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よくある転生の世界だと気づいたので、虐げられ令嬢をやってみた。

作者: NONAME
掲載日:2026/08/28

前世の記憶を思い出したのは、十歳の誕生日。階段から突き落とされ、頭を打った瞬間だった。


「……あ」


目を開けた私は、豪華な天蓋付きベッドを見上げながら理解した。


私、転生してる。


しかもここ、たぶん乙女ゲームの世界だ。


なぜなら私の名前が――


ミレーナ・クロフォード。


前世で遊んだ乙女ゲーム『聖なる花と銀の王冠』に出てきた、悪役令嬢と同じだったから。


侯爵家の長女。


王太子の婚約者。


金髪碧眼。


高慢で我儘。


ヒロインを虐め抜き、最後には断罪される女。


――これは、間違いない。


「お嬢様!」


侍女が駆け込んでくる。


「大丈夫ですか!?」


「ええ。ちょっと頭が痛いくらい」


「まあ……!」


侍女は涙ぐんだ。


「奥様に階段から突き落とされたというのに……!」


「……お母様に?」


そうだったっけ。


ゲームのミレーナの母は、確か病死していたはず。


首を傾げる私に、侍女が唇を噛む。


「旦那様の再婚相手とはいえ、あまりにも酷すぎます」


なるほど。

再婚。つまり継母のこと。

私は理解した。

ゲーム開始前の追加設定ということね。

きっとここから私は継母に虐げられ、性格が歪み、悪役令嬢になるのだ。


よし、だったら。


「大丈夫よ!」


私は笑った。


「私が悪役にならなければいいだけだから!」


侍女がぽかんとした。


こうして。

私の華麗なる死亡フラグ回避生活が始まった。


◇


継母のエレノアは、分かりやすく私を嫌っていた。

まず、食事を抜かれる。


「まあ、ダイエットですね!」


そして、冬なのに暖炉の薪を減らされる。


「厚着すれば平気です!」


さらに、ドレスを妹のお下がりにされる。


「まだ着られるなんて素敵!」


もひとつおまけに、家庭教師を妹に取られる。


「では図書室で自習します!」


使用人が呆れ始めた。


「お嬢様……もう少し怒ってもよろしいのでは?」


「どうして?」


「どうしてって……」


私は本気で不思議だった。

だって全部ゲームで、最後に断罪されて死を迎えるよりは全然ましだったから。

私は知っている。

十七歳になったミレーナは、王立学院の卒業舞踏会で王太子から婚約破棄される。

そして国外追放。途中で、偶然かどうか別として馬車が崖から落ちて死亡。

それに比べれば、朝食がパン一枚でも部屋が寒くても、


「生きてる!」


それだけで、最高だと思う。

私は毎日、元気だった。

父のクロフォード侯爵はほとんど家にいなかった。

王国の外交官として各国を飛び回っている。

だから屋敷の実権は継母が握っていた。

そして彼女には実の娘がいる。

私より二歳下の義妹、クラリッサ。

桃色の髪に紫の瞳をしていて、とにかく可愛い。


そして、


「お姉様。そのネックレス、私にくださらない?」


ゲームのヒロインにそっくりだった。


――来た。


私は震えた。

間違いない。クラリッサがヒロインなんだ。

ということは。

彼女とは絶対に仲良くしなければならない。


「もちろん!」


母の形見のネックレスを外す。

クラリッサが目を丸くした。


「……本当に?」


「ええ!」


死亡フラグ回避のためなら安いものだ。

クラリッサはしばらく私を見てから。


「じゃあ、このドレスも」


