表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

第八話「運命」

 レオンハート家第17代、フィリウス・レオンハート。


 強大な魔力を持つ系譜でありながら、4歳には発現すると思われていた魔術が一向に発現しなかった。

 魔術が使えないと判明した頃にはもう遅かった。


 父親である第16代と母親であるアルマは急いで次の後継を作るが、

 その影響でアルマは出産後に死亡。

 生まれた次男もルクス王国領内の密林地帯遠征時に齢4歳にして死亡。

 後継が破綻した事により、レオンハート家は当主としての立場を追われ、王国主体となった魔族排斥派閥の反乱によって滅ぼされた。


 しかしその後、勘当されたはずの長男が側近と王国から逃亡したとの情報が流れ、国内で指名手配となり懸賞金がかけられた。


 フィリウスが勘当された原因は、自身が持つ呪い。

 生まれ持つはずの身体構造や魔術概念を覆す、俗に言う『負の呪い』。


 初代レオンハートは身体構造と引き換えに、強力な魔力を手に入れた。

 そのため代々レオンハート家の者は体が貧弱であり、小柄に育つ。

 ただ、フィリウスは例外である。

 彼の体は非常に屈強であり、剣術を会得できないはずの魔族でありながら剣士として活動をしている。

 その事実が彼が『負の呪い』を持つ最もな理由になるだろう。


 あと、彼には魔術が効かない。

 もっと手っ取り早くしたいなら彼に火球でもぶつけてみれば良い。

 その場で消えてなくなるはずだ。

 

 くれぐれも、彼を傷つけないように。

 


ーーー



 「う〜ん……」


 ガタガタと揺れる体に違和感を覚える。

 目を開けてみると、俺は部屋の中にいた。

 ただし部屋と呼ぶには少し小さい。

 これは、馬車だ。


 腕と足には縄が巻きついており、動かせないようになっている。

 顔を上げると、目の前にはさっきの男が座っている。

 真っ赤な髪、

 破王国騎士団の特徴である黒と赤の甲冑、

 顔は、やはりどこか冷たい。


 というか、何も状況が掴めない。

 さっきまでギルドにいたような……。

 

 「――我に告げられた情報はこれくらいだ。全て合っているな?」

 「え〜っと、これどういう状況ですかね……」


 確かギルドを出た後に一度家に戻ろうとしていたはずだが。

 それとなぜか首の後ろの方がズキズキして痛む。

 さっきまで変な体制で寝ていたから寝違えてしまったかもしれない。


 俺が質問をするものの、男は一言も言葉を発しない。

 ただこちらを不機嫌そうな顔をしながら見つめてくるだけである。

 気まずいというか、空気が悪い。


 「……全て合っているな?」

 「えっ……あ、そうですね。多分、合ってると思います」

 「お前を今から本国へ連れて行く」

 

 本国へ連れて行く。

 まあ、言われてみればそうだな。

 先ほど騎士団に入ると言った手前、それは当たり前の事だ。

 うんうん、当たり前。


 ん……?

 俺はこの馬車に乗った記憶はないぞ。

 さらに言うと、家に帰ろうとしてはいたが家に帰った記憶もない。

 家に帰っていないという事はロイに会っていない。

 ロイに会っていないという事は……。



 「僕に何かしました?」

 「……貴様逃げようとしていただろう。我の前でそのような事が通用すると思うな」

 「……何をしたんですか」

 「手刀だ。これには自信がある」


 

 血の気が引いた。

 この勘違いバカ男のドヤ顔に対してではなく、その言葉と首の痛みが意味することに。

 

 今のこの状況をロイに教えなければいけなかった。

 俺がフィリウスである事が破王国に知られている事。

 そしてその口封じのために、相手の交渉に乗って騎士団に入る事になった事。

 恐らく、ロイの正体も知られている事。

 これらを教えてからこいつに同行しなければならなかった。

 セレナが、セレナが何かしてくれてるといいのだが……。


 「僕の……横にいた金髪の女性はどうしましたか?」

 「セレナーデ・()()()()()()の事か」


 アーケディア?

