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「やっぱり夏、夏が欲しいな」

 裕也が部室で、自由部の部室である応接室で口を開いた。

 俺は今朝の暴力事件(絶対正当防衛だろ、暴走族対俺)と遅刻の為の反省文を必死に書いて、亜織は昼寝してる時に口を開いた。

 つまり、唐突に。

 ……亜織はガチで寝ていやがる、これ以上無く気持ちよさそうに、涎すら垂らして寝ている。

 冗談じゃなかったのか、やりたいこと。

 この顔を撮影してクラスの馬鹿共に売れば一稼ぎ出来るんじゃないか? その後精神が崩壊するまで詰られそうだが。

「夏? 嫌だよ暑い」

「そうよ、夏より冬がいいわ。 涼しいしみかんは美味しいし、何より私の苗字だもの」

 しかし、昼寝してた人間が好きな人の言葉一つで起きるってのも中々怖い。 こいつどういう頭してんだろ。

「大和、あなた私の天使のような寝顔を売ろうとしたわよね? 流石下種、どんな素晴らしい物を見ても金銭的に利用するしか出来ないのよね。 生きている価値無いわ、今すぐ宇宙で死になさい」

「なんでお前は心読めるんだよ」

 怖い。 こいつ、怖い。

「僕の話を聞いてよ。 苗字の話だよ、夏って」

 裕也は俺と亜織の会話に対して見下した笑い方をしながら言った。 うぜぇ。

「どういう事だよ、名字って」

「なるほどね、確かに一理あるわ」

 亜織納得していやがる。 なんだ、この蚊帳の外の気分。

 俺にはまったくわかんねぇ。

「どういう事だよ、説明してくれ、頼むから」

 下手に出たし教えてくれるだろ。

「あなたはこんな事も本当にわからないのかしら? 馬鹿ね、いいわ特別に愚か者に教えてあげるわ。 今すぐ跪き私の言葉を全力で刻みなさい」

「なんでそんなに罵倒されねぇといけねんだよ!?」

 こいつも今わかったばっかだろ!?

 なんでこんな上から目線で来れるんだよ、このエセ女王様は。

「名字よ。 春川、秋山、冬町。 夏がないじゃない」

「別にいいだろ、そんなん」

 まず、思ったよりショボイ話だと思った。 が、その直後自分の危機を感じた。

 いい、いらない、夏いらない、絶対に夏いらない。 俺の立場が危うくなる。

 徹底抗戦、夏なんてあったら長期休暇が無いのは秋だけになってしまう。

「ま、裕也だけ休みが無いけど夏もあった方がいいでしょ」

「いいわけねぇだろ!」

 小学生の時から微妙な精神的外傷トラウマなんだよ!

 秋休み作れよ! シルバーウィークをもう一週間増やして秋休みって呼ぼうよ! 秋に喧嘩売ってんのか!

「秋休みを本気で欲しがる高校生って、見ていて凄く痛々しいわね」

「微妙なコンプレックスらしいよ」

 将来、総理大臣になったら絶対作ってやる。 総理大臣が作れるかどうかなんて知らないが。

「休みは置いとくが、それでも夏が苗字の奴なんて無理に集める必要も無いだろ、アホらし」

「アホらしいのは秋休みを本気で欲してる奴なんじゃないかしら? プークスクス」

「うっせぇ! 話進めろ! ここを蒸し返すんじゃねぇよ!」

 まじで話進めて! 心折れる、死にたい!

春夏秋冬しゅんかしゅうとうが揃ったら事件が起きそうじゃん?」

 裕也がすげぇワクワクした目をしていらがる。 うぜぇ。

「だいたい、三人でよく無いか?」

「バランスは大事だよ?」

 バランスねぇ……。

「三人で取れてないか、バランス」

「奇数だと気持ち悪いじゃん」

 そうか……?

 三って数字は滅茶苦茶好きなんだけどな。

「まあ、男女二人ずつって言うのは確かにいいかもだけどさ」

「あら、男子三人でいちゃついて貰っても私としは一向に構わないわよ?」

「まず男子三人なんてむさ苦しいし次に男子三人揃おうといちゃつかないし最期にそんな事が起きて喜ぶのはお前だけだ!」

 だいたい、好きな相手がBLに走ってこの女は喜ぶのか?

 狂ってんなぁ……。

「まあBLはともかくとして、名字に夏が入ってて常識があれば誰でもいいかな」

 常識?

