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第五話「信頼と鈍感」

この物語から以下の略称を用います


レオンハート→獅心

 (例)レオンハート家→獅心家


以降の物語でもこの略称は使用し、場合によって使い分けをします

 「セレナ! 起きてください!」

 「ん〜? あとごふんだけ〜ムニャ……」

 「はぁ……」


 セレナを背負ってやっとの思いでキュレンに戻ってきた。


 町に入ってからギルドまでは近いわけではない。

 セレナを背負いながらだといつもよりジロジロ見られる。

 怪我を負っている人族を誘拐している魔族だと思われたらひとたまりもない。

 起こしてからギルドへ向かうべきだったか……。




 なんて考えてる間にギルドに到着した。

 日没ギリギリと言ったところか。

 帰り道でこれといった魔物に出会わなかったのは運が良かった。

 それはそうと流石にギルドの中までセレナを背負っていくのはマズいので無理矢理起こすとしよう。


 「もう降ろしますからね。魔力も戻ってるだろうし自分で治癒魔術かけてもらえますか?」

 「ふぁ〜い」


 そう言って彼女は目を擦りながら地に足をつけて治癒魔術を詠唱する。

 今まじまじと見返してみても、彼女の線は細い。

 なんかこう、ポキッと折れそうだ。

 いくら魔術師とはいえ魔族かつ獅心家じゃあるまいし、もっと肉はつけた方がいいと思う。

 流石に獣族とまでとは言わないが。


 確か人族にとって女は胸が大きい方が魅力的だったはずだし、忠告するのがセレナの為になるだろうか。

 もっとも俺は人族の女には興味がない。


 「セレナもここのギルドで依頼を受けたんですよね?」

 「うん、そうだよ。他のパーティと一緒にね」

 「その件は受付から聞きました。そのパーティメンバーの2人は既にギルドへ帰還していたみたいですが、何かあったんですか?」

 「知らない。というか、思い出したくもない。さっ、早く入ろ」


 何故かあからさまに機嫌が悪い。

 寝起きだからだろうか。




ーーー



 ギルドは朝と比べて冒険者の数は減っており、今回は陰口を言われる事なく受付に辿り着けた。

 そこには目を丸くしたニックが立っている。


 「ただ今帰還しました」

 「お、おう……よく帰ってきたな」

 「森でのたれ死んでくるとでも思ってたんですか?」

 「……んな事ねぇよ」


 今回こそは死ぬだろうと思われてたに違いない。

 まぁ実際死んだも同然の結果だったが。


 「それと、彼女が森に残っていたパーティの生存者です」

 「初めまして、セレナーデと申します」

 「あぁ、生き残りか。可愛い嬢ちゃんじゃねえか」

 「いえいえ、そんな事ありませんよ」

 「確かにそんな事ないですね」



 ハッ……


 本音が漏れた。

 右側から殺気を感じる。

 思わず腰の剣に手が伸びそうだった。

 何故だ、今自分でもそんな事ないって言ってたのに自分以外から言われたら結局嫌なんじゃないか。

 話題だ、話題を変えよう。


 「そ、そういえば怪我をしていたセレナを運ぶために手が余らなかったので、大狼の素材が回収できませんでした」

 「は? なら報酬は全額払えんな。半分の北銅貨50枚だ」

 「分かりました。それで構わないので……」

 「嘘でしょ!? 安すぎない……?」


 セレナが声を荒げた。

 とりあえず殺気は消えたようで何よりである。


 「あー……僕は魔族なので依頼の報酬が安いんですよ」

 「それにしてもだよ! 私たちは確か1人あたり北銀貨5枚で引き受けて、ランクはBだったはずだけど……」

 「嬢ちゃん、そういうのはあんまりベラベラ話すもんじゃねえ」


 1人あたり北銀貨5枚……

 個人単位で5分の1、セレナは4人パーティだったはずだから、パーティ単位だと20分の1の報酬でこの依頼を受けていた事になる。

