1.光の王国の闇5
2022.2.12加筆
「ーーーーそれでこの吹雪の中、毛皮でぐるぐる巻きにして深傷を負ってる女性を、ここまで連れてきた、と」
瑠璃色の大きな瞳でジンを睨みつけながら、目の前に座る美女はゆったりと言った。
ジンはこくりと頷く。
「ここの方が、町からも近くて安全かと・・・」
あれから3日ほど過ぎていた。
1人なら1日足らずで着くこの街も、傷を負っている彼女を抱えて雪深い山道を進むとなると倍以上の時間が過ぎていた。
水の国の雪の街、リエルズ。
1年のほとんどを雪に囲まれた辺境の地。
そこを治める領主である女性に告げた。
「まったく・・・」
女性は深い溜息をつくと、立ち上がり葡萄酒をグラスに2人分注ぐ。
「応急処置と止血はしたんだけど、3日前から目覚めないんだ」
ジンは一口、葡萄酒に口をつける。
度数つよっ。
美女は顔色一つ変えず、一気にグラスを飲み干していた。
どんだけ強いんだよ。
「まったくお前という奴は・・・で、誰かに会ったか」
「・・・街の入口で、毛皮買う時に少しだけ」
「ニサ」
女性は部屋の隅にいた執事に声をかける。
「はい、フィル様」
そして頭を下げて部屋を出ていく。
その雰囲気に、ジンは口を開く。
「コイツ。やっぱヤバい奴なのか?」
「・・・ああ」
フィルと呼ばれた女性は、もう1度溜息をつく。
「この街にとっても、な・・・だがそれでもお前はココに連れてきた。何があった」
ジンはスーテランの町で起こった事態を説明する。
「ふん」
一通り聞き終わったフィルは、葡萄酒を再びグラスに注ぐ。
「叔母さん!コイツが何者なのか教えてくれよ!」
言った途端、ジンはしまったと思った。
フィルの目つきがかなり鋭く、殺気さえ感じる。
「何か言ったか?」
「いや・・・フィル姉貴」
フィルはそこ言葉に満足したか、殺気をおさめる。
まったくおっかねえな、相変わらず。
フィルは、ジンの母親の腹違いの妹にあたる。
とはいえ母とは10歳以上も離れており、むしろ俺とのほうが歳が近い。
ゆえに叔母さんなんて呼ぶなと、いつも言われていた。
以前に冗談めかしに言った時は、首元に剣を突きつけられたほどだ。
氷の女傑と言われるほど腕の立つ剣術と水と氷の魔力、その冷たい美貌で知らない人はいない程の人物だ。
「ジン、迂闊だぞ。これだからお姉様が苦労なさるのだ」
吐き捨てるようにフィルは言うと、寝台に横たわる少女を見た。
目を細め、愛おしそうに寝台の横に座ると薄金の髪の毛を撫でる。
「・・・彼女はアリスラン王女だ」
深い溜息をついて、フィル姉は言う。
アリスラン王女。
この国の第五王子の娘。
妃であるナリージャ妃とは、フィル姉は懇意にしていたはずだ。
顔見知りなのも頷ける。
身につけている衣服は質素ではあるが、全て上質な布だとは思ったが王女だったとは。
「だからか・・・コイツの左目、黄金に光っていたぞ」
「ーーーお前、見たのか」
「一瞬だけ、意識を取り戻したからな」
フィルは寝台を離れると、元座っていたソファに座り直しジンを見た。
「今、この国は非常に危うい」
「分かってるよ、あの皇太后だろ」
現王よりも王太后のほうが権力を持っている。
先代王よりも年若い皇太后は、昔から着実に権力を手にしていた。
本来なら自分の子を王位に据えるつもりだったのだろう。
彼女の誤算は、先代王の長い寿命と相次ぐ自分の血を分けた王子の死だ。
この国の王になるには条件があった。
第一に、女神と同じ髪色と瞳をもつもの。
女神の化身とされ、全精霊からも愛される存在でなければ、国が荒れるとされている。
第二に、王との血の繋がりのある直系の子孫であること。
創世王である彼女の血統がなければ、精霊からの祝福が得られないとの言い伝えだ。
結局、どれほど権力をもっていようが、皇太后は王にはなれない。
自分とは血の繋がりのないロイ王を据えるしか道がなかったのだ。
「じゃあ皇太后か、彼女を襲わせたのか?」
「それなんだが・・・」
この後にフィル姉から続いた言葉に、俺はただただ驚くしかなかったのだ。