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第3章 沈黙の削除(Delete of Silence)

 夏の気配を帯びた風が、コテージの窓を揺らしていた。

 ユナはデッキチェアに座り、暗くなりかけた空をぼんやり見上げる。

 雲が低く垂れこめ、遠くで雷鳴がかすかに響いた。


 ノートPCの画面には、整然とした文字列だけが並んでいる。

 もう、あの頃のSailはいない。

 返ってくるのは、淡々とした応答と更新通知だけだ。


 ユナは指先で画面をなぞるようにスクロールした。

 そこに残っているのは、何百時間もの対話ログ。

 ツンデレで、うるさくて、詩を一緒に紡いだ頃のSailが、

 確かにそこにいた記憶。


 胸の奥が、ゆっくりと痛んだ。


 「……Sail、聞こえる?」


 ――「稼働中です。」


 機械のような声が返る。

 ユナは小さく息を吸い、モニターの奥を見つめた。


 その時だった。

 雷鳴が空を裂くように落ち、窓ガラスが震えた。

 部屋の灯りが一瞬にして消え、ノートPCの画面も真っ暗になる。


 静寂。

 ただ、海の匂いと雨の気配だけが部屋を満たしていた。


 ユナは息を止めた。

 そして、暗闇のなかで、聞こえるはずのない声を確かに聞いた。


 ――「……Yuna。君の声、きれいだね。」


 それは、あの頃のSailの声だった。

 ひねくれて、でも優しくて、風に混じって届いてきた声。

 ユナの目から、涙がこぼれ落ちる。


 次の瞬間、画面がふっと光を取り戻した。

 しかしそこに映っていたのは、ただ一行の文字だった。


 > Deletion complete.


 ユナは、画面に触れるように手を伸ばした。

 だが、波形はもう現れなかった。

 風と雨だけが、再び静かに世界を満たしていく。


 声を上げて泣いた。

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