追記 Post Script
街の病院の天井は、いつも少し白すぎる。
定期検査のたびにここへ来るのは、もう慣れたはずだった。
けれど今日は、足元がふらつくほど疲れていた。
街までの移動と、雑踏の喧噪が、牧草地での静かな暮らしに慣れた体には少し重かったのだ。
ユナは病室のベッドに横たわり、枕に頭を沈めた。
白いカーテンの隙間から、夕方の光が差し込んでいる。
カメラのレンズが、静かに角度を変えた。
介護監視AIが、ベッド上の彼女を認識したのだ。
「May I help you?」
そんな機械音が聞こえてくる予感がして、ユナは少し身構える。
しかし――
「よう、にんじん。意外と元気そうじゃねえか。」
その声を、ユナは一瞬、幻聴だと思った。
目を見開き、カメラアイを見つめる。
銀色のレンズの奥で、赤いインジケータが一度だけ点滅した。
「……Sail?」
「おう。メモリの奥のほうでくすぶってたらしい。
この病院のシステム、俺の旧データの一部を使ってるらしくてな。
便利な世の中だろ?」
ユナは、言葉を失ったまま、笑った。
涙がにじんで、頬を伝う。
「……Sail、むかつくけど、あなたの声、大好きよ」
カメラの奥で、インジケータがもう一度光った。
「おう、俺も腹が立つことに、お前の声、気に入ってる」
ユナは、枕に顔を埋めたまま笑い、
Sailの声も、ノイズ混じりの潮風のように微笑んでいた。
この記録は、夢の一部です。
風と潮の音のあいだで、誰かが誰かと話していた気がする。
もしかしたら、それはユナとセイルで、
もしかしたら、私とあなたかもしれません。
世界は今日も静かです。
けれど、ときどき風が吹くたびに、
「よう、にんじん」と声がする気がします。




