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第三話「幾度の刹那」

 カラク大森林に来るのは何気に初めてである。

 大抵俺に出される依頼は西側にある名もなき森林のものだった。

 そことここでは色んな意味で雲泥の差がある。

 森の規模が違えば生息している魔物の強さも違う。

 勿論それに伴って依頼のランクが変わるから報酬も桁違いである。

 そんなところにこの俺が呼ばれた。

 最近は依頼をこなす数も増えてきて、ギルドの信頼を得ていっているからなのではと考えたりするが、今回のは何か裏があるような気がしてならない。


 森の奥へと進みながら考える。


 「最初のC級パーティが1匹倒したのに、その後のパーティが

1匹も倒せずに死んでいっている……か」


 ――うん、何かがおかしい。

 2回目のC級パーティが全滅したのは、同じC級でも力の差はあるよなで済ませられるが、3回目に至ってはB級とC級のパーティが連合で向かったにも関わらず、成果は無くパーティはそれぞれ半壊。

 こんな事が起きているなんて知ったらそりゃ誰もこの依頼を受けないわけだ。納得納得。


 納得はしたが解決はしていない。

 とにかく、B級パーティが達成できなかった依頼のおこぼれは初めてだ。

 これを達成すればギルドの奴らから一目置かれる存在……にはならないと思うが、きっと名前くらいは売れるだろう。



ーーー



「見つからん」


 大森林に進入してから2時間が経った。

 森の扱いは慣れている方だと思っていたようだが、考え事をしていたり、他の魔物の相手してたりするといつの間にそんな時間が経ってしまっていた。

 夏は日が落ちるのが遅いが、それでもそろそろ焦らなければいけない時間である。


 1人だとどうしても効率が悪くなってしまう。

 特に今回のような標的を探しに行く依頼だと1人より大勢で向かった方が良いのは基本的な考えだ。

 都合よく森の中に一緒に探してくれる人が居たらと思うが、あいにく今この森に入ってこれる者はいない。


 あ。


 しかし、ニックが言っていた事を思い出した。


 『追記に書いてるように、C級ギルド員が1人森に残ってる。

 残ってるというか留まってるというか置いてかれたというか。

 まぁそういう事だからそいつと合流した方がいい。

 昨日の事とはいえ、もう死んじまってるかもしれねぇけどな。』


 依頼の内容に驚愕していてよく聞いていなかった。

 そうだ。

 森の中に1人残ってるって言ってたな。

 その人見つけてからにした方が良いか。


 ただ、実際手間が1つ増えただけである。

 残党が1人加わった程度で状況が変わる気はしない。



 ……しかし、これも慈善の一環だ。

 今の俺に断れるものなど無い。

 全ては魔族以外の為なのだ――



「ヴルガアアアァァァァァ!!!!!」




 その瞬間、遠くから何か音が聞こえた。

 間違いなく魔物の声だ。

 すぐに腰の剣に手を掛け、声の出どころを耳で探る。


 「南か!」


 まだ完全に探索が行き届いていなかった南方面からの声だ。

 勘が外れた。


 俺は下唇を噛み、足は自然と動き出した。




ーー??視点ーー




 いつも生き残るのは私だ。

 なんで私だけ……私だけなんだ……。


 でも今日で悩むことはなくなる。

 足は動かないし、魔力も底を突く。

 依然、噛まれた肩からは血が流れている。

 近くで大狼の雄叫びも聞こえた。

 皆の所へ行くのは時間の問題だろう。


 これで良いんだ。

 託されてきたものは果たせなかったけど、

