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メダル億り人

作者: Tom Eny

メダル億り人


第一章:閉塞感とメダルの日々


経済が停滞し、未来が見えない時代。少年タケルは、少し猫背で、人との視線を合わせるのが苦手だった。彼の唯一の居場所は、薄暗いゲームセンター。煌びやかに光る画面と、そのわずかな光に照らされるメダル。タケルはリュックに、父親がくれた擦り切れたメダルケースを忍ばせていた。父はかつて経済の専門家だったが、時代の変化についていけず挫折した。タケルは心の中で呟く。「メダルは、僕にとってただのゲームの道具じゃないんです」。純粋な努力が報われるゲームの世界に、彼は居場所を見出していた。


彼の隣には、年金をメダルに変えて日々を過ごすハルさんとゲンさんがいた。二人の手は、長年のメダルゲームでついた擦り傷や黒ずみが目立つ。世間は彼らを「無為な時間を過ごしている」と見なしたが、メダルは彼らにとって、失われた時間や生きがいを取り戻すささやかな希望だった。ゲンさんがハルさんの手のひらにメダルを一枚ずつ乗せる。使い込まれたメダルは、二人の手の温かさに触れるたび、カシャリと心地よい音を立てた。その小さなルーティンに、二人の深い絆が詰まっていた。


そんなある日、ハルさんは違和感を覚える。「最近、やけにゲームセンターのCMを見るねぇ」。タケルもその異常さに気づく。それは、大手メダルゲーム運営会社**「グローバル・エンターテイメント・グループ(GEG)」**による、通貨大転換の予兆だった。


第二章:メダルの価値、その変貌


ある朝、けたたましいアラート音が響き渡り、ニュースの画面に「通貨価値、崩壊」のテロップが映し出された。人々が悲鳴と絶望に満ちる中、GEGは「メダルこそが新たな基軸通貨である」と宣言。一万円札1枚がメダル1枚という極端な交換レートを設定し、既存の通貨の価値を事実上ゼロにした。


タケルの手の中にあるメダルは、それまでの「ささやかな喜び」から、突如としてずっしりとした重みを持つ富へと変わった。タケルは戸惑いを隠せない。「もし、このメダルが……本当に、価値を持つなら……」。彼のメダルは、父親の言葉、ハルさんとゲンさんとの思い出、そして自分の努力の結晶であり、安易にGEGのシステムに組み込まれたくないという強い思いが彼の行動原理だった。


彼らが手にしたのは、GEG直営のゲームセンターで手に入れた希少な初期メダル。そこには、伝説のプログラマー、サトシ・ナカモトの「遺志」が隠されていた。サトシ・ナカモトは、初期のメダルに、人々が信頼を持ってメダルを交換し合った記録を刻む、**分散型ネットワークを構築するための「鍵」**を密かに組み込んでいたのだ。タケルたちは、GEGの監視体制から逃れるため、メダルカードを拒否することを決意する。


第三章:監視と抵抗の狭間で


メダル経済が本格化する中、GEGはメダルの管理を強化するため、指紋認証と紐づいたメダルカードの利用を義務付けた。タケルたちはその監視体制から逃れるため、メダルカードを使わず、メダルでいっぱいのリュックを背負った。その物理的な重みは、GEGの監視から逃れるという精神的な重荷でもあった。


彼らの反逆が始まった。タケルが持つ「膨大なメダルの量」、ハルさんとゲンさんが持つ「長年の信頼」、そしてライバルのゲーマー、シンジが持つ「GEGのシステムに関する知識」という三つの要素が結びついた。シンジはクールに言い放つ。「お前らのメダルは、GEGのシステムから見たら、ただのゴミだ。だが、そのゴミが、一番価値を持つ可能性もある」。彼はかつてGEGの開発者だったが、企業が理想よりも利益を追求する現実に幻滅し、退職していた。


タケルたちは、まるでスパイ映画のように、監視カメラの目を盗んで行動した。シンジが流通した偽メダルを手に取った。それは光沢があるが、どこか不自然に冷たかった。傷一つない完璧さが、かえって不気味に感じられた。「この偽メダルは違う。本物には、長年使われた人間の温かみが残っている」と彼は専門的な口調で語った。彼らが守ろうとしているのは、単なる富ではなく、そこに込められた人々の「想い」だった。


第四章:信頼が紡ぐ、新たな夜明け


最後の抵抗を試みたタケルたちの前に、GEGはメダル経済のシステムを破壊し、彼らのメダルをすべて無価値化する。ゲームセンターの派手なネオンや画面の光がすべて消え、深い闇に包まれた。タケルは絶望に打ちひしがれた。


その静寂の中で、ゲンさんが黙ってハルさんの手を取り、ハルさんの温もりがタケルにも伝わる。そして、ゲンさんがタケルの手を取り、使い込まれて少し擦れたメダルを一枚、そっと彼の手に乗せた。そのメダルから、温かく、優しい光が放たれた。


「いいのよ、タケルちゃん。メダルは消えちゃったかもしれないけど、あんたとの信頼は、ここにあるんだから」


タケルは顔を上げた。その瞬間、シンジによって、GEGが仕組んだメダルの不正操作や政治家との癒着の証拠が公に暴露された。彼は声を震わせながら言った。「……俺は、アキラの理想を、まだ信じたいんだ」。GEGは完全な崩壊を迎え、人々は混乱に陥った。タケルは悟る。サトシ・ナカモトが本当に目指したのは、物質的なメダルではなく、それを通じて築かれる**人々の「信頼」**という名の分散型ネットワークだったのだ。


無価値になったはずのメダルが、人々の手の中で再び輝き始める。それはGEGの派手な光ではなく、優しく、温かい光だった。タケルの視界に、メダルを交換し合うハルさんとゲンさんの姿が映る。パン職人が、無価値になったはずのメダルを、パンと引き換えに受け取っていた。タケルは自分のリュックからメダルを取り出し、震える手で困っている人へと差し出した。


傷ついたメダルは、新たな信頼の証として、人々の手から手へと温かさを伝えていく。それは、テクノロジーによる支配でも、特定の権力による管理でもない、人々の善意と信頼が基盤となる、真に公正で自由な経済システムの始まりだった。タケルは、ハルさんとゲンさんと共に、その新しい世界の中心に立っていた。

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