 ランクも3段階誤魔化された。

 ここまで大胆にやられると、もう指摘する気力すら起きてこない。


 だが、Bランクの依頼を達成したのは初めてだ。

 付け焼き刃が通用しただけとはいえ、これは大きな進歩と言っていいだろう。


 「いいんですよ、セレナ。それも承知で依頼を受けているんです」

 「よくないよ! ちょっと前までは魔族の方達だからって何もなかったでしょ?少なくとも北方大陸に着くまでは……」

 「その言い訳は通用しねえなあ」


 セレナの言い分に待ってましたと言わんばかりで割り込んでくる。

 恐らくだが、今からニックが言うことは俺が初めてここに来た時に聞かされたものと同じだ。


 「北方大陸はな、元々魔族排斥の考えが根強いんだよ。第二次聖魔大戦の頃からな。でも大昔の北方大陸が世紀の異常気象にあった時に干魃やら冷害やらで大飢饉に陥ったんだ。その時に()()()()()()っていう魔族の固有魔術で天候を操って北方大陸は救われた。魔族とはいえ、国を救った英雄を蔑ろにする訳にもいかねえって事で、そっからレオンハートが北方大陸の実権を握り始めたんだ。そしてその影響が各地に広がり、魔族排訴の風潮は薄まってったんだよ」


 セレナはぽかーんと口を開けながら話を聞いている。

 いや、聞いていないも同然だと思う。

 ニックもまさか目の前にいる魔族が王国で指名手配中の懸賞金をかけられている獅心家第17代とは思ってもいないだろう。


 しかし、問題はここからである。

 正直、聞きたくない。


 「だがな、数年前にレオンハート家が後継破綻した事で事態は急変した。何百年も前からずっと水面下で活動を続けてた魔族排斥派閥がここぞとばかりに現れて旧ルクスを纏め上げた。そしたら排斥派同士は互いを案外理解してなかったようで、最終的には国民の半数以上は排斥派だったそうだ。そっからレオンハート家が堕ちたのは長い歴史の中で言えば一瞬だったな。魔族を慕っていたのはあくまで君主だったからってだけだ。その地位が無くなればまた世界は変わっていくんだよ。ここまで説明すれば分かっただろ、嬢ちゃん?」

 「そう、ですね……?」

 「もういいだろ、ニック。こっちは暗くなる前に帰らないといけないんだ。報酬だけもらって帰らせてもらうよ。セレナも出ましょう」

 「え……。あ、うん……」


 出口に向かって踵を返す。

 ニックのつまらん話にセレナを付き合わせてしまった。

 父上の事も、母上の事も、……弟の事も知らない奴に獅心家を語る資格はない。


 あいつが受付だと毎回後味の悪い1日になる。

 セレナのパーティの件もあるが……今日はもう帰ろう。

 セレナは残していっても良かったが、あんな話をされた後にする気なんて起きないだろう。

 明日にでも予定を合わせてもらって立ち合う事にしようか。


 「それとだな、アルマ」


 さっきまでの雰囲気とは違った声色でニックに呼び止められた。

 お前のことで今考え事をしていると言うのにだな、だが無視する訳にもいかない。


 足を止め、振り返る。


 「……なんですか」

 「お前には関係ないことだとは思うが、一応な。最近イラの連中が頻繁にキュレンに出入りしている。このギルドにも何回か来たんだよ」


 ……口調が気味悪いな。

 何か企んでるのか?


 「イラの連中って、破王国騎士団ですか?」

 「そうだ。なんでも、騎士団の勧誘をしてるらしい。天下の騎士団も町中で勧誘とは堕ちたもんだよな。まあそういう事で、キュレンにきてる剣士の中からいい奴を探してはその場で戦ってを繰り返してる」

 「そこで結果を出したら騎士団に推薦されると言う訳ですか。それで、僕には何の関係が?」

 「一応お前も剣士だろ?流石に騎士団も魔族様は勧誘しないとは思うが……まあ何が言いたいのかって言うとだな」



 「絶対、イラには行くなよ」



 ……ん?