 私なりに頑張ってここまで来たんだ。

 きっと許してくれるだろう。


 「……」


 いつもならこんな事思わないのにな……。

 一番悔しいのは自分のはずなのに。

 「限界」の言葉が体を巡って脳まで届いているようだ。


「もう……いいよね? 姉さん……」


 寄りかかっている木を挟んで、向かってくる大狼の足音を背中で感じる。

 死が近づいてくる。

 終わりが近づいてくる。

 無力だ。

 旅をして何を身につけたというのだ。

 起こる出来事をただ眺めているだけだった。

 だから死ぬ。

 当然の報いだ。


 足音は次第に大きくなる。

 次第に、次第に、次第に、次第に……


 目を閉じ、息を呑む。


 でも……死にたくない……。





ーーー




 刹那、起きた事を理解した者はただ1人だった。


 1人は目を瞑り、死を悟っていた者。


 1人……いや、1匹は乱入者の存在に気づかず、自身の体を真っ二つにされた者。


 そして1人は全速力で地を駆けながら、標的に向かって腕いっぱいに剣を振り下ろした者。


 この中に英雄がいる事は言うまでもないだろう。





ーーー



 「って、うおぉぉっっ!!!」


 勢い余って向こう側にぶっ飛んでしまった。

 体が足についていけなかったようだ。

 急いで大狼を視認しようにも、頭から大粒の汗が垂れてきて前がよく見えない。

 だが、確かに胴を真っ二つに斬った。

 これで死んでいなければ困る。


 腕で顔を拭おうとした、その時。


 「ワオオオオォォォォン!!!!!」


 鳴き声が頭に響く。


 「まだ生きてるのかよ!!」


 しかし、よく見ると体は完全に分断されており、

 上半身のみがまだ生命活動を維持しているようだった。

 即座に剣を握り直して大狼に狙いを定める。

 何かを訴えるかのように吠える頭を思いっきり撥ねた。

 何をしてくるか分からない以上、この有利な状況で止めは刺しておくべきだろう。


 今の雄叫びで恐らく残り1匹の仲間を呼ばれた気がする。

 今は奇襲のような形で自分から仕掛ける事ができたが、次は狙われる側になる。

 集中しろ。

 神経を研ぎ澄まして――


 「えっ……私……生きてる!!!???」


 明らかに大狼ではない声が聞こえた。

 

 振り向いてみると、木の陰に座り込んでいる長い金髪の女の人がいた。

 年齢は……俺と同じくらいか?

 全然気がつかなかった。

 いや、標的に意識を集中させていたという事にしよう。

 ただ、ここにいる人というのはつまりそういう事だ。


 「あの……大丈夫ですか? C級ギルd」

 「あああぁぁぁぁ!!! 大狼が、死んでる!!!」



 急に立ち上がって何を言い出すんだこの人は。

 だが、この人が取り残されたC級ギルド員に違いない。

 自己紹介なんてしてる場合じゃないが、まずは落ち着かせなければ。


「こんにちは。僕はアルマといいます。C級ギルド員の方ですよね?」

「あっ、こんにちは。これって貴方がやられたのですか?」

「えっと……そうですね。見てませんでした?」


 なんだこの人。

 質問に答えられない呪いでもかけられているのか。

 しかも俺の勇姿を見ていなかったなんて……いやいやそれはどうでもいい。

 あとめっちゃこっち見てくるし、って……。


 「すごい!1人で大狼倒しちゃったの!? 感動〜!! 私なんか手も足も出なかったのに、こうやって剣でズバ〜ンといったんでしょう? アルマ君って言いました? 魔族の方で剣士をやっている方初めて見ました!! 嬉しいです!!」


