【百合短編】来年の七夕祭りも、貴女と ◇◇◇ 三年間の『彼氏役』は、今年で終わり。来年からは――
すみません、連載の設定で出しちゃってたので短編で出し直しました(汗)
「来年からは、どうしようか?」
七海の言葉は、風に揺れる短冊のさらさらという音に溶けていった。
「えっ?」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
それが彼女に聞こえてしまわないように祈りながら、私は平静を装って振り返った。
からん、と下駄が軽やかに鳴る。
「来年の今ごろは大学生じゃん。そろそろ天音の彼氏役も、卒業かなって」
地元から三駅先の七夕祭り。「カップル割引とかあって、色々お得だから」と、そんな言い訳で親友に男装をさせて誘ったのは、私だ。
七海——好きな人と、七夕祭りデートをしたいがために。
「そう、だよね……。三年も彼氏役に付き合ってくれて、ありがとう」
「役……ね。いいよ、私も楽しかったし」
ショートヘアをかきあげ、七海がにかっと笑う。彼氏役が板につくほど格好いい笑顔。
けれど、夏祭りの灯りに照らされた横顔は、息を呑むほど美人で。
そんなギャップに、私は何度だって恋に落ちてしまう。
この三年間、心臓は少しも慣れてくれなかった。
「カップルに見えないといけないから」なんて言いながら、腕を組んだり、ジュースをシェアしたり。
全部、私がそうしたいだけだった。
七海は疑う様子もなく、「恋人らしくていいね」なんて照れ笑いしていた。
七海とは違う大学に行くことになっている。潮時かな、とは思っていた。
視界の隅で、さっき私が隠すように吊るした短冊が揺れる。
『来年も好きな人と七夕祭りに来れますように』という願い。
ただの、私の願望だ。
「来年からは、来れないかもね」
「それはどうして?」
「だって、七海に……彼氏、とかできるかもしれないし」
口に出すと、喉の奥からヒュッと変な音が出てきそうだった。
知らない誰かと笑い合う七海。想像すると、胃の奥でさっき食べた綿飴が暴れている気がした。
「天音は、恋人……欲しいの?」
「えっ!? わ、私は、別に……」
「そっか。私は、欲しいよ」
初夏の湿った空気が肌を撫でた。
やめて、その先を言わないで。
私の願いは届かず、残酷にも言葉は続けられる。
「……恋人」
「そう、なの」
彼氏、欲しいんだ。
——私は、隣にいられないんだ。
思わず俯く私の頬に、七海のすらりとした指がそっと触れる。
促されるように顔を上げれば、雲の切れ間に天の川が覗いていて。
けれど私の目を奪ったのは、すぐ目の前で揺れる彼女の瞳だった。
「ね、そろそろ『本物』にならない?」
「へ?」
「本物の、恋人」
七海はそう言って、私の戸惑いを溶かすように、優しい視線をすうっと細めた。
「恋人になってよ、天音。それで、来年の七夕祭りは……本当のカップルとして、デートしよう」
「……うそ」
「本気、だよ」
まだ混乱している私に、七海はそっと顔を寄せた。
長い睫毛がゆっくり伏せられる。
「ねぇ。嫌なら、拒否して」
「……っ」
さっき一緒に食べたかき氷の、甘い香りがふわりと広がる。
きつく締められた帯の下で、早鐘が鳴り響いている。
吐息が混ざり合うほどの距離になったとき、私は意を決して、きゅっと瞳を閉じた。
真っ暗な視界の中で、熱くて柔らかい唇が、そっと重なる。
その瞬間、ドンッと夜空に大きな花火が弾ける音が響き、閉じた瞼の裏を鮮やかな光が染め上げた。
来年の七夕祭りは、彼氏役なんて要らない。
——短冊に書いた願いは、もう叶ってしまったのだから。