「どうぞ!」


「その髪飾りも」


「いいわよ!」


「王太子殿下とのお茶会も、私が行っていい?」


「もちろん!」


言ってから。


「あ」


それは駄目かもしれない。

でもクラリッサはもう笑っていた。


「ありがとう、お姉様」


可愛い。

さすがヒロイン。

こんな子なら攻略対象たちが夢中になるのも分かる。

私は満足した。


◇


十二歳になった時、王太子レオンとの正式な顔合わせがあった。


銀髪、青い瞳、正統派王子様。

ゲームのメイン攻略対象だ。


「君がミレーナか」


「はい!」


私は満面の笑みで答えた。

レオンが少し引いた。


「……元気だな」


「健康だけが取り柄です!」


「侯爵令嬢の自己紹介としてどうなんだ、それは」


でも、ゲームよりずっと優しそうだ。

これは好都合。私は心の中で拳を握った。

絶対にヒロインを虐めませんので、どうぞ安心して攻略されてください!


そう思っていた。


ところが。


「ミレーナ」


「はい?」


「昼食は食べたか」


「パンを一枚!」


レオンの眉が動いた。


「……一枚?」


「今日はジャム付きでした!」


「普段は?」


「塩です!」


なぜか王子様の顔が怖くなった。


「暖炉は?」


「最近使っていません!」


「今、冬だぞ」


「厚着すれば大丈夫です!」


「ドレスは?」


「クラリッサのお下がりです!」


「お前が姉だろう」


「まだ着られるので!」


レオンは黙った。


そして。


「侯爵夫人を呼べ」


突然言った。


「え?」


「今すぐ」


「待ってください!」


私は慌てた。


ここでヒロイン母と王子が敵対したらストーリーがおかしくなる。


「お母様は悪くありません!」


「悪くない?」


「家計を考えてくださっているんです!」


王太子の側近が遠い目をした。


「侯爵家は王国で五指に入る資産家ですが」


「……え?」


初耳だった。


◇


その日から。

なぜか王宮から大量の物資が届くようになった。


ドレス。


宝石。


薪。


食材。


本。


私は感動した。


「王家って福利厚生がすごい!」


侍女が頭を抱えた。

さらに、レオンは毎月屋敷へ来るようになった。


「ミレーナ。今日は何を食べた」


「朝はスープ!」


「具は?」


「汁です!」


「それをスープと呼ぶな」


「でも野菜の味がしました!」


「料理長!」


レオンの怒声が響く。

そのたび料理長や家令が入れ替わった。

私は困った。


「殿下」


「なんだ」


「皆さんを怒らないでください」


「なぜだ」


「失敗は誰にでもあります」


「お前の場合、十年間ずっと失敗されているんだが」


「継続は力なりですね!」


「意味が違う」


レオンはよく頭を抱えていた。

私は、王太子も大変なのだなと思った。


◇


十四歳になった。

私は王立学院へ入学した。

ついにゲーム本編開始である。


よし。ここからが本番だ!

絶対にクラリッサを虐めない。

攻略対象に嫉妬しない。

断罪イベントを避ける。完璧。


そう思ってたのに、

入学式初日。


「お姉様、その席を譲ってくださらない?」


クラリッサが言った。


「いいわよ!」


私は立った。

すると。


「ミレーナ」


後ろからレオンが来た。


「なぜ立っている」


「クラリッサがここに座りたいそうです」


レオンを見るクラリッサの頬が赤くなる。

来た。

恋愛イベント!

