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第四話「付け焼き刃」

 大狼(ウルフ)

 体長は約2メートルから6メートル辺りが相場。

 灰色の体毛を纏い、その下にはとてつもない筋肉が隠されている。

 見たもの全てに襲いかかってくるほど、気性がとても荒い。

 その気性の荒さを逆手にとれば、聖剣流で簡単に受け流す事が出来るが、今は引き付けるために慣れない獣剣流で応戦しなければならない。



 狙うは大狼の首。

 一撃で仕留めるしかないこの状況において、狙う箇所はそこしかない。

 ただ、初撃で首を斬らせてもらえるはずもない。

 他の箇所は再生されると言っても、多少の時間は要する。

 先に足などを攻撃し、大狼を消耗させる。

 その隙に首を斬るという作戦だ。

 足止めにもなるしちょうど良いだろう。


 剣は限りなく地面に近い高さで大狼の前足に向かい、平行に軌跡を描く。


「だぁらぁぁぁ!!」


 剣は大狼の左前足を捕らえる。

 自分の思い描いた理想の軌道を通った。

 剣を振り切り、大狼の足は切り落とされる。


 「(次は右足だ……)」


 体と剣の持ち手を切り返して再び構える。

 大狼は獣剣流の速さに着いていけていない。

 再生しないうちに他の箇所を畳み掛けていけば必ず首は斬れる。

 いけるぞ。

 手数を踏めばいける……。



 ――いや、ここまで大狼の反応が悪いなら直接首に剣が通る気もするが……。



 何か嫌な予感がする。

 気性が荒いはずの大狼がここまで鈍い反応なのはおかしい。

 今の俺にとっては好機でしかないのだが……。

 ……いや、やはり慎重に行くべきだ。



 再び体制を低くし、大狼へ突っ込む。

 今日は獣剣流の馴染みもいい感じだ。

 さっきと同じ軌道でいけば……。


 「くっっ!?」


 剣は確かに大狼を捕らえた。

 しかし、その斬撃はそこにあるはずの右前足ではなく、鋼のような頭蓋に受け止められていた。


 剣を振り切るもその頭蓋には傷ひとつ付かない。

 むしろ、剣を振り切った反動で体制が崩れ、その隙に大狼が俺の腹に右足で打撃を加えてくる。

 これは、防げない。



ーーー



 「ぐはっ!!」


 後方の木までぶっ飛ばされた。

 背中と腹に激痛が走る。


 「くっ……燦々たる力を我に『ヒーリング』!」


 即座に治癒魔術を唱える。

 痛みが紛れたのも束の間、正面から足を再生した大狼が突進してくる。


 朦朧する意識の中、構えを獣剣流から聖剣流に切り替え、

 剣を下段に構える。


 ――これなら、これなら決まるはずだ……。




 しかし、剣は空を斬った。


 領域に入ったはずの大狼はそれの後ろにいる。

 少し浮いている事から、前足を上手く使って領域に入った瞬間に

 後ろに跳ねて躱したことが分かる。


 この大狼はそこらの大狼と違い、学習している。

 聖剣流の動きを1回で理解し、対策を練り対応した。

 それなのに俺は一度見せたものを再び繰り出した。

 相手を侮り、一度の成功体験で突っ走った。



 こうやって、前のパーティも死んでいったのだろうか。



 大狼は着地し、後ろ足を使って再び突進してくる。

 今度は頭蓋が腹に飛んできた。

 避けれられるはずもなく、痛みより先に骨の折れる音が体に響く。


 体は地を這って、土と落ち葉を巻き上げる。

 体制を立て直す事が出来ない。

 今は逃げるしか、逃げるしかない。

 

 痛みに耐えながら治癒魔術を唱えようにも、大狼は攻撃の手を休めて来ない。

 こちらが反撃する隙を作らせない。


 朦朧とする意識の中、走り続ける。



 ――ただ単に突っ込んで来るように見せかけ、相手が油断してくるところを、突く。

 一度突いてしまえばそちらの流れということか。

 良く考えられた作戦だ。


 本当に、良く考えられたもの……





 死ぬぞ、俺。このままでは間違いなく死んでしまう。

 しかし、聖剣流も獣剣流も対策された以上、俺には撃つ手がない。

 見せてない手札はあるにはあるが……無理だ。

 この状況、成功するはずがない。

 仕掛ければ返り討ち、仕掛けなければ相手の思う壺……。


 「あっ……」



 気づけば衝撃と共に顔が地面と接触していた。

 足には何も引っ掛かっていないのに。

 早く、早く立ち上がらなければ――



 しかし、



「(……立ち上がれない……。膝が震えて…何で……いや、先に治癒魔術を……)」


 何も出来ない、頭では分かっているのに。





 圧倒的な相手の前に完全に体が萎縮している。

 平伏している。

 努力して双流派を習得した結果がこれならあまりにも酷い。


 いや、聖剣流に絞っていたら今頃青級が板についてきた頃だろうか。

 聖剣流を極めておけば、今のように逃げ惑う事しか出来ない事にはなっていなかっただろう。

 むしろ獣剣流を極めておけば、この大狼にも対応されないほどの剣技を繰り出せていただろう。


 目と鼻の先まで大狼が迫ってきているというのにそれでも不思議と余裕がある。

 考えるのが疲れてきたからだろうか。

 ここまでよく頑張ってきた方だと思う。

 そもそも俺1人でどうにかできるものではなかった。

 この依頼も、父上が仰られた事も。


 何も考えずこのまま


 死ぬっていうのも


ーーー




「……良いわけないだろうがああぁぁ!!!」

「エクスプロージョン!!!」




ーーー



 俺の声に重なり、何か声が聞こえた。

 明らかに大狼の声ではない。

 その瞬間、頭の上を抜けてきた火球が目の前に現れ、俺と大狼を巻き込んで爆発した。

 俺には負の呪いによってその魔術が作用する事はなかったが、大狼にとっては宙を舞うのに十分な威力だった。


 それにより隙が生まれた大狼を見て、確信した。


 ――俺は1人ではない。

 