 アーケディア、アーケディア…………。

 

 そんなはずがない。

 確かに上流階級ではあるだろうと予測はしていたが、それほどではないはずだ。

 冒険者になっている事が一番の証明だ。

 


 「アデア信仰国の、アーケディア家ですか……?」


 一応、聞いてみる。

 本当に、聞いてみるだけだ。


 「何を言ってんだ。そうに決まっている」


 またしても、血の気が引いた。

  

 「それじゃあ……! セレナはアデア信仰国の王族だって言いたいんですか!?」

 「それらは全て把握済みだ。だが、今は関係ない」

 「関係ないって……」


 膨大な情報量を体が受け付けない。

 気味が悪い。気持ちが悪い。

 何も分からない。

 無力。

 築いてきたもの、築こうとしていたもの。

 全部、こいつの掌の上だった。

 


 淡々と、淡々と男は話す。

 俺は何も知らないのに、何故こいつは知っている。

 全てを見透かすようなその目は、一体何だ。

 


 何なんだよ…………。







ーー破王国イラにてーー




 彼女は水晶を覗いていた。


 「……長かった」


 達成感と共に疲れがドッとやって来る。

 山積みになった紙々を枕にし、彼女は机に突っ伏す。

 

 「でも、これで終わりじゃないから」


 高らかにそう宣言したところに、紅茶を持って来た獣族の彼が横槍を入れてくる。

 彼の足元も散らばった紙で踏み場が少なくなっている。

 

 「いつもそう言ってますけど、終わりって何なんですか?」


 悪気のない疑問が彼女の胸に突き刺さる。

 しかし、彼女の目的に彼を付き合わせているのは事実である。


 「……貴方が勝手に着いてきてるだけって事を忘れないように」

 「は〜い」


 少し叱られたように思えるかもしれないが、彼の尻尾は揺れていた。

 そう言って彼は机に彼女の分の紅茶を置く。

 


 「次は、何をするんですか?」


 彼女はそう言われ、少し難色を示す。

 ここまでは自分の想定通りに事が進んでいったが、次の段階は彼女でもその運命は占えない。

 何は起こるか分からないというのは彼女にとっては珍しい事だ。

 

 「ついに『彼』に干渉します。運命は、動き始めている」


 

 小さな英雄は、その水色の髪をなびかせる。





ーーレイア大陸にてーー

 

 


 荒廃都市・エムルカ

  またの名を、聖園(せいえん)都市・エムルカ

 世界で最も、聖界に近い場所


 

 この都市が栄えていた頃は約4000年前。

 今は無き、聖族によって。


 エムルカは枯れ果てた。

 第二次聖魔大戦を境にこの世から聖族は消え失せた。

 エムルカはおろか、レイア大陸にすら立ち入る者はいなくなった。

 いや、立ち入る事は出来なかった。


 平和を願い、創造を繰り返していたあの頃のエムルカはもう存在しない。

 世界から忘れ去られるのも時間の問題だった。

 エムルカも、聖族も。



 ただここに、1人の少年がいる。

 エムルカの象徴であった『約束の聖地』の跡地に座り込んでいる。

 いや、『約束の聖地』のそばに横たわっている丸焦げた灰色熊(グリズリー)の上に座り込んでいると言った方が正しいか。

 少年の服も丸焦げたようにボロボロになっており、役割はもう果たせていない。


 少年はただ1人、エムルカにいる。

 巣に取り残されたヒナのように、たった1人。

 

 しかし、少年はヒナではなかった。

 誰に育てられたという訳でもない。

 親を知っている訳ではない。

 何も理解していないだけなのかもしれないが、少年は既に独り立ちしている。


 少年は孤独だ。

 周りには腐敗した大量の魔物は転がっているものの、それらは少年の気を紛らわすものでしかなかった。

 かと言って、ここに少年ではない誰かが居たとして、少年は何を感じ取れると言うのだろうか。

 

 人の温かみ……?

 それは、笑えない。



 

 荒廃したこの都市で、少年は何を思うのだろうか。

 憤りか、怒りか、悲しみか。



 ただ少年は、今はもう更地と化した『約束の聖地』に、こう願った。




 「この世界に、復讐の運命を与えろ」



 大人びた口調から放たれるその願いは、

 紛れもなく少年の本心だった。

 


  彼の物語は、我々にはまだ関係のないものだった。

 

第一章  - 終 -



次章

第ニ章 破王国イラ編

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