「「常識なら俺(私)が持ってるだろ(じゃない)」」

 同時に言ってしまった。

 こんな腐れ虚言女のどこに常識があるんだか。

「無理だよ、何かに特化した人間には常識が無いんだよ?」

 少し真面目な雰囲気で裕也は言った。

「なるほどね。 何でも駒と見做す策士、何でも口先で解決したがる交渉、何でも戦闘で考える武力。 これに常識を求めるってのはなかなか無理な話かもしれないわね」

 言いたい事はよくわかった。

 俺達は、普通じゃない。 中二病のような意味じゃなく。


 秋山大和も、春川裕也も、冬町亜織も、どこにでもいる普通な高校生じゃない。


 天壌にいる、自分の才能に極めて特化した高校生だ。

 それを自覚するべきだ。

 自分の才能を、自分の力を、自分の異常さを、自分の特化を。

 俺達は通常の視点で周りを見れない、普通な高校生の一般的な常識がわからない。

「でもよ、常識ある奴がこんな部活入るか?」

 思った。

 凄く無理があると。

「だからこその運命的な出会いだよ!」

 策士ばかが調子に乗った。

 絶対に聞かなきゃよかったと後悔する。

「運命の女子は弱い! 徹底的に! しかもここは天壌! 地の利まで備わってるんだ、落とそうと思えば落とせる!」

 女子を舐めるな。 ギャルゲ感覚で人間を語るな。 とは思ったが、反論を挟むほど間違っている話では無かった。

 天壌。

 天と地。

 万物の始まりの地。

 万物が創られ続ける神の玩具箱じっけんじょう

 無限の可能性を孕んだ空間。

 常識が通用せず、あまりの犯罪の多さに警察すら迂闊に介入出来ない。

 だからこそ姉ちゃんが治安維持最高責任者なんてやってんだけどな。

「いくら天壌でもそこまで起きないだろ……」

 それでも、そんな始めようと思わなければ創られないトラブルなら始めようと思わない。

 秋山大和は平穏に暮らしたい。 爆弾魔でも無いがこの異能は自分が平穏に生きるために使いたい。

 早くどこにでもいる普通な高校生になりたい。

 天壌にしかいない自分の才能に極めて特化した高校生でいる必要はある。

 絶対にだ、これ以上無能になるぐらいだったら死んだっていい。

 だが、それは普通の高校生になるという事と矛盾はしない。

 一番大切なのは中身、だが見た目で中身を騙す事だって出来る。

 他人も、自分も。

 人類最強になり、姉ちゃんを守り、普通な高校生になる。

 全て、矛盾していない。

「ついでに、裕也はどんな女子が欲しいんだ?」

 それでも、話のついでに聞いてみた。

 そういえば、こいつの女子の好みって知らないな。

「バランスが重要だからね、亜織が貧乳だから大きいのがいいな」

 裕也は言い切った直後、俺の頭には広辞苑が飛んできた。

 あまりにも早く、避けると言う動作をまったく取れなかった。 とても華麗で、惚れぼれするような投擲であった。 

 それはまるで、一つの奇跡。 身体のバネをこれ以上無く利用した一撃であった。

 その奇跡は頭にズッシリと来た。 血がドクドクと流れている。

 とか言ってる場合じゃない。

「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 殺す気か!?

 なんで俺を!?

「亜織、なんのつもりだ!? 敵か!?」

「あら、ごめんなさい。 手が滑ったわ」

「手が滑る程度で殺人未遂!? 俺じゃなかったら死んでたぞ!? だいたいなんで俺を狙うんだ!? 言ったのは裕也だろ!?」

「裕也に手を出せるわけないじゃない。 だいたい、武力担当はあなたでしょ、あなたが怪我しなさい」

 ありえねぇ、筋は通っているがなんていう論。

 暴論なのに筋だけは無理やり通しやがった。

 何一つ、文句が言えない。 言おうとしても自分で屁理屈と感じてしまう。

 ほんと、これだからこの口先女も嫌だ。

 裕也はずっと笑っていやがる。

 お前が見たのは殺人現場なんだぞ?

「まあとにかく、常識さえあれば目標にだって手が届くさ。 たとえそれが本能的に力をセーブしてる僕達でも」

 目標、姉ちゃん。

 届くってより、届きなおすなんだけどな、俺の場合。

 姉ちゃんに変わりになれるなら、やるしかない。


 姉ちゃんを俺の代用品スケープゴートにするんじゃなく、俺の役目を俺が成し遂げるべきなのだから。


 今すぐにでも、姉ちゃんを守るんだ。

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