 何を言ってるんだ、お前は。


 「いや、行かないですよ。それに勧誘だって……」

 「アルマ! アルマが出ようって言ったんじゃん!」

 「あぁごめんなさい……。そのこと自体今知りましたし、言われなくても行くつもりはなかったですよ。それでは失礼します、ニック」


 そう言ってみるものの返事は無く、ニックの顔は今までになく真面目で、本気だった。



ーーー



 ギルドから出ると空はすっかり暗くなり、東側の商業区から賑やかな声が聞こえる。

 今日も今日とてキュレンの夜が始まった。

 今回ほどの大きな依頼をこなした後は宴を開くのが冒険者の基本だろうが、俺にはそんな暇もなければ金もない。

 そもそも酒場は魔族お断りだ。


 「それでは帰るとしましょうか。町は出るんですが僕も北側なので途中まで一緒ですね」

 「あー、その事なんだけどね……」


 隣でセレナがもじもじしている。

 何か言いたげな様子である。


 「どうしました?」

 「私、帰る場所なくてさ……」

 「え? 宿にでも泊まっているんじゃないんですか?」

 「実はこの町来たの昨日で、着いた流れでそのまま依頼受けて、これ終わったら宿取ろうって皆と話してたんだけど、お金持ってたのリーダーで、でも大狼に食べられちゃって……だから、アルマの家に泊まらせてくれないかな……?」


 彼女は手を合わせて申し訳なさそうにそう言った。

 まさかの一文なしだとは思わなかった。


 正直、今日会ったばかりの他人を家に迎え入れるなど有り得ない話である。

 しかし、セレナの境遇を鑑みれば同情の余地は大いにある。

 金のない者の気持ちは誰よりも理解(わか)っているつもりだ。


 「そうでしたか。そういう事でしたら勿論歓迎しますよ」

 「本当!? ありがとう、アルマ!」

 「でもここから山を登っていきますし、居候も1人いますが構いませんか?」

 「うん。全然大丈夫!」


 彼女はその場で飛び上がるほどに喜んでいる。

 俺が見捨てるとでも思っていたのだろうか。

 ……そうではないと思いたい。


 それと、俺はセレナに興味があるのだと思う。

 冒険者自体とも話す機会は無かったし、彼女について気になる点はいくつもある。

 彼女と仲を深める事ができれば、何か今後の糸口が見つかるかもしれない。

 そう言う意味でも家に招き入れるのは必然だったな。

 

 「改めて、行きましょうか」

 「うん! あ、そう言えば聞きたい事あったんだけど、アルマって何歳なの?」

 「歳ですか? ……ちょっと待ってください」

 

 「(ルクス王国で約14年、密林地帯で約4年、キュレンには約半年だから……)」


 「大体18歳くらいですね」

 「歳に大体とかあるんだ。ちなみに私は17歳だよ!」

 「ふーん、そうなんですか」

 「なんでそんなに興味なさそうなの!」




 寂しくならなそうな帰路は今日が初めてだ。




ーーー



 町の時点で日没間近だったため家に着いた時には山はすっかり暗くなっていた。

 視界は暗いし坂道はキツいしで、セレナが文句たらたらになるかと思っていたが、全くそんなことはなく、むしろ掛け声なんか出しちゃって楽しそうであった。

 家に入ったらきっとロイが出迎えてくれると思うが、急な来客で驚かせてしまう事は申し訳ないと思ってます。



 「ただいまー」

 「お、お邪魔します……」

 「おかえりなさいませフィリ……お客様ですか?」

 「あぁ。話せば長くなるからとりあえずもてなしてくれないか」

 「承知致しました。こちらへどうぞ」


 突然の来客だというのにロイの対応力には目を見張るものがある。

 あぁ、いかん。

 この状況においてはロイではなくアレでいかなければならない。


 「ありがとう、()()()

