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第六話「それで良いじゃないですか」

 今日の依頼に持っていった荷物を整理していると、ギルドから借りていた魔道具のブーツを返していなかった事に気付いた。

 ニックも気づいていなかったとはいえ、これは立派な窃盗だ。

 正直焦っているが、まぁ朝一番に返しに行けば大丈夫だろうとは思う。


 そのブーツを見つめていると、思わず疑問が口に出た。


「……逆子って、何なんだろうな」


 俺には魔術もこのブーツのような魔道具も効かない事や、身につくはずのものが身につかず、身につかないはずのものが身につくという事が、今の所分かっている。

 この力を振りかざして良いというなら俺は最強の冒険者になれたかもしれない。

 しかし無闇にこの力を見せびらかして、他の者に知られたら、俺の正体がバレる危険が高まるだけだ。

 正直、足枷に過ぎない。


 ただ俺自身も呪いの事をそれしか分からない。

 そもそも逆子なんて名前もいつ考えたか覚えていない。

 もっとかっこいい名前もつけられた気もする。

 それに、父上が仰っていた俺の名前の話なんかも俄かに信じがたい。


 なんか、全体的に記憶が朧げなんだよな……。



 「あ、まだ食器洗ってなかった」


 ただ忘れっぽい性格なだけだな、きっと。



ーーー



 「よし。食器洗い終わったよ」

 「いつもありがとうございます」

 「今日は数も増えたし、ロイには頑張ってもらったからね」


 ロイはダイニングで机を拭いている。

 猫背になり始めた姿を見ると何か込み上げてくるものがあるが、

 時が止まる事はない。

 その気持ちを受け入れるしかないのだ。


 ただ、考えてしまう。

 ロイがもしいなくなってしまった時、俺は1人になる。

 そうなったら俺は生きていけるだろうか。

 生活的な面でも、精神的な面でもだ。


 俺1人で、か……。



 「フィリウス坊ちゃん? 大丈夫ですか?」

 「あ、あぁ。少しボーッとしてただけだよ」

 「最近多いですよ。何か……悩み事でも?」

 「……悩み事って訳じゃないけど、ちょっと話付き合ってくれないか?」

 「承知しました。座って話すとしましょうか」


 ロイと向かい合って席に座る。

 話すと言っても今日あった事を話すだけだ。

 

 でも今日は気になる事が結構あったからなぁ……。


「……」


 何故か、ロイを前にして緊張している。

 こうやって面と向かうのも考えてみれば案外久しぶりだ。

 それが理由なのか、思った事が口に出せない。

 待て、もう一度考えろ。


 ふぅ……。

 さて、何から話せば良いだろうか……。


 「――今日帰りが遅かったのって、依頼が原因で……」

 「……ほう」


 「――大狼ってのがめちゃくちゃ強くて……」

 「……ほう」


 「――実は死にかけて……」

 「……」


 「――でも結局セレナの助けもあって倒す事が……出来ました……」

 「……」



 ……俺は何をしているんだ。

 こんな話をしたところでロイをまた心配させるだけではないか。

 本当に話したい事はこんなものではない。

 えぇ〜と、何だ……?


 「フィリウス」

 「はい……!」


 思わず怯えたような声を出してしまった。

 しかし今の呼び方はこれまでと、少し違った。いや、かなり違った。

 少なくとも、ここに来てからは聞いた事のない声色だった。


 「……落ち着いて話してください。私はエールです。そして、貴方はアルマです」

 「……」


 そうか……。

 今俺の目の前にいるのは"ロイ"ではなく"エール"。

 俺は"フィリウス"ではなく"アルマ"。


 なら、言って良いか。



 言って良いのか……。




 「俺は、弱いです」




 これが、本当に言いたかった事なのだろうか。

 もしそうなら、情けない。

 本当に情けない。


 しかし、事実である。

 俺は何1つ成長していない。

 俺は仲間と一緒に戦う術を伝授された訳ではない。

 1人でない喜びを今日感じることもあった。

 しかし1人で、俺は1人で成し遂げなければならない。


 父上がいない、母上がいない、誰がいない、ロイもきっといなくなってしまう。

 そんな時に信じられるのはただ自分自身だけ。


 そう言ったのはロイだった。

 その考えの下で俺を鍛えてくれた。


 そんな師を前にして、この体たらくは何だ、アルマ。

 自分を弱いと言うのなら、師であるロイを侮辱するのと同義である。



 だが、そのくらい今の俺には自信と実力が、伴っていない。



 「今日の依頼を通して、痛感しました。やはり俺は――」


 「何か勘違いをしてませんか?」



 俯く俺をよそに、ロイはそう言った。

 顔を上げると、真っ直ぐな目でこちらを見ていた。


 「フィリウス坊ちゃんはきっと、私の信念を追っているのでしょう。師匠としてこれ程嬉しい事はないです。

ただ、それが今は悪いように働いています」

 「悪いように……?」


 「『信じられるのはただ自分自身だけ』とはよく言ったものです。

今思うと本当に…何を言ってるんだかといった印象になってしまいますね」


 ……何を言ってるんだ? いやいや、まさにこちらの台詞だ。


 「……じゃあ、今はそう思わないと?」

 「いやいや、そう言う訳ではございません。思い返してみれば、当時の考え以外にもこの言葉には他の意味があるな、と思いましてね」

 「他の意味、ですか……」


 「1つは、坊ちゃんの境遇でした。私のところに舞い込んできた時には勘当されていて既に1人……と言っても過言ではない状況でした。当時の私はそんな坊ちゃんをどうにか独り立ちさせる為に張り切って、そのような事を口走ったのでしょう。」

