ハッピーエンドのその後は
階段を踏み外しそのまま落下して真っ暗になったと思ったらやたらキラキラとした世界にいた。
キラキラとした人々、キラキラとした謎のエフェクト、キラキラとした背景……。
あーこれ。これはどこかで見た覚えがあると思いながらも記憶を反芻してみた。
やっすいありきたりな設定とキャラクターたちで作られたスマホゲームの恋愛系のやつだ。しかも大人気とかではなく鳴かず飛ばずのど底辺、☆1とか☆2とかのマイナーゲー。
その安っぽさと古いセリフ回しが逆に好きというコアなオタク以外は皆最初のチュートリアルで挫折して二度とやらなくなると噂のゲーム。そんなゲームに私が転生するなんて。どんな罰ゲームよと愚痴をこぼし溜め息を吐きつつ、確かヒロインはこんな事してなかったかとどこかの実況者が面白おかしく動画をあげていたのを脳内再生する。
王太子ルートがやっぱり一番無難な気がする。マッチョは趣味じゃないし、お小言多そうな姑みたいな男は苦手だし、このなんちゃってファンタジー中世時代みたいな中で下半身危うい奴は論外だし。
つか性病に回復魔法って効くの?って疑念もあるから余計に警戒せざるを得ない……。
王太子ならそこら辺は簡単にやっちゃいけないよ的な教育も受けてるだろうし安全は誰よりも保証されてるだろう。
無口で何考えてるかわからない男の頭ん中考えるのも疲れそうだし。後は誰がいたっけなと考えながら学園の廊下を曲がり、階段に差し掛かった時にすれ違い様ご令嬢とぶつかり階段を踏み外してしまった!
ヒィッ!?また、また死ぬ!!と走馬灯が過るより早く身も蓋もないくらいの絶叫をあげていた。
勿論、私が死んだ時より高さはないし不可抗力である。
しかしその声を聞きつけ多くの生徒や野次馬が集まった。私の落下地点には教師が身を呈して飛び込んでくれたおかげで抱き留められ、どこも打ち付ける事もなく勿論死にもしなかった。
トラウマが蘇り産まれたての子鹿か子犬の如くめちゃめちゃ震えて涙もボロッボロ落ちたが、放心状態の私の頭上で何やら口論があったのも蚊帳の外だった。
恐らくはその時に悪役令嬢様の殺人未遂疑惑が沸き起こっていたのだ。
私はそのまま保健室に連れて行かれパタリと気絶していたからその時の記憶は有耶無耶のままだったものの、時は流れ最終的には悪役令嬢の断罪が起こった。
私がいじめられていると言う話から私物を壊されたと言う話。ドレスを破かれた、形見を捨てられたなどなど。
なにそれ、私が初耳なんだが??と目をぱちくりさせつつも口を何度も開いてそれは違うと何度も訴えようとしたものの、どちらも白熱していて話に入れる雰囲気ではない。
そんなこんなで私が当事者であるにも関わらず一切締め出された騒動は婚約破棄と言う物騒なもので終わった。
悪役令嬢の断罪?と言われればそうなのかもしれない気もする。けれどそもそも私もこのスマホゲームの世界は実況者さんを通したものしか知らないのだ。
それも攻略動画と言うよりもリアクションに重きを置いたもので、淡々と攻略していくわけでもストーリーをじっくり考察したりキャラクターを選り好みするわけでもない。
直感で進んでいくスタイルなわけで、そうなれば当然ハッピーエンドで終わったのかもわからない。
もし攻略していく系のスタイルの実況者さんとその動画を見ていたなら私はこの先の事を憂い、慎重に行動できたのかもしれない。
邪魔な婚約者(無実の令嬢)を排除しにこやかにこちらを見てくる眩しいキラキラな王太子様とそのお友達をぞろぞろ引き連れながら、来るは結婚式。
あ、これは現代日本と同じような形式にするのかふーん。みたいによく知りもしないそれらをお任せで託し、教会……いや、こういう時は小洒落た言い方でチャペルって言った方が良いのか?に進み行く純白のドレスの私は扉を開いた先にあった大きな大きなステンドグラスを背負うように佇む女神像に首を傾げた。
この顔、このポーズ……。どこかで見た覚えがあるようなないような?
そんな疑問を胸に抱きながらもバージンロードを歩いて像へ近付いて行く。
牧師のようなよくわからない格好のお顔立ちのいいおじいさんが本を開いて息を吸うのと同じくらいのタイミングだった。
なんと女神像がゲーミングパソコンばりに発光しだしたのだ。
「な、なななにこれ?」
「め、女神様の像が」
『……が、う』
変身でもするのかと身構える私と騒然とする周りとの差は歴然だったがそれでも第三者の声らしきものを拾い、耳を澄ました。
『お前は私の祈りの乙女ではない。私のあの子はどこ?』
『私の為だけに生まれ、私の為に祈り続けていたあの子は……!』
『ひどいひどいひどい!私のあの子をどこへやったの!!』
まさかの女神様ヤンデレ!?それとも愛が重たい系の人だった!?って、ん!?
「あれ、もしかして私、転生じゃなく憑依か入れ替わりだったり……?」
確かこのゲームの主人公が祈りの乙女って名称で呼ばれていた気がする。
生まれた時には貧しい家の為に口減らしを受けてどこかの施設に預けられていて、物心ついた時からずっと女神様にこの国の平穏や子どもたちや自分たちの生活を見守ってほしいと願いをかけ。
そこだけはヒロインらしい行いだと印象を受けていた気が……。
その様を女神様は感心して、そして今の世に珍しいくらいに優しい心根と純粋な乙女だと褒めちぎり祈りの乙女の称号と寵愛をヒロインちゃんは得るのだ。
けれども、私はそんな事ここに至るまですっかり失念するほどなわけで……。
久々に出会えた筈の毎日毎日女神様に祈りを捧げていたヒロインちゃんが跡形もないと知ってしまった女神様のショックとメンヘラ具合は計り知れないだろう。
そんなこんなで結婚式は阿鼻叫喚となり私と王子様とのあれそれも結局最初からなかった事になったし、祈りの乙女を偽ったとして全然知りもしないと土地に追放された。
でも処刑されなかっただけマシだ。だって今にも刺されそうな雰囲気が立ち込めていたし周囲の手のひら返しもぐるんぐるんだったから。
しかし追放先とされた遺跡のような場所を見て、そしてそこにポイと短剣一つ持たされて放り出された私は歓喜した。
「こっ、これ!これあの有名なホラゲーじゃん!!ヒャッホー!!これならRTAもできるくらいやり込んでる!!」
何せ私は生粋のホラゲー好き。日本製も海外製も幅広く手を付けている。何度も何度もプレイして隠し要素はないか探すし、エンディング分岐も探すし、クリア後も干したイカを噛みしめるかの如く味わい尽くす。
ネットであらゆる考察をみるのも新しい知見を得るのも大好きである。ホラゲーなら絶っっ対に負ける気はしない。
そうして私は意気揚々と足を踏み出した。