1.光の王国の闇10
2022.2.13加筆
これは夢。
夢というか、過去に実際にあった出来事。
アンを手元に置いて以来、繰り返し見てきた夢。
光の国の皇后様・・・ナリーと出会ったのは、姉と学友だったからだ。
リエルズの冬は寒く長く厳しい。
学校に通う為、一番近い町であるスーテランの別宅へ毎冬フィルと姉はいた。
男爵の屋敷も近く、姉とナリーは歳は少し離れていたが仲が良かった。
姉が闇の国ウステラスに嫁いだ後も、フィルとナリーの交流は続いていた。
ロイ殿下と結婚すると聞いた時は、本当に驚いたものだ。
だけど、離宮はスーテランから比較的近い場所にあり、フィルも頻繁に訪れていた。
だけど王宮に上がって以来は、滅多に会うことはなかった。
ナリーの立場があまり良いとはいえない状態だったので、彼女が水の国を継いで間もない私に迷惑がかかると思っていたに違いない。
だがある日。
そう、行方不明になる少し前。
ナリーに光の王宮へ呼び出された。
光の王宮は、他の国とは違い特別だった。
地形的に5つの国の中心にあるからだけではなく、私たちの国をまとめる大きく重要な国だ。
それゆえ光の国では、皇帝と呼ばれている。
嫌な予感がして、早馬で王宮に急いだ。
侍女に連れられ案内された部屋は、薄暗く湿っぽい場所だっだ。
我が国の皇后がこんな一室に!?
怒りがふつふつと込み上げでくる。
部屋に通され、ナリーを見た瞬間はっとした。
痩せたな。
ここは淀みが酷くて、普通の人間ならととっくに正気を失っていそうなところだった。
だけどナリーは凛として美しかった。
最後の命を燃やしているように・・・。
認めたくはないけど、彼女の死期は近づいている。
案内してくれた侍女はいつの間にかいなくなり、部屋にはナリーと2人だけになった。
部屋付きの侍女はどうしたのだろうか。
現状を憂いでナリーの側を去ったか、はたまた・・・。
「馴染みの侍女たちはね、みんな娘の元や風の国に返したのよ」
私の様子を察したかのように、ナリーはベットから起き上がり告げた。
「ナリー!こんなところ早く出ろ!このままいけば!」
「だめよ、フィル。私がここをでたら娘達が危ないわ」
その顔を見て思う。
ああ、貴方はもう決めてしまったのだと。
誰が何を言おうが、聞き入れる気はない。
昔からおっとりしている癖に、妙に頑固なところのある彼女のことだ。
決して信念を曲げる気はないのだろうと。
「私ね、最近になって思うの。母は私の未来が視えていたんじゃないかって」
「だけど先見の力は、血族の者に対しては視えないはずでは」
未来を視る力は自分や、自分の近親者の者は視えない。
そう言われている。
恐らく感情が邪魔をして、正しい未来が視えない為ではないかと思うが。
「母の魔力は強力よ。精霊の加護も厚い。稀代の先視と言われてる力は本物よ。規格外の力をもっていても当然だと思うの」
ナリーはそう言うと遠い目をした。
「ロイとの結婚に、母は大反対してたって知ってるわよね。結局私が父に泣きついて説得してもらったけど」
「・・・ああ」
多忙を極めていた稀代の先見の、ナリーの母にはフィルも数えるほどしか会ったことがない。
常に凛としていて、どちらかというと感情をあまり表に出さない、冷たい印象の人だった。
国の内外、王室や貴族、庶民に至るまで、彼女は分け隔てなく接しているため、ひっきりなしに来客がやってきていて、本当にいつも忙しくしている印象だった。
子供達のことも、主に夫である国王に任せていて、あまり口を出してこなかったのに。
そんな叔母さんが、ナリーとロイ殿下との結婚は大反対していたのは、ものすごく印象に残っている。
「父は、ラーハ皇太后との事で反対しているんだろうって言ってたけど、それだけじゃないと思うの。娘たちをもって分かったわ。子供たちの幸せを思うのは親として当然のことですもの」
ナリーは儚く、本当に美しく微笑んで、言葉を続ける。
「今の状況、これから起こること、本当は全部分かってたのかもしれないって、思っていたの」
「ナリー・・・」
「父が亡くなった時も、ある程度覚悟と準備をしていたと思うの」
ナリーの父スーテラン男爵は、病の為亡くなった。
アリスランの妹が産まれてすぐのことだったと思う。
その時の、ナリーの母の悲しみ方は相当なもので、私自身が持っていた冷たい印象を払拭するほどだった。
「父を亡くしてからの母の嘆きは相当なものだった。覚悟はしていたと思うのよ。でも先のことは見通せても運命は変えれない。そのことを酷く嘆いていたのよ」
ナリーの母は、葬儀の一連の儀式が終わると、スーテランの町で迷い森と称される森へ移住し、屋敷へは滅多なことがない限り戻ることはなくなった。
恐らくナリーも長らく会っていないはずだ。
「言われてみれば、移住もえらく早くされたな・・・前もって準備していたということなら納得だ」
「母は、この世を憂いだ。そして自分の能力も、先見をすることの意味を見失ったんだと思う。自分の能力は何の役にも立たないと思っているのよ」
だって最愛の人を救えなかったのだもの。
伏目がちにナリーが言うと、一筋の涙が見えた。
「ナリー・・・」
「あ、ごめんなさい。今日フィルに来てもらったのはね、お願いがあってきたのよ」
一転、笑顔で私を見た。
「お願い?」
「うん、アンのことを頼みたいの」
「ナリー?!」
「私、こんなでしょ。これから先に起こること、私は黙って受け入れるしかない。子供たちの力になってあげることは出来ないのよ。だからね、親友の貴方にお願いしたいの」
彼女は決意をもって私に話をしている。
きっと変えることはできない。
私の用意されている返事は「YES」だけだ。
「・・・エルはどうするつもりなんだい?」
「エルはね、お姉様に頼もうと思ってるの。エルは私より先見に関しては才能あるし、本当はねお母様にお願いするのが一番だと思うのだけど、きっと母は森から出るつもりはないでしょうから」
「・・・分かった。アンのことは引き受けよう」
「ありがとう。迷惑かけちゃってごめんね」
ナリーは頭を下げた。
「やめてくれ、そんなこと・・・私にとっても大切な人なのだから」
「ふふ、フィルのそんなところ、大好きよ」
ナリーは本当に嬉しそうに微笑んだ。
そして何かを思い出したかのように、はっとした顔をして私を見つめる。
「アンのことなんだけどねーーーー」
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「フィル様!!!」
突然、現実に引き戻される。
目を開くと見慣れた天井。
ああ。
久しぶりにあの夢を見たのだと思う。
繰り返し何度もみてきた夢。
「フィル様!大変なことが!」
冷静沈着な執事とは思えない声が、フィルの頭を覚醒させる。
良からぬことが起こっているに違いない。
身体を寝台から起こし、フィルは執事を見る。
「何があった」
「屋敷の庭内にーーー」
次の瞬間、恐れていたことがやってきたことを実感した。
時がきた、のだと。