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ep 8

牢獄に立ち込めた重い沈黙を破ったのは、世一の低く、しかし有無を言わせぬ声だった。彼は、泣き崩れる結から目を逸らさず、静かに告げた。

「結、お前の力はいらない」

その言葉は、まるで現実の音ではないかのように、結の耳には届いた。彼女はゆっくりと顔を上げ、濡れた瞳で、信じられないという表情で世一を見つめた。彼女が全てを賭けて差し出そうとしたもの、彼女の存在理由そのものとも言える力を、彼は今、いらないと言ったのだ。

「な、何故でございますか……? 私の力を使えば、世一様は全知全能に……この世の全てを統べる王にさえおなりになれるというのにっ!?」

結の声は、絶望の淵から絞り出すような、悲痛な響きを帯びていた。理解できない、という感情がその顔にはっきりと浮かんでいる。

世一は、そんな結の問いかけに対し、まるで自明の理を語るかのように、静かに、しかし確信を込めて言った。

「……それじゃ、結は救えないだろ」

その一言は、雷のように結の心を貫いた。

「っ!?」

彼女は息を呑み、大きく目を見開いたまま硬直する。救う? 誰が、誰を? 世一様が、この私を……? 言葉の意味が、すぐには繋がらない。ただ、彼の真摯な眼差しが、それが偽りでないことを物語っていた。

世一は、そんな結の動揺を気にも留めず、咥えていた火の消えた忘れ草を軽く振った。

「おい、火」

「は、はい……」

結は、まだ混乱の中にありながらも、反射的に懐から火打石を取り出し(いつの間にか和勇牛が用意していたものだろうか)、震える手で世一の忘れ草へと火を差し出した。彼女の心は、世一の先ほどの言葉でいっぱいだった。

世一は、慣れた手つきで煙草に火をつけ、深く紫煙を吸い込んだ。そして、ゆっくりとそれを吐き出しながら、今度は牢獄の前に未だ仁王立ちになっている和勇牛へと鋭い視線を向けた。

「フーッ……おい、そこの門番」

和勇牛は、主である姫がないがしろにされた(ように彼には見えた)ことへの怒りと、世一の底知れぬ不遜さに対する警戒心とで、既にその巨体を憤怒に震わせていた。

「お前、さっき俺の首をはねるとか何とか言ってたな? そのデカイ図体の癖に、一度言った事をそう簡単に引っ込めるのか? ……小せぇカスだな、テメーは」

挑発。明確な、そして侮辱的な挑発だった。

和勇牛の顔が、みるみるうちに怒りで赤黒く染まっていく。

「なっ……!」

額に青筋が浮かび、その巨躯から凄まじい圧力が放たれる。

「俺の首を、本当に斬れるか試してみろって言ってんだよ。それとも、姫様とやらに止められたから、もう戦う気概も失せちまったか?」

世一は、嘲るような笑みを浮かべて続けた。

「き、貴様ぁっ! 図に乗るのも大概にしろぉぉっ!」

ついに堪忍袋の緒が切れた和勇牛は、獣のような咆哮を上げると、傍らに立てかけてあった身の丈ほどもある巨大な戦斧を振り上げた。その切っ先が、牢の格子を掠め、火花を散らす。

「今すぐにその身体を真っ二つにしてくれるわっ!」

結が、そのあまりの剣幕に慌てて声を上げた。

「ろ、牢が……牢が壊れて…」

「!」

和勇牛は、姫のその言葉に、振り下ろそうとした斧の動きを一瞬だけ、本当に一瞬だけ躊躇ためらった。それが、彼の武人としての忠誠心ゆえか、あるいは単に状況判断が働いたのか。

だが、その刹那の隙を、世一が見逃すはずもなかった。

「ハハッ、馬鹿だろお前」

彼は、嘲笑を浮かべ、唇を歪める。

「わざわざ開けてくれりゃあ、もうお前に用はねぇんだよっっ!」

次の瞬間、世一は、和勇牛が斧の勢いで僅かに破壊した牢獄の扉の残骸を、強烈な蹴りで蹴り飛ばした。轟音と共に扉は蝶番ちょうつがいから弾け飛び、牢獄の入口が大きく開け放たれる。不意を突かれた和勇牛は、その衝撃と爆風にも似た勢いで大きく後ずさった。

「グハッ!」

世一は、まるで散歩でもするかのように悠然と、しかしその動きに一切の無駄はなく、牢獄から歩み出た。そして、まだもうもうと立ち込める煙草の煙を、フーッと吐き出すと、呆然と自分を見つめる結に向かって、静かに、しかし力強く言った。

「結、お前の願いは何だったか……。確か、破壊だったな」

世一は、結の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ、そして、まるで世界そのものに宣告するかのように続けた。

「……ヤニの礼だ。壊してやるよ。お前をそんな風に苦しめている、そのクソみてぇな世界も、そこにいる神々も、全部な」

その言葉は、絶対的な力への渇望でも、単なる破壊衝動でもない、もっと深く、そして純粋な何かに裏打ちされているように結に言った。

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