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第七話「葛藤」

 「ちょっと待ってよ〜! アルマ〜!」

 「セレナが全然起きなかったのが悪いんです。急ぎますよ!」



 俺たち一行は今猛スピードで山を下っている。

 朝一番に出発しようと早起きした矢先、セレナの寝起きの悪さに出鼻を挫かれてしまった。


 そして、今日は依頼を受けるわけではなく、セレナについての事だ。

 だから彼女を置いていくわけにもいかなかった。


 急いでいたと言っても朝食は食べないと昼まで保たないし、

 昨日の夜に剣を磨いていなかったからそれもやったし、

 セレナがギルドライセンスを失くしたと言い出したので探していたら

 何故かベッドの下にあったりと、そんなことをしていたらこんな時間になってしまった。



 「(仲良く……やっていけるのか?)」


 完璧じゃなくても良いとは分かったものの、これまでの自分のリズムに合っていない事をされると、やはり調子は狂う。


 一抹の不安が、残るばかりであった。




ーーーキュレンの町・北側入口





 「はぁ……ここまで走ってくるのも……珍しいので……疲れますね……」

 「そう? 風が気持ち良くて今日は良い日だな〜って思ったけど」


 ……嘘だろ? 

 

 膝に手をつきながらいち早く息を整えようとしている俺を横目に、

 セレナは「ふふん」と言わんばかりのドヤ顔をしながらそう言い放った。


 そもそもそんなロングスカートを履きながら俺のスピードに着いていけていた事に疑問を抱くべきだった。

 セレナが何者なのかが、未だに全然掴めない。


 「……ふう。さっきもそれとなく言いましたが、今からギルドに向かいます。今日やるのは依頼ではなく……セレナのパーティについての諸々です。セレナにとっては辛い事だとは思いますが……」



 「ああ。パーティの解散申請とメンバーの死亡報告並びにギルド除籍申請、ってやつでしょ? 大丈夫だよ」



 …………ん?



 「あ、知ってたんですね。それじゃあ行きましょうか」

 「うん、そうだね」




ーーー冒険者ギルド・キュレン



 「おはようニック……。ってあれ、ニックは今日いないんですか?」


 ギルドに入り受付に向かうも、そこに居たのはニックではなく別の受付係だった。

 それと、今日はいつもと比べあまり冒険者が集まっていないように思える。



 「ったく何だ……例の魔族剣士かよ。ニックの奴はサボりだな。」


 ほう。ニックがサボりとな。

 あいつはああ見えて根は真面目そうだから、サボりなどはしないと思っていたため意外である。


 「そうですか、今日は依頼を受けるわけではないので大丈夫です。その代わり彼女のパーティについてなんですが――」



 「『償い』を、お願いします」



 セレナが鋭い口調でそう言った。

 発した言葉に、心当たりは無かった。


 「……アデア教徒か。悪いがここのギルドはやってない。解散申請か? 死亡報告と除籍申請か?」

 「……そうですか、両方です。パーティ名は『アルファ・ゲネシス』、死亡メンバーは――」


 俺が何もしなくても、手続きは進んだ。

 異様に、慣れた雰囲気で。




 「……セレナはこういうの何回か経験あるんですか?」


 受付が裏へ行ったタイミングで話しかける。


 「うん。かれこれ10回以上はしてるのかな〜?」 

 「あ、そうなんですか。多いですね」


 後に沈黙が続く。

 

 自分から話しかけておいて、気まずい空気を生んでしまった。

 セレナが落ち込んでいなさそうにしている事や、辛そうにしていない様子を見るに、かえって返答に困る。

 しかし、それが彼女のこれまでを物語っている。

 

 俺の知らない日常なのかもしれない。




ーーセレナ視点ーー




 「――よし。これで手続きは終了だ。お疲れ、お嬢ちゃん」

 「はい。ありがとうございました」


 こうやって言うのも、言われるのも、何回目になるんだろう。

 さっきは濁して答えたけど、それは自分でも分からないから。

 分からなくなった。


 振り返ると、アルマが机に肘をつき、ウトウトしながら座り込んでいた。

 退屈な時間に付き合ってもらっちゃったな。

 

