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ep 9

牢獄の破壊された扉から立ち込めていた土煙がゆっくりと晴れていく中、瓦礫に半ば埋もれた和勇牛の巨体がピクリと動いた。先ほどの世一の蹴撃は、扉を破壊する余波だけでも、この冥府の番人を一時的に行動不能にするほどの威力だったらしい。

その静寂を切り裂くように、世一の低く、冷え冷えとした声が響いた。

「おい、起きろデカブツ。いつまで寝てやがる」

うめき声と共に、和勇牛が瓦礫を押しのけながらゆっくりと顔を上げた。その顔は苦悶に歪み、額からは血が滲んでいる。

「ぐ、ぐっ……き、さま……」

憎悪と屈辱に満ちた目で、彼は牢獄から悠然と歩み出てきた小柄な男、世一を睨みつけた。

しかし、世一はそんな和勇牛の視線など意にも介さず、倒れ伏す巨漢を見下ろし、絶対的な支配者のように冷たい声で言い放った。

「お前は俺に負けた。コレからお前は俺の物だ。そのデケェ頭にしっかりと叩き込め」

和勇牛の巨体が、その言葉にわなないた。武人としての誇りが、その宣告を拒絶しようと叫んでいる。だが、同時に、圧倒的な力でねじ伏せられたという紛れもない事実が、彼の心に重くのしかかっていた。苦悶の表情を浮かべながらも、彼は絞り出すように、しかし武人としての最後の矜持きょうじを失わずに答えた。

「ぐ……我も、武人の端くれ……。この和勇牛に、力で勝てし者は……我が主君として、仰ぎ見ることこそ本懐……」

それは、敗北を認める言葉であり、同時に新たな忠誠を誓う言葉でもあった。

世一は、和勇牛のその言葉に特に表情を変えることもなく、まるで当然のことのように聞き流し、次の言葉を続けた。その声には、一切の躊躇も揺らぎもない。

「良い心がけだ。では、今から貴様らの言う、あの大神おおみかみとやらを破壊し、ついでにこのクソみてぇな世界も壊す。手始めに、だ」

和勇牛は、そのあまりにも突拍子もない宣言に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。だが、その言葉の意味が脳髄に染み渡るにつれ、驚愕の色がその顔に浮かび、思わず声を上げた。

「なっ!? 大神様を……殺す、と仰せられるのですか!? しかも、この世界までも!?」

彼は、信じられないというように首を振る。

「む、無理でございます! 幾ら我が新たなる主が桁外れにお強いとはいえ、あの大神様を殺めることなど……いや、そもそも、お会いすることすら叶いませぬ! 世界を壊すなど、それこそ神話の時代の戯言……」

世一は、和勇牛のその必死の諫言かんげんを遮るように、静かに、しかし凍るような声で言った。

「黙れ」

その一言に、和勇牛は言葉を失い、巨体をびくりと震わせた。まるで、目に見えぬ力で喉を締め上げられたかのようだ。

「ひっ……」

「誰が『殺す』と言った? 俺は『破壊しにいく』と言っただけだ。言葉の意味も分からねぇのか、このデカブツは」

世一の言葉は、どこまでも冷ややで、その真意を測りかねさせる。

和勇牛は、その言葉のニュアンスの違いを理解できず、ただ戸惑うばかりだった。

「は……はい……? は、破壊……でございますか……?」

世一は、もはや和勇牛には答えず、牢獄の隅で息を詰めて成り行きを見守っていた結に向かって、顎をしゃくった。

「結」

「は、ハイッ!」

結は、緊張した面持ちで、しかしどこか決意を秘めた瞳で世一に応えた。彼女は、世一の言葉を誰よりも深く理解しようとしていた。

「今すぐ、その大神とやらの居場所に案内しろ。まどろっこしいのは性に合わねぇ」

「は、はいっ!承知いたしました!」

結の声には、もはや先ほどまでの絶望の色はない。世一の言葉が、彼女に新たな道を示したのだ。

「では、まず地獄門じごくもんを開き、大神の神殿へと続く道を開きましょう! ……和勇牛!」

結は、きっぱりとした口調で、先ほどまで敵対していた巨漢に指示を出す。

「はっ! この和勇牛、ただ今の主の御言葉、確かに魂に刻みました! 主の為ならば、この身、鬼神となりて、主の歩む道を開いてご覧にいれましょうぞ!」

和勇牛もまた、己の新たな役割を完全に理解し、その巨体を奮い立たせた。その目には、先ほどまでの屈辱ではなく、武人としての新たな使命に燃える炎が宿っている。

結は、その頼もしい言葉に頷くと、改めて世一に向き直り、決意を新たにした声で告げた。

「私は、世一様の手となり足となり、どこまでも、この命尽きるまでお供いたします!」

こうして、悪虐非道と恐れられた男・世一と、彼に救われ彼を救おうとする神の少女・結、そして彼らにひれ伏した冥府の番人・和勇牛という、およそ相容れぬはずの三人は、一つの目的のために結束した。

彼らの目指すは大神の玉座。その目的は世界の「破壊」。

地獄門が軋みを上げて開かれる音と共に、彼らの前代未聞の反逆の道が、今、始まったのである。

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