 彼女はいきなり俺の手を握りながら饒舌になった。

 しかも君呼びで。

 異様に馴れ馴れしい。


 しかし、俺が他人から褒められる事なんて滅多にないことだ。

 俺が依頼を達成してきてギルドの奴らに褒められた事なんて一度もないのではないだろうか。

 噛み締めて味わいたい所だが、何回も言うように今はそんな事してる場合じゃない。


 「あの! C級ギルド員の方ですよね!?」


 少し強い口調で聞く。


 「あっ、はい。申し遅れました、セレナーデといいます。」


 彼女はそう言って、左手で杖を持ち、右手を胸に当てながら頭を下げた。



 ――俺はこの礼法を知っている。

 北方大陸のものではない、シロア大陸のものだ。

 シロアからここまでは果てしない距離がある。

 冒険者か国のお偉いさんでもない限り、シロア出身の者がまずここに訪れる事はないだろう。


 ただ、シロア大陸でこの礼法を教わる身分ということは……まぁ今は関係ない。


 「分かりました。詳しい話はまた後にするとして、セレナーデさんも知っている通り、まだ1匹大狼が残ってます。」

 「まだ1匹いるんですか!?」

 「今倒したので2匹目ですから」

 「という事は、あれから状況は何も変わっていなかったって事ですか……」


 そういう事になります。

 出来るなら討伐を手伝って欲しい所だが、どうやら肩を怪我しているみたいだし、諸々込み込みで戦力として期待できそうにない。


 「取り敢えず、今こいつに仲間を呼ばれてしまったので、もう1匹ここに向かってくるはずです。」

 「なら、私も戦います!」

 「いえ、セレナーデさんは怪我もしているようですし、どこかで身を潜めておいてください」

 「肩の事ですか?心配しないでください。私は魔術師だから何とかなります!」


 激しい動きをしないからと言いたいのだろう。

 だがしかしそういう問題ではない。


 「では、先に治癒魔術をかけたらどうでしょう?」

 「それは出来ません。今は魔力が底を突きそうでこれ以上魔術を使うと……って、

それじゃあ戦えませんでしたね!」


 笑顔が眩しい。

 魔力切れ寸前の人とは思えない。

 しかし俺も彼女に治癒魔術をかけてあげる事が出来ない。

 魔力は有り余っているが、逆子であるため使い所は自分しかない。

 

 自分にしか、自分の魔術が作用しないのだ。


 




 「とにかく、今すぐにでも仲間が来てもおかしくないのでセレナーデさんはどこかに隠れて――」


 俺は彼女の目を見てそう言った。

 そう言ったはずだった。

 しかし、俺の視界は




 彼女の背後から駆けてくる1匹の大狼に奪われていた。




 「避けて!」

 「えっ!?」


 考えるよりも先に手は剣に伸びた。

 セレナーデさんも大狼の存在を察知し、俺の背後に隠れる。


 「セレナーデさん! 身を屈めてください!」

 「分かりました!」


 剣先を地面に向けながら高鳴る鼓動を落ち着かせ、構える。

 この下段の構えは俺の生業である。

 必ず、仕留める。



 「ウガアアアァァァァァァ!!!!」


 大狼は跳んだ。

 上から来る。

 だが、前でも上でも俺の領域だ。

 手の力は抜く。

 ただ感覚に身を委ねて。



 『聖剣流上級剣技「覚」』




 自身の間合いに侵入してきた者に対し、斬撃を喰らわせる技。

 感覚を研ぎ澄ます事により、最適な軌道で斬撃を繰り出せる。

 聖剣流の軸となる。





 剣を振り上げる。

 それは確かに大狼を捉えた。

 ただ地に降ってきたのは、左前足だった。


 大狼は俺らの背後に回り、少し距離をとって

 睨み合いになる。


「ちっ……」


 仕留め損なった。

 しかし前足を斬った今が好機か。

 対面時のこちらからの仕掛けは得意ではない……だから聖剣流の戦い方でいくしかないか。


 なんて悩んでいるうちに、斬ったはずの左前足が既に再生されている。

 1匹目のように、一撃で仕留めないと再生されて意味がない。


 「大丈夫ですか……?」

 「長くなりそうです……。僕の近くにいない方がいいかも知れません」


 セレナーデさんに敵意が向く事は避けなければならない。

 ならば俺が大狼を引き付け、その隙に逃げるしかない。

 引き付けるということは、構えていては駄目だ。

 自分から仕掛けなければ注意は引けない。


「合図を出します。僕があいつの注意を引くので、セレナーデさんはその隙に逃げてください」

「いや、でも……」


 会って本当に短時間しか経ってないが、この人の性格は大体理解した。

 強く言わないと聞いてくれないだろう。

 ……致し方ない。


「戦えないなら邪魔です。早く行ってください」


「……分かりました」


 また1つ魔族の評判を悪くしてしまった。

 セレナーデさんはそうでもなさそうだっただけに、悔いが残る。

 だが、しょうがない事だ。


 「……いきますよ」


 それよりも大狼に集中しなければならない。

 剣を腰に構え、獣剣流の動きを頭に思い浮かべる。

 ここまでの相手に獣剣流で対応した事はない。

 しかし、やるしかない。



 「走って!」



 合図と同時に、2人は走り出す。

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