 「アルマ! 起きて、アルマ!」

 「んあ? あぁ、すみません。全然、全然眠くなんてないですから」

 「嘘つき! あと1分放置してたら絶対寝てたよ」

 「睡眠欲が強いのはお互い様ですがね」

 「もう!」


 ……アルマは少し意地悪なところもあるけど、とっても優しい。

 魔族だからウンタラカンタラって皆言うけど、私にはさっぱり理解できない。

 何も、変わらないと。

 少なくとも私はそう思う。



 「ブーツも返しましたし、パーティの件もセレナが手際良くやってくれたので思ったより早く終わっちゃいましたね」

 「どうしようか……何か依頼でも受けてく?」

 「いや、依頼を受けるつもりではなかったので剣を持って来てないですし、セレナも杖がないのでやめておきましょう」

 「あ、そうだったね」

 「その代わりにと言っては何ですが、ロイに買い出し頼まれてるんですよ。手伝ってくれますか?」

 「うん! 任せてよ」

 

 また、新しい仲間が出来た。

 それは嬉しい事なんだろうけど、私にとっては苦い記憶ばかりだ。

 そばに居るのはいつも、新しい仲間たち。


 アルマは、そうさせたくない。


 「買い出しと言ったら東側の商業区だよね。私まだ行ってなかったから楽しみ――」


 



 バン!!!




 ギルド内に爆音が響き渡る。

 音の出所は入口、扉を思い切り開けた音だった。


 不意の事だったので、反射的に視線は音の方に向いた。

 そこには、甲冑を身に着け、腰に剣を携えた赤髪の男の人が立っている。

 甲冑を抜きにしても、体はかなり大きいように思える。

 黒と赤で構成されたその甲冑は破王国のもので間違いない。

 そして、何やら私たちを見ている。



 「……アルマ。あの人って、破王国の騎士団の団員だよね?」

 「……そうみたいですね。ニックが言っていた方でしょう」


 聞かれたらマズい訳ではないと思うけど、何故か2人とも小声になってしまった。

 でもそれ以上に、私たち以外の人たちは黙ったままで静かだ。


 異様な空気がギルド内に流れる。


 「あの……! どうかされましたか?」


 ずっとこっちを見つめてるんだ。

 きっと私たちに用事があるのだろう。



 「…………今ここに示せ」



 ……何か言ってるみたいだけど、小さくてよく聞こえない。

 じれったいなあ、こっち来て話せばいいのに。



 「すみません、小さくてよく聞こえな――」



 「避けろセレナ!!」



 声を荒げたアルマに目を向けたときには、既に私はアルマに突き飛ばされていた。

 お尻と背中には、それぞれぶつけた床と机から衝撃が走る。

 

 「ちょっとアルマ、急になにするの――」



 唐突な出来事に頭が混乱しながらも、顔を上げる。



 そこには、ギルド内を埋め尽くすほどの大火弾(フレイムキャノン)と対峙するアルマの姿があった。




ーーアルマ視点ーー




 触れろ、何がなんでも触れろ。

 


 俺は腕を伸ばし、中指の先に触れた大火弾は何もなかったかのように消えた。

 キラキラと、魔力の塵を散らしながら。

 開けた視界の先には、格好悪い甲冑を着た男が立っている。


 なんなんだあいつは。

 見ず知らずの魔族にいきなり大火弾を打ち込むのがイラ流の礼儀だというのか。

 こんな建物の中で火魔術を使ったら燃え移る事くらい分かるはずだ。

 俺がいなかったらギルドは全焼、今の威力だったら消火も間に合わなかっただろう。



 「バカ野郎が!! 自分が何したのか分かってんのか!?」

 

 男は何も答えない。

 ただ、黙々とこちらに歩いてくる。


 マズいぞ。

 今は剣を持っていない。

 騎士団の脳筋相手に素手は流石に無理がある。

 ただ、いつでも戦闘体制に入れるようにはしておこう。


 男は俺の目の前まで来た。

 どこか俺を見下すその冷たい目は、気分が悪い。



 「俺になんか用か――」

 「貴様を」



 

 「破王国イラの王国騎士団に推薦する」





 …………嘘だろ。

 

 「は!? ちょっと待て何言ってんだ!?」

 「騎士団副団長の我が言ったことは国王が仰った事と同義だと思え」

 「そんな事言われたって……」


 「……言い方が悪かったな。

  我らは今から貴様を王国へと持ち帰る」


 持ち帰る……?

