、星奈には晶乃が怒っているということが分かった。

 そしてそれは相対する少年達にも分かったため、鋭く睨みながら、一人一人と散っていった。

 そして彼らがいなくなるのを見送って晶乃が優しい笑顔を星奈に向けると、星奈もどっと安心した。

「あ、晶乃ー、ごめんー!!」

 星奈はわっと泣き出して晶乃に抱き付くが、晶乃はよく意味が分かっていないままそれを抱き返す。

「なんで謝る? そこはありがとうか……まあいい」

 文句の多少も晶乃にはあるが、星奈がどれだけ怖かったかも不安だったかも分かるためにそういうことは黙っておいた。ただ、視線は座ったままのいじめられっ子に向けていた。

 そして間もなく、祐司が立ち上がるより早く星奈がハッと晶乃から離れて祐司の方に向かった。

「ね、ねえ君大丈夫!? 体とか痛いところない!? えっと、お名前は?」

「は、灰野祐司」

「祐司くんだね、うん、もう大丈夫。立てる? 保健室行く?」

 祐司はすっと立ち上がって、屈んでいた星奈を見てはっきりといった。

「だ、ダイジョブです!! ありがとうございました!!」

 それだけ言うと、急いで走って行った。

「あ、だ、大丈夫かな……」

「本人がそう言ってる。男なんだからあれくらいでうじうじするのは……」

 晶乃にとっては静かに黙っているだけでうじうじしているというのだから星奈はどうにも賛同できない。けれど今のままでは灰野祐司自身が一番困るのは間違いない。

「うん、祐司くんが自分でどうにかできたらいいんだけど……」

 守られるだけではいつまで経っても変わらない、助けられるだけでは祐司はただ助けを求めるだけになってしまう。

 けれど助けを求めることにすら勇気は必要なのだ、星奈はじっくりと祐司に頑張ってほしいと思っている。

「でも、今日は仕方ないよね!」

「はいはい。じゃ帰ろう」

 二人が並んで帰ろうとしたときに、丁度上の方から一枚のカードがひらりと舞い降りた。

 星奈がそれを受け止めて上を見る。

 上には天井しかないが、もしかしたら上の方の渡り廊下からひらりひらりと落ちてきたのかもしれない。

 星奈が気になったのはそのイラストだ。

「あれ、何それ?」

「わかんないけど……見て」

 下からローマ数字で十九、そして五つの突起ある星のイラスト、そして上にはスターの文字。

「星だよ、私の名前と同じ」

「本当に星が好きなんだね……、呆れる」

 本当に呆れた風な晶乃に対して、星奈は意味もなくにへらっとだらしのない顔になる。

 そのカードが、彼女を壮絶な運命に導くと知らずに。

『……少女よ、星奈よ、我が声が聞こえるか?』

「あれ? アキちゃん何か言った?」

「え? 呆れる、って」

「その後」

『聞こえるのだな、星奈、私はカードだ。君の持っているスターのカード、それが私だ』

「え、……えええええっ!?」

「星奈? どうした星奈!!」

「いやその……ちょっとごめん!」

 カードをもってわたわたと走り出す星奈を晶乃はすぐに追いかけた。

 けれど足だけは星奈の方が早くて、結局彼女は一人で家までそれを持って帰ってしまった。

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