 「エールさんというのですね。セレナーデと申します」

 「ご丁寧にありがとうございます。その礼法は、シロア大陸のご出身で?」

 「あはは、そうですね……」


 ロイの名前がエールだなんて設定はそろそろ忘れてしまう頃合いだった。

 今は俺が持っているが、このロイからのお下がりの剣の名前が『激昂(エール)』というらしい。

 そこから取ったのは分かるがあまりにも安直ではないだろうか。

 俺も母上から頂いたとはいえ世界でありふれている名前であるからして、母上と俺を知る人物にバレる事はないだろう。

 女性の名前ではあるがな。



 「立ち話もなんですし、セレナはそこの机のそばにある椅子に座っていてください。今から食事を作ります」

 「わ、私もお手伝い致しましょうか?」

 「お気遣いありがとうございます。でもお客様ですからお気になさらずに」


 そう言うものの、料理担当はロイだ。

 俺は料理スキルについてはからっきしである。


 「(ロイ、今日は俺に寄せなくていいから人族の口に合う料理で頼む……)」

 「(分かってますよ、坊ちゃん)」


 ロイと目を合わせて心で語る。

 長い間一緒に居たからか分からないが、案外通じるものだ。


 ロイは慣れた手つきで料理を始める。

 剣は握れなくなっても、包丁さばきは相変わらずだ。

 ちなみに俺が出来るのは食材を運ぶ事くらいしかない。

 それくらいならロイに一任した方がいい。


 リビングに目を向けると、ちょこんとセレナが椅子に座っている。

 セレナを1人で座らせっぱなしというのも失礼だろう。

 この時間を使って彼女の話を聞いておきたい。


 机を挟んでセレナの前にある椅子に座る。


 「狭いしボロいしですみません。山道も大変でしたよね」

 「そんな事ないよ!ここ最近は野宿も多かったし、昨日なんか森の中だったんだから、屋根があるってだけでありがたいよ」


 そう言えばそうだった。あの森での夜を乗り越えただなんてよく考えなくとも凄い事だ。

 となれば、昨日は一睡もしていないだろう。


 ならば、今日は話に付き合わせるより早く休んでもらう事が優先だ。

 この様子だと後何日かはここで暮らすことになるだろうし、踏み込んだ話はもう少し後でも間に合う。


 「今日はゆっくり休んでください」

 「お言葉に甘えて、そうさせて貰おうかな」


 彼女はそう言ってまた笑った。


 「ロ……エールの料理はすごく美味しいんですよ。きっとセレナの口にも合います」

 「本当!? もうお腹ペッコペコだよ〜。あ、ちなみにさアルマとエールさんってどういう関係なの?居候って言ってたけど」


 む、どういう関係かって。

 これも何か設定があった気がしたが。

 マズい、思い出せないぞ……。


 「え〜っと、これにはセレッタ海よりふか〜い訳があって……」

 「私が坊ちゃんに助けられたんですよ」


 振り返ると、水とコップを持ってきたロイがそう言っていた。


 「助けられたってどういう事ですか?」

 「私は家族に見放された身でして……あれは5、6年前の事でしょうか。ルクス王国の密林地帯にて私が自害しようとしていたところを偶然坊ちゃんに見つかり、止められたんです。それから、剣士としての活動をしている坊ちゃんと暮らしを共にさせてもらっているんです」

 「そんな過去があったんですね……私そういう話を聞くとすぐ悲しくなってきちゃって……うぅぅ……」


 あぁ、確かそんな設定だったな。

 妙に現実味があるからかえって覚えづらいとは言ったはずだった気がする。

 まぁ普通に「王国で二人暮らししてました」、なんて真実を言えるわけもないしこの設定は必要ではあるが。


 「そ、それじゃあ、エールさんは何でアルマの事を坊ちゃんって呼んでるんですか? 人族と魔族だし、血は繋がっていないんですよね?」


 セレナは目を擦りながら興奮気味に質問した。

 あまり掘り下げられるとボロが出てきそうで不安ではある。


「血は繋がっていませんが、家族は失った私にとって坊ちゃんは唯一の家族です。それに、私からしてみれば坊ちゃんはまだまだ子供ですし、そういった意味でも温かみのある呼び方の方が良いかと思って、そう呼ばせていただいています」

 「坊ちゃんなんて子供っぽいから名前で呼んでとは言ってるんですけどね……」

 「憧れるなぁ。こういう2人の関係」

 「そうですか?」

 「うん! 何か、『信頼』って感じがする!」

 「ははは、セレナさんは面白いですね」

 「そうだ! 他にも聞きたいことあって……」




 そこからはセレナの質問攻めが続いた………




ーーー




 「セレナはこの部屋で寝てください。僕の部屋なんですけど大丈夫ですか?」

 「本当なら床でも良いんだけどね……そこまで言ってくれるならありがたくベット使わせてもらうよ」

 「はい。それではおやすみなさい」

 「エールさんに美味しかったですって言っといて!」

 「さっき何回も直接言ってたじゃないですか……」

 「それくらい美味しかったってこと! おやすみ!」


 セレナはそう言って部屋の扉を閉めた。

 最後まで元気たっぷりだった。


 ただ、俺にはまだ仕事が残っている。

 一階に降りて、使った食器洗って、剣を磨いて、今日の荷物を整理して、明日の荷物を用意して……



 ロイと話し合いをしなければならない。

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