私は瞬時に察知した。


「では私は向こうへ――」


「座れ」


レオンが私を椅子へ戻した。


「え?」


そしてクラリッサを見る。


「空席なら他にいくらでもある」


「でも私、お姉様の隣が……」


「では別の椅子を持ってこい」


「……」


クラリッサは不満そうに去った。

私はレオンを睨んだ。


「殿下!」


「なんだ」


「フラグを折らないでください!」


「旗?」


「こちらの話です!」


危ない。この王子。

攻略される気がまったくない。


◇


学院生活でも私はできるだけ目立たず生きた。

クラリッサが私の課題を欲しいと言えば渡した。


「お姉様の参考にするだけよ」


「どうぞ!」


アクセサリーを借りたいと言われれば貸した。


「今日だけだから」


「もちろん!」


私の友人と仲良くしたいと言われれば紹介した。


「皆で仲良くしましょう!」


完璧。善良令嬢ルート。


なのに。


ある日、友人の伯爵令嬢マリアンヌが言った。


「ミレーナ」


「なあに?」


「あなた、クラリッサ様に利用されているわよ」


「え?」


「課題、全部丸写しされている」


「まあ!」


「驚くところそこじゃないわ」


「私と同じ点数が取れるのね!」


「そういう意味でもない」


マリアンヌは額を押さえた。


「あと、貸した宝石。売られているわ」


「えっ」


それはちょっと困る。


「王都の宝石店に流れていた」


「でも……生活が苦しいのかも」


「侯爵令嬢が?」


「お小遣いが足りないとか」


「あなたのお小遣いは?」


「いただいてないわ」


マリアンヌが無言になった。


「……ミレーナ」


「はい」


「あなた、自分が虐待されている自覚ある?」


「大袈裟ねえ」


私は笑った。


だって、ゲームではもっと酷い。


毒を盛る。


階段から突き落とす。


婚約者を奪う。


国外追放。


死刑。


それに比べたら


「全然大したことないわ!」


マリアンヌは天を仰いだ。


「基準がおかしいのよ!」


◇


転機は、十五歳の冬だった。

父が三年ぶりに帰国した。

玄関で私は笑顔で迎えた。


「お父様、お帰りなさい!」


父は私を見る。


そして、固まった。


「……ミレーナ?」


「はい」


「痩せたか?」


「少しだけ!」


父の顔色が変わった。


「そのドレスは?」


「クラリッサのお下がりです!」


「その靴は?」


「底が抜けたので紙を入れています!」


「首の痣は?」


「あ、これは昨日階段から落ちて」


「誰に突き落とされた?」


「お母様です!」


父が倒れた。


「お父様!?」


過労だと思ったら、違ってた。

怒りで気を失ったらしい。


◇


その日の夜。

私は父の執務室へ呼ばれた。

父、レオン、王国宰相、神殿長。

なぜか国の重要人物が勢揃いしていた。


「すごい会議ですね」


私が言うと、全員が私を見た。


「ミレーナ」


父が静かに尋ねる。


「エレノアに何をされた」


「何って……」


私は指折り数えた。


「食事を抜かれたり」


父のこめかみが動く。


「冬は暖炉を使わせてもらえなかったり」


宰相がペンを止める。


「お母様の形見はクラリッサにあげました」


「奪われたのでは?」


「欲しいと言われたので」


「断らなかったのか?」


「家族ですから!」


父が机に突っ伏した。


「あと」


「まだあるのか」


「学費を払う代わりに、卒業後は領地をクラリッサに譲る誓約書へ署名しました」


全員が立ち上がった。


「え?」


レオンが私の肩を掴む。


「いつだ」


「去年」


「なぜ言わなかった!」


「だって家族ですもの!」


「その言葉を今後禁止する!」


「そんな!」


◇


翌日。

エレノアとクラリッサが呼ばれた。


「これは家庭内の問題ですわ!」