 いや、ダメだけど。

 どうする、セレナを連れて今すぐ逃げようか。


 「……すみません、推薦はとても光栄なのですが、今日のところは遠慮させていただきます。さあセレナ、そろそろ買い出しに行きましょう」

 「あの……私まだ今の状況が理解出来ないんだけど、とりあえずアルマは怪我してないの? 大火弾直撃してなかった?」

 「あぁ、大丈夫ですよ。早く行きましょうか」


 こんなところは早く抜け出してしまおう。

 気分が悪ければ気味も悪い。

 ニックも『イラには行くな』みたいな事言ってたし、これで良いのだ。


 足早に男の脇を抜けて行こうと思った矢先、男は言った。

 



 「負の呪いとやらは本当だったみたいだな!」




 「今なんて言った……?」

 「負の呪いと言ったんだ。貴様はやはり、『逆子』という訳だな。魔術が効かないその体質……非常に興味深い」


 なんで、なんで知ってるんだ。

 俺の呪いの事を知ってるのは父上、母上、ロイに……


 いや待て、魔術が効かない事に気付いたのは王国を出てからだ。

 それを俺とロイ以外が知っているはずがない――


 「……お前、なんでそれを――」

 「もちろんそれだけではない。

  貴様が何者なのかは、全て王国(こちら)は把握している」

 「脅しだって言いたいのか……?」

 「ふん。それはもう自分から白状しているようなものだな」


 

 「貴様も、()()()たくないだろう?

  己の血族のようにな」


 

 家族の話を出され、咄嗟に手が腰に伸びた。

 しかしそこに剣はない。

 今ここでこいつを八つ裂きにする事は、出来ない。



 こいつが、イラが、何を企んでいるかは分からない。

 ただ1つ分かる事は、俺を利用しようとしている事。

 目的は俺の呪いで間違いない。

 

 今ここで俺の存在を言いふらしでもしたら……という弱みを握られている。

 その弱みを握って、半強制的に王国へ連れていく。

 まんまとそれに、引っ掛かった。



 「どういうことなのアルマ?」

 「ごめんなさい、少し黙っていてください」

 「え、でも……」


 ……詰んでいる。

 どこからどう情報が漏れた経緯は予想しかねるが、この状況になってしまった以上、選択肢が限られる。




 なんとかしてここを抜け出して、入団を回避する。


 こいつに従って、騎士団に入団する。



 どちらを選んだとしても、最悪だ。

 回避したところで破王国を敵に回すだけ。

 騎士団に入るなどもっての外だ。

 残された使命はどう果たそうと言うのか。

 


 「今自分の立場が理解出来ていないのなら説明してやろう。

  我に従うしか、道はない。そうだろう?」


 男は悩む俺を嘲笑している。

 半笑いで、この状況を楽しんでいるかのように。


 

 だが、こいつの言う通りだ。

 俺の情報を知り尽くしているであろう破王国に喧嘩を売るのはまさに愚策。

 積み上げてきたものが全て崩れ落ちる。


 ただこいつは、俺を殺そうとは思っていない。

 あくまで利用しようと。

 ならやはり従うべきなのだろうか……?



 この刹那、どれほどの道筋を思考したかは分からない。

 ただ考えれば考えるほど、ある選択に限られてくる事に絶望するだけだった。

 もう、疲れてくる。


 絞り出した言葉は、情けなく、弱々しく、どうしようもない…………


 あの頃の父上を想起させるものだった。





 「…………仰せのままに」



 

 これは、諦めたわけではない。

 未来へ託す選択をしたまでだ。

 断頭台に晒し上げられて死ぬより、何億倍マシだ。

 そう思うしかない。


 ただ、そういう状況までもっていかれた時点で、

 俺の詰めが甘かった事は確かだ。

 負け、負けである。


 

 運命は時に残酷で、常に残酷だった。

 

  

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