表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

ep 5

世一に促され、結はしゃくり上げながらも、ぽつり、ぽつりと自らの過去を語り始めた。その瞳には、遠い日を懐かしむような、それでいて深い疲労と諦念の色が浮かんでいた。

「わたくしは……神としてのお勤めがございまして……。毎日、毎日、下々(しもじも)の者たちの様々な頼みごとや、大神おおみかみ様の絶対なるご命令に、ただひたすら耳を傾け、応え続ける日々を送っておりました……」

そこまで言って、結は袖に落ちた灰の熱に再び顔をしかめる。

「……熱っ」

しかし、彼女は袖を引かず、むしろその熱さを何かの証のように受け止めているかのようだ。

「『アレをお願い致します』、『これをお願い致します』と、後から後から途切れることのない願い、願い、願い……。それらをただ叶え続ける毎日で、わたくしは……もう、疲れ果ててしまっておりましたのです……」

その声は、神としての威厳など微塵も感じさせない、ただただ弱々しく、か細いものだった。まるで、見えぬ重圧に押し潰されそうになっているかのようだった。

「ふと、その時でございました。ほんの僅かな息抜きの時間に、外界げかいを見渡せるという『天のあまのいけ』の水面みなもを覗き込んでおりましたら……偶然、貴方様を……世一様を、お見かけしたのです」

結の言葉が、そこで一瞬途切れた。袖の灰が再びじりりと肌を焼いたのだろう。

「熱っい!……あ、ありがとうございます……!!」

苦痛の声を上げながらも、なぜか感謝の言葉を口にする結。その常軌を逸した行動に、世一は眉間の皺を深めたが、何も言わずに続きを待った。

結は、まるで夢見るような表情で続ける。

「たったお一人で、何十人もの猛々(たけだけ)しい男共を、まるで赤子の手を捻るように打ち倒しておいででした……。そのお姿が、わたくしの目には……ああ、何て、何て自由で、何て凄まじい御方なのだろうと……そう、おも、おも……思ってしまったのでございます」

その時の光景を思い返しているのか、結の頬は再び上気し、瞳は潤んで輝いている。彼女にとって、それはがんじがらめの神としての生活の中で初めて見た、鮮烈な「自由」の象徴だったのかもしれない。

「そ、それからというもの、わたくしは、お勤めの合間の暇を見つけては、天の池から世一様のお姿を、ずっと、ずっと見つめておりました……。それが、わたくしの唯一の慰めであり、喜びでございましたから……」

そこまで一気に言うと、結ははっと我に返ったように顔を伏せ、小さな声で付け加えた。「……許されることではないと、分かってはおりましたが……」

世一は、腕を組んで黙って聞いていたが、結の告白が終わると、心底不思議そうな、そして若干の不快感を隠さない表情で言った。

「……気持ち悪い奴だな、お前」

「も、申し訳ありませんっ!! やはり、そのように思われますよね……!?」

結は、世一の率直すぎる言葉に激しく動揺し、顔を真っ赤にして狼狽した。せっかく止まりかけていた涙が、またしても溢れ出しそうになる。

「あっ熱っい!……あ、ありがとうございます……!!」

再び袖の熱さに声を上げ、しかし反射的に感謝の言葉を口にしてしまう。その混乱ぶりは痛々しいほどだった。

世一は、そんな結の支離滅裂な言動を、眉一つ動かさずに見つめていたが、やがて、ぽつりと呟いた。

「……どっちなんだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