エレノアは怒鳴った。


「ミレーナはわたくしの娘ですわ! 母親がどう教育しようと――」


「お前の娘ではない」


父が言った。冷たい声だった。


「私の娘だ」


「あなた!」


「私はお前にミレーナの後見を任せた。虐待を許可した覚えはない」


「虐待だなんて!」


「証拠はこちらに」


宰相が書類を机へ置いた。

領地収入の横領。

ミレーナ名義の資産売却。

母の遺産の不正使用。

使用人への口止め料。

さらに、私が署名したという誓約書。


「署名はこちらの筆跡ですが」


宰相が言う。


「法的効力はありません」


「なぜよ!」


クラリッサが叫ぶ。


「未成年者に対し、財産内容を偽って署名させた契約だからだ」


クラリッサの顔が青くなる。


その横で、私は思った。


へえ。無効なんだ。

勉強になるぅ。


するとレオンが私を見る。


「なぜお前が一番感心している」


「法律ってすごいですね!」


「他人事にするな」


◇


エレノアは侯爵夫人の地位を剥奪され。

横領と傷害の罪で裁かれることになった。

クラリッサも学院を退学。

私は少し悲しかった。


「クラリッサ……」


屋敷を出ていく彼女に声をかける。


「元気でね」


「……は?」


クラリッサが振り返った。


「あなた、馬鹿なの?」


「よく言われるわ」


「私はあなたから全部取ろうとしたのよ!」


「そうね」


「あなたの婚約者も!」


「えっ」


それは知らなかった。


「レオン殿下に何度も手紙を送ったわ!」


「まあ」


やっぱりヒロインだ。

私は思わず笑顔になる。


「攻略してたのね!」


「何を言っているの?」


その時。


「手紙なら全部返送した」


レオンが現れた。


「殿下!」


クラリッサの顔が輝く。


「一通目で断ったはずだ」


「でも……!」


「二通目以降は侍従が処分した」


「……」


「ミレーナの妹だから強く言わなかった。それだけだ」


クラリッサの顔が歪む。


「どうして!」


彼女は私を指差した。


「こんな女のどこがいいの!?」


レオンは少し考えた。

そして、


「全部」


即答した。私は固まった。


「……はい?」


「だから全部だ」


「え?」


「え、じゃない」


レオンが赤くなる。


「十年間言い続けているだろう」


「何を?」


沈黙。


レオンが両手で顔を覆った。


「……嘘だろう」


◇


私は知らなかった。

レオンが十二歳から私へ毎年誕生日に花を贈っていたこと。

毎月送られる本にはすべて彼自身の手紙が添えられていたこと。

学院で私の隣の席が毎年確保されていたこと。

王宮のお茶会が、実質デートだったこと。


「ただの婚約者イベントかと……」


「婚約者イベントとは何だ」


「こちらの話です」


「お前は私を何だと思っていた」


「攻略対象」


「意味が分からない」


そりゃそうだ。

そこで、私は恐ろしいことに気づいた。

ゲームでは、王太子レオンはヒロインと恋に落ちる。

しかし現在、まったくそんな様子がない。

それどころか。


「ミレーナ」


「はい」


「好きだ」


直球だった。


「……え」


「好きだ」


「二回言いましたね」


「一回で伝わらなさそうだから」


失礼な。


でも、私は混乱していた。


「ちょっと待ってください」


「待つ」


「私、悪役令嬢ですよ?」


「何の話だ」


「クラリッサがヒロインで」


「ひろいん?」


「殿下は彼女と恋をして」


「しない」


「します!」


「しない」


「ゲームでは!」


言ってしまった。

レオンが黙る。

私も黙る。


しまった。


転生者だとバレる。


すると、後ろから声がした。


「あー、やっぱり」


クラリッサだった。

衛兵に連れられていた彼女が、こちらを見ていた。

そして、日本語で言った。


「あなたも転生者だったんだ」


