ep 11
地獄門を抜け、長く険しい、しかしどこか神聖な気配の漂う参道を抜けた先に、それはあった。
大神の神殿。
天を突くような巨大な柱が何本も立ち並び、その一つ一つに精緻な彫刻が施されている。磨き上げられた床は鏡のように周囲の景色を映し込み、どこからともなく差し込む柔らかな光が、神殿全体を荘厳なまでの美しさで包み込んでいた。しかし、その美しさとは裏腹に、肌を刺すような張り詰めた静寂と、尋常ならざる威圧感が空間全体を支配しており、訪れる者に息苦しささえ感じさせる。
結は、その神聖にして威圧的な雰囲気の中で、神妙な面持ちでごくりと喉を鳴らし、世一へと向き直った。
「世一様、ここが……ここが大神のいる神殿の入口にございます」
彼女の声は、緊張で微かに震えている。
「この奥には、先ほどの和勇牛と同等か、あるいはそれ以上の力を持つ鬼神たちが何重にも控えているはずです。わたくしが、かつての神としての力の名残を使い、何とか隙を作りますので、世一様はその間に……」
しかし、結の献身的な申し出は、世一の冷たく、そして短い一言によって無慈悲に遮られた。
「だまれ」
「ひっ……」
結は、まるで氷水を浴びせられたかのように、びくりと体を震わせた。またしても拒絶されたのか、という絶望が彼女の心をよぎる。
世一は、そんな結の動揺には構わず、静かに、しかし絶対的な自信を込めて告げた。
「ここからは、俺一人で良い」
「し、しかし、世一様! それではあまりにも危険です! ここの鬼神たちは、その…!」
結は、必死に食い下がろうとする。彼の身を案じる気持ちが、恐怖よりも強く彼女を突き動かしていた。
世一は、そんな彼女の言葉を遮るように、結の揺れる瞳を真っ直ぐに射抜き、そして、驚くほど静かで、しかし心の奥底にまで響くような声で言った。
「結……俺を信じろ。そして、他の何ものにも目をくれるな。俺だけを見てろ。俺が、お前をそんな風に苦しめている全ての物を、この手で壊す所をな」
その言葉には、有無を言わせぬ力と、そして何よりも、結に対する深い理解と、彼女を救済するという確固たる意志が込められていた。
結は、その言葉に、その眼差しに、心を奪われた。不安も恐怖も、全てがどこかへ消え去っていくような感覚。彼女の大きな瞳からは、ぽろぽろと涙が溢れ落ちたが、それはもはや悲しみや絶望の涙ではなかった。ただ、圧倒的な信頼と、感謝と、そして彼への尽きせぬ想いが、涙となって現れたのだ。
「は、はい……っ。結は、世一様を信じます! ずっと、ずっと、見ています……!」
震える声でそう答えるのが、彼女の精一杯だった。
世一は、そんな結の返事に満足したのか、あるいは単にけじめをつけたのか、軽く息を吐き、そして独り言のように呟いた。
「ふーっ……ふっ。じゃあ、ちょっくら行ってくるか」
その言葉と共に、彼は何のためらいも見せず、神殿の奥深くへと続く、荘厳な扉の向こうへと一人で歩き出した。その背中は、決して大きくはないが、絶対的な自信と、これから始まるであろう闘争への静かな覚悟に満ちているように見えた。
神殿内部。そこは、外部の荘厳さとはまた異なる、神々しいまでの光と、魂さえも圧し潰さんとするほどの圧倒的な威圧感が交錯する、異質な空間だった。空気は極度に澄み渡り、しかし同時に重く、常人ならば一歩足を踏み入れただけで気を失ってしまいそうなほどだ。
世一が足を踏み入れると、その気配を察したかのように、空間の奥から二つの巨大な影が揺らめき現れた。甲冑に身を固めた、まさしく鬼神と呼ぶにふさわしい異形の者たちだ。
「……天界を汚す不浄なるゴミ虫共めが。この阿吽、負吽が、直々に成敗してくれるわ! ガハッ……」
一体の鬼神が、威嚇するように哄笑を上げながら言い放った、まさにその言葉が終わるよりも早く――閃光が迸った。
世一は、常人には目で追うことすら不可能な、まさしく神速と呼ぶべき動きで二体の鬼神の間を音もなく駆け抜けていた。
次の瞬間。
ゴオォォンッ!という凄まじい轟音と共に、阿吽と負吽、二体の鬼神たちの巨体が、まるで糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちた。彼らの屈強な胸鎧には、一瞬の閃光が刻んだと思われる、深く鋭い一直線の傷跡が、まるで雷光のように残っていた。その傷口からは、血の代わりに燐光のようなものが吹き出し、すぐに霧散していく。
世一は、倒れ伏しピクリとも動かなくなった鬼神たちを冷ややかに見下ろし、まるで道端の石でも蹴るかのように、ぺっと唾を吐き捨てるように言った。
「……弱すぎなんだよ。今までろくに実戦なんぞ戦った事がねーのが、てめぇらのザマ見りゃよく分かるぜ」
彼のその言葉には、圧倒的な力を持つ者だけが持ちうる、絶対的な自信と、そしてそれゆえの、どうしようもないほどの退屈が滲み出ていた。この神殿の守護者たる鬼神ですら、彼にとっては取るに足らない障害でしかなかったのだ。