 「それは……今も変わらないのでは?」

 「話は繋がります」


 「もう1つは、魔族の境遇です。追い討ちをかけるかのように、この世は魔族排斥に転換していきました。

人族も獣族も信じられない……いや、信じてもらえない立場になった以上、自分だけを()()()()()()()()()()


 ……ロイの言う通りだ。

 国で孤立したかと思えば、世界でも孤立する。

 信じる者を選択する余地などないのである。

 1人で、生き延びなければいけなくなった。


 ただ、ここまでの話だとあまり違いがない。

 結局1人になった俺をどうにかする為の考えということではないだろうか。


 「それじゃあ結局……」

 「最後にもう1つ」


 質問に割って入ってきた。

 そこまでするという事は……これが結論だろう。


 「……何でしょう」

 「それは――」



 「この言葉に意味などないという事です」



 意味が、ない……?


 

 「我々を受け入れてくれる方がこの世にいると、今日分かりました。独りよがりで、自分勝手な我々を。

信じるのは自分だけでも良いかも知れません。ただ、信じられるようになっていかなければ、駄目なんだなと……」


 目を潤ませて、ロイは語る。


 「1人じゃなくなったのなら、それで良いじゃないですか。信じてくれる方がいるなら、それで良いじゃないですか。

私の信念は、最悪の状況を打破するためのものです。その状況が変われば、また新しい信念が生まれます。

完璧じゃなくていいんです……。助け合う仲間が居てくれるのなら」



 完璧じゃなくていい……。


 俺は、完璧になろうとしていた。

 父上も母上も驚いてしまうような凄いやつになろうと。

 期待を裏切ったせめてもの罪滅ぼしだと、そう思っていた。

 

 でもそれだって、俺自身の勝手じゃないか。

 勝手に追い込んで、勝手に追い込まれた。

 全部、自分の。


 

 俺は救う側になれるのだろうか。

 結局今回も、救われてしまった。




 俺は泣いた。

 セレナを起こしてしまわぬよう、嗚咽すら押し殺しながら。



ーーー




 「そしたら首切られてるのに起き上がって飛びついてきてさ、でもそこで『嘲哀』が決まって…」

 「凄いじゃないですか! もう青級も板についてきましたかね」

 「うーん……まだ何とも言えないかな」


 一度泣いてしまえば、気持ちはすっきりした。

 今は自分の言いたいことも言えるようになったな。


 何か……大きな一歩を踏み出せた気がする。

 俺という存在を、根底から覆す何かが。


 「今日あったことはこんな感じだったかな。本当に……色んな意味で内容があった1日だったよ」

 「そうですね。セレナさんとも仲を深めていくのが良いと思います」

 「……思い出した。まだ言いたい事があったんだけど……」

 「何でしょう?」



 「セレナって、多分アデア貴族だよな?」



 上流身分の人族が冒険者になる事自体は珍しいことでもないのだが、

 シロア出身となると少し話が変わってくる。


 セレナはシロアの礼法を弁えている。

 つまり上流身分だと思われる。

 しかし、シロア出身の人族が冒険者になるということはその人物は非アデア教徒、シロア大陸で非アデア教徒となると、アデア信仰国の属国の中流身分以下辺りになるだろうか。


 ただここに1つの矛盾が生まれる。

 シロアの上流身分は自ずとアデア教徒だ。

 セレナもきっとそうだろう。

 しかし彼女は冒険者として国から旅立ったはずだ。


 恐らく、『アデア教徒の上流身分でありながら、冒険者になった』のだろう。


 「そうですね……。事情は分からないですが、こちらから掘り下げるのも不粋でしょう」

 「でも気になるよな……」


 かなり異端な存在である事は間違いない。

 まあ、アデア貴族と言っても国として重要な人物であったなら冒険者になる事など許されるはずがないし、あっても属国の末端貴族だろう。

 でなければ冒険者になれるはずがない。




 ともあれ今日はあまりにも情報量の多い1日だった。

 でもそれら全ては俺にとって悪いものではなかった。

 むしろこれから先を照らす光になってくれると思う。

 こんな日に名前をつけるとしたら――


 『起点』、だろうか。



ーーー



 明日の荷物を用意していると、俺はまた何か忘れていることに気づいた。


 「(剣をまだ磨いてなかった……)」


 手元にある剣を鞘から取り出してみると、大狼の血で染まっていた。

 早く拭き取らないと刀身が錆びてしまう。

 手入れ用具は部屋に置いてある。

 急いで取りに行かねば。



 そう思って階段を上がり、部屋のドアノブに手を掛けた瞬間に気づいた。



……用具箱を押入れから取り出す際に物音でも立ててセレナが起きる事があれば、「ゆっくり休んでください」と言った手前、目も当てられない。


 まあ、明日の朝でも間に合うだろう。


 さて、俺も流石に眠くなってきたしそろそろ寝床に行かせてもらおうか……


 「……なさい…」


 部屋に背を向けて階段を降りようとした瞬間、部屋から何か声が聞こえた。


 「…ごめん……」


 ……? よく聞こえないな。

 セレナの寝言だろうか。

 ぐっすり眠れてると良いのだが。

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