私は凍った。


「……え?」


◇


衝撃の事実。

クラリッサも転生者だった。

彼女は前世で『聖なる花と銀の王冠』をプレイしていた。

だから、ヒロインに転生したと思った。

攻略対象は全員自分を好きになる。

悪役令嬢ミレーナは何をしても最後には破滅する。

そう信じていた。


「だから私……」


クラリッサは笑った。


「あなたから何を奪ってもいいと思った」


私は息を呑んだ。


「だってミレーナは悪役でしょ?」


その言葉に初めて、胸が痛んだ。


私は、この世界をゲームだと思っていた。


だから、自分が何をされても気にしなかった。

どうせ悪役令嬢だから。

そのうち破滅する人間だから。

そう思って、自分を雑に扱っていた。


レオンが私の手を握る。


「ミレーナ」


私は彼を見る。


「お前は悪役ではない」


その言葉が胸の奥へ落ちた。


「少なくとも、私が知っているお前は違う」


父も言った。


「私の大切な娘だ」


マリアンヌも。


「私の親友よ」


侍女も泣きながら。


「私たちのお嬢様です」


私はそこで初めてこの世界を見た。


ゲームの背景ではなく、生きている人たちの世界として。


「……そっか」


私は呟いた。


「ここ、ゲームじゃないんだ」


クラリッサが笑う。


「今さら?」


「うん」


そして、私は彼女を見る。


「だったら私、あなたを許さなくてもいいのね」


クラリッサの笑顔が消えた。


「え?」


「家族だから許さなきゃって思ってた」


「……」


「ヒロインだから幸せになるべきだとも思ってた」


私は笑った。


「でも、違うのね」


自分でも驚くほどすっきりしていた。


「あなたはあなたの人生を生きればいい」


「……」


「ただし」


私は、奪われた母のネックレスを手に取った。


「私の人生を踏み台にしないで」


初めて、はっきり言えた。


◇


裁判の結果、エレノアは有罪。

侯爵家から永久追放。横領した財産は全額返還となった。

クラリッサは共犯として貴族の地位を失った。

ただし未成年であること、母親の影響が大きかったことから罪は大幅に減刑された。

修道院ではなく。

地方の小さな町で平民として暮らすことになった。


出発の日。

クラリッサが私を見た。


「ざまあみろって言わないの?」


私は少し考えた。


「言ってほしい?」


「普通、こういう話なら言うでしょ」


「じゃあ」


胸を張る。


「ざまあみなさい!」


「下手!」


二人で笑った。


少しだけ、前世の話をできる相手がいなくなるのは寂しかった。


でもそれでいい。


「クラリッサ」


「何」


「今度は自分で幸せになってね」


彼女は少し黙って。


「……お姉様もね」


妹からのその言葉には棘がなかったと思う。


◇


ところで問題が一つ残っていた。

ゲームでは十七歳の卒業舞踏会で私は婚約破棄される。

あと二年。

このイベントだけは確認しておきたい。

そこで私はレオンに尋ねた。


「殿下」


「なんだ」


「十七歳になったら婚約破棄します?」


「しない」


即答。


「でも卒業舞踏会で」


「しない」


「皆の前で」


「しない」


「真実の愛を見つけたとか」


「見つけた」


心臓が跳ねる。


「……誰です?」


レオンが無言で私を見る。


三秒。


五秒。


十秒。


ようやく理解した。


「あ」


「遅い」


◇


そして二年後。

卒業舞踏会。

私は緊張していた。

ゲームなら今から断罪される。


大広間の中央へレオンが歩いてくる。


ゲームと同じ。


周囲が静かになる。


ゲームと同じ。


王太子が私の名前を呼ぶ。


「ミレーナ・クロフォード」


ゲームと同じ。


来た。とうとう来た。

レオンが言う。


「今日をもって」


息を呑む。


「お前との婚約を――」


ほら!


やっぱり!