 父上だってロイだって俺を見捨てる事はなかった。

 それなのに俺は何を考えていたんだ。

 死んでいいわけないだろ。

 

 俺は俺の使命を達成するまで絶対に死ぬことは許されない。

 それを今救われたんだ。

 借りは100倍にして返せとロイに言われたことがあったな。

 そうしよう、きっとそうする。



 軌道は迷わない。

 


 『獣剣流剣技「上顎」』


 上段から放つ亜音速に達する斬撃

 喰らった者は獣に噛まれた錯覚に陥るほど

 「下顎」と組みで扱われ、獣剣流の軸となる





 着地と同時に後ろで肉塊が落ちる音が聞こえる。

 1つ大きい音、1つそれより小さい音。

 先に体が落ちてきたことが分かる。

 しかし、またしても振り下した剣に手応えは残らなかった。



 振り返るとそこには首を切られてもなお立ち上がる大狼の姿がある。

 とても生きているようには見えないが、殺気が途絶える事は無い。


 ()()はまたしても俺に飛び掛かってくる。

 肩で呼吸し、切られた首から血を散らし、ただ一心不乱に獲物のみを狙う。

 まさに獣を体現している。

 これまでに無かった雰囲気を感じる。


 ただ、その雰囲気は俺にとって好機でしかなかった。


「……綻びたな、大狼」


 腕は自然に動く。

 俺は本番に強いんだ。




 『聖剣流青級剣技「嘲哀」』




ーーー




 「(よいしょっ、軽いな……)」


 木の影に倒れていたその姿は杖がなければ魔術師にも冒険者にも見えない。

 身長は高いが腕も腰も足も細い。

 背負ってみれば案の定あまりにも軽い。

 ここまで華奢な体で今までの冒険をどう乗り切ってきたのかは想像がつかない。

 思い返してみれば父上もこんな感じだった気がするが、同列に語る相手ではないだろう。


 意識は戻っていないが、息はしているし心臓も動いている。

 魔力切れで間違い無いだろう。

 ということはもしかしなくても、あの爆発(エクスプロージョン)はセレナーデさんの魔術だ。

 とっくに遠くへ逃げていると思っていたが……この人がとてつもないお人好しだということが良く分かる。


 ただ、そのお人好しのお陰で大狼に勝てたのは紛れもない事実だ。

 あの爆発には大狼しか巻き込まれず、その隙に斬撃を叩き込めた。




 だが、それは俺が逆子だから成功したのであって、普通なら大狼と一緒に吹き飛んでいた。

 大狼はただ吹き飛んで隙が生まれるだけで済むかもしれないが、こちらは致命傷だ。

 あの状況なら止めが入っている。

 それにセレナーデさんが俺が逆子である事なんて知る由もない。

 そもそも森の中で火魔術を使う事も最善とは言えないし、結果的に良かっただけで……


 

 「良かった、のか……」


 結果として死ぬ可能性もあった。むしろ可能性でいえばかなり高かっただろう。

 ならばこの状況を泣いて喜ぶべきではないだろうか。

 しかし不思議とそのような気持ちは湧いてこない。

 この状況を手放しで喜んではいけない何かが俺を邪魔する。


 「いや〜本当によかったですね!」

 「まぁ結果的にだけどな……」



 ん?



 「って、起きてたんですか!?」

 「背負ってもらっちゃってすみません……。降りたい気持ちは山々なんですけど

こうなっちゃうと足がもう動かなくて」

 「あぁ、分かります。何もしたくなくなりますよね」


 そう言ってみるが俺は魔力切れは起こした事はない。


 「この程度でバテてたらいけないのは分かってるんですけどね。才能がないんです」

 「そんな事ないですよ。セレナーデさんがいなかったら今頃大狼の胃袋ですね」

 「怖い事言わないでください! あと、セレナーデさんではなくてもっと柔らかく『セレナ』って呼んでください。皆からはそう呼ばれてましたから!」

 「いや、それは遠慮しておきます」

 「え〜じゃあ私は『アルマ』って呼んでいいですか?」

 「それはご自由に」

 「やった!」


 よく喋るな、この人は。

 俺が日常で会話する機会なんて家でロイ、ギルドでニックぐらいだし、話す事自体は好きでも嫌いでもない。

 でも、こんなに楽しそうに話してくれるのはやっぱり嬉しい。

 人族助けした甲斐があるってもんだ。

 話の流れで断ってしまったが、彼女が良いっていうならこちらもセレナと呼ばせてもらおう。


 「僕は今からギルドに戻りますけど、セレナはどうしますか?」


 ……返事がない。

 え、死んだ?


 「スー……スー……zzz……」


 寝てしまった。

 なんとも自分勝手な人だ。


 セレナもギルドの依頼を受けて森に来ていたから一緒に向かった方がいいだろう。

 パーティメンバーは全員死んでしまったみたいだし、解散手続きもしなければならない。

 気の毒だが、冒険者である以上致し方ない事だ。


 しかし、こういった状況になっても明るく振る舞えるのは才能だと思う。

 シロアからここまでの道のりで色んな事を経験しただろう。

 それらを共有した仲間が死ぬなんて俺なら絶対耐えられない。


『セレナにアデア様のご加護があらんことを』


 アデア教徒ではないけど、何か言いたくなった。

 セレナはやっぱりアデア教徒なのだろうか。

 さっきの礼法の件もあるし、ギルドに着いてから詳しく話してもらう事にしよう。

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