第一話「『剣士』アルマ」
アルマの朝は早い。
今日の寝起きは最悪だった。
ベッドからゆっくりと体を起こし窓から外を覗いてみると、空一面に広がるどんよりとした雲。
自宅周辺は木々で囲まれているが故、さらに陰気臭さが増している。
それは寝起きが悪いわけだ。
昨日は夜遅くまで仕事だったしそれも原因であろう。
曇りが嫌いな俺は空を睨み続ける。
だが、そんな事よりも気になったのは体調だ。
「体がバキバキだ……」
ベッドから降り、ダイニングへと向かう。
ーーー
「おはよう、ロイ」
「おはようございます、フィリウス坊ちゃん」
ダイニングではロイがいつも通り朝食の準備をしている。
お先に着席するとしよう。
「お疲れはいかがでしょう?」
「いや、昨日はかなり堪えたよ。遠くから火球打ってくるだけかと思ったら急に突進してくるんだ。森の中だったから火球も体で何とか受け止めないといけないし」
「ははは、それは災難でしたね。ですが向こうから近づいて来なければフィリウス坊ちゃんの攻撃は当たらないでしょう?」
「あぁ、だからこれは受けるべきじゃなかった。依頼も選んでいかないと体がもたないよ」
そう言うとロイの表情が曇った。
曇りが嫌いだと言った矢先これとは、幸先が悪すぎる。
「やっぱり、金足りないか?」
「えぇ……お言葉ですが、正直このままだと今年の冬すら厳しいかと。冬は依頼も滞りますし」
「そうか……」
「ですが、フィリウス坊ちゃんの健康が侵されるようなことがあれば金が有ろうと無かろうと関係ありません」
「ありがとう。でも依頼を選ぶなんてことはやってられないな。俺ももう子供じゃないんだから自分の体調は自分で調整すればいくらにでもなるよ。ロイがそこまで心配することじゃないって」
ロイは「そうですね」と言って微笑んだが、心の内は大体分かる。
心配させたくないのは山々なのだが、俺が潰れたらロイもろとも天国行きと言って良いだろう。
いや、魔族は天国には行けないか。ロイ1人で行かせるのは少し可哀想だ。
そんな事はどうでも良いのだが、俺たち2人の生活は全て俺にかかっている。
立場上依頼を選ぶなんて悠長な事はできない。一家の大黒柱としても、魔族としてもだ。
だが、何でもかんでも依頼を受ければ良いというわけでもない。
どの依頼で、いつ足をすくわれてポックリ逝ってしまうかなんて自分では分からない。
矛盾が1つ生じているという事だ。う〜む…どうするべきか――
「あの……? 大丈夫ですか? 食事が進んでないようですが……」
「……ん? あ、あぁ、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだって。それにしてもロイの作る飯は美味いなあ! これさえ食べればどんな依頼も達成出来る!」
「はは、そう言ってもらえるのは嬉しいですが、少し無理してませんかね……」
ーーー
朝食を食べ終わったら、自室に戻り仕事の準備をする。
・剣 俺の相棒。手入れは毎日欠かさず行っている。
・ギルドライセンス 自分がギルド員である事を証明するために必要。
・水筒 水魔術が使えない以上水分補給も儘ならない為、常備している。
相変わらず荷物は少ない。
かと言って他に何か必要かと言われたら答えられない。
パッと依頼達成して、パッと帰ってくるから荷物なんぞこの程度で良いのだ。
今日も依頼は俺を待ち望んでいる。
一仕事、頑張らなければ。
フィリウスとしてではなく、
剣士『アルマ』として。
俺はこの時、今日自分の身に降りかかる出来事など、知る由もなかった。