「終了する」


ざわめき。


私は目を閉じた。


そして。


「明日から妻になってもらう」


「……へぁ?」


顔を上げる。


レオンが指輪を持っていた。


「卒業式の翌日に結婚式を行う」


「待ってください!」


「待たない」


「婚約破棄イベントは!?」


「婚約は終了するだろう」


「意味が違う!」


「私は一度も嘘を言っていない」


周囲から笑い声が起きる。

マリアンヌが拍手している。

父は号泣している。

国王夫妻まで笑っている。

私は顔を真っ赤にした。


「ずるい!」


「十年待った」


レオンが笑う。


「もう待たない」


そして私の前に跪いた。


「ミレーナ」


青い瞳が。


まっすぐ私を映す。


「悪役でも」


私はむっとする。


「悪役じゃありません」


「知っている」


「ドアマットでもありません」


「それは少し怪しい」


「最近はちゃんと断れます!」


「では」


レオンが笑う。


「私との結婚も、嫌なら断っていい」


私は少し考えるふりをした。


昔の私なら王太子だから。

婚約者だから。

シナリオだから。

そういう理由で頷いていただろう。


でも今は違う。


私は、私の気持ちで選ぶ。


「はい」


手を差し出した。


「結婚します」


歓声が上がった。


◇


結婚後。

私は王太子妃になった。

そして驚くほど忙しかった。

慈善事業、教育制度改革、女性の財産権保護、未成年者の契約制度見直し、家庭内虐待への公的介入制度。

なぜか私の体験をきっかけに次々と法律が変わっていった。


「私、ただ我慢してただけなんですけど」


会議でそう言うと宰相が答えた。


「だから問題なのです」


「はい?」


「善良な人間が、笑って我慢できてしまう制度は欠陥です」


なるほど。


そして数年後。


クロフォード侯爵領は王国で最も福祉制度が充実した土地になった。


「すごいですね!」


私が感動すると父が言った。


「全部お前が始めたんだ」


「私が?」


「そうだ」


覚えがない。でもまあいいかと思う。


◇


ある日。

地方から一通の手紙が届いた。

送り主はクラリッサだった。


『お姉様へ。


パン屋を始めました。

最初は全然売れなかったけど、最近ようやく軌道に乗っています。

こっちの人生は攻略本がないから大変です。


でも思ったより悪くありません。

今度、結婚します。

相手はパン屋の隣の鍛冶屋です。

王子様じゃないけど。

私をヒロイン扱いしない人です。

そこが好きです。


追伸。


ざまあみろ。

そっちは王太子妃で忙しいでしょう。

私は毎日昼まで寝られます。』


「……」


私は手紙を握りしめた。


「レオン!」


「どうした」


「クラリッサにざまあされました!」


「平和だな」


「私は朝六時起きなのに!」


「王太子妃だからな」


「パン屋になればよかった!」


「今さら転職するな」


私は笑った。


そう、この世界は乙女ゲームではなかった。


悪役令嬢も。


ヒロインも。


攻略対象も。


本当はいなかった。


いたのは、間違えたり、傷つけたり、反省したり、恋をしたり、自分で人生を選んでいく人間だけ。


そして私は、誰かに踏まれても笑っていた女だった。


だけど今はちゃんと


「嫌です」


と言える。


「それは私のものです」


と言える。


「私はこうしたいです」


と言える。


そして何より自分で選んだ人の隣で胸を張って笑える。

ゲームのエンディングなんてもう知らない。


だって私の人生はここから先も続いていくのだから。


「ミレーナ」


「はい?」


「今日は仕事を早く終わらせよう」


「どうして?」


「結婚記念日だ」


「あっ」


忘れていた。レオンが呆れ顔をしている。


「お前な……」


「だ、大丈夫です!」


「何が」


「プレゼントはあります!」


「本当か?」


「はい!」


私は胸を張る。


「私です!」


沈黙。


しまった。

前世のベタな冗談を言ってしまった。


するとレオンの耳が赤くなった。


「……それは」


「冗談です」


「待て」


「冗談です!」


「撤回は認めない」


「ちょっと!」


抱き上げられる。


「レオン!」


「プレゼントなのだろう?」


「違います!」


「さっき自分で言った」


「言いましたけど!」


周囲の侍従たちが慣れた様子で視線を逸らす。

私は真っ赤になりながら思った。


ああ。


やっぱりこの世界ゲームじゃなくてよかった。


だってこんなに幸せなルート。

攻略本には載っていなかったもの




終

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
勢いで駆け抜けて行ったような読後感… でも、パパや友達や王子様の愛があって良かった。 パン屋が朝やってないのウケる(笑) パン屋勤めの友人は4時起きなのに(笑)
この主人公を王妃にする国って終わってるとしか… よくあるたちの悪いお花畑ヒロインと違うベクトルでたちの悪いタイプ… また、AI使用は否定しないんですが、手抜きのAI小説って、単純につまんないから最後…
勢いがあって面白かったです!
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