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「もうっ、何を着ても可愛いわね! 本物のお人形さんみたいじゃない!」


 着飾ったエデを見て、ふくよかな婦人が相好を崩す。ドレスがよく見えるようにエデが気取ってターンをすると、婦人……ルカの母親であるディアードラは黄色い声をあげた。


「こんな素敵な服をいただけるなんて夢みたいです。ありがとうございます……お義母かあさま」

「やだぁ、お礼なんていいのよ。それより、もう一回言ってくださらない? その……」

「お義母さま?」

「きゃあ〜〜〜〜!」


 両頬を押さえ、ディアードラは悶絶した。大げさだと思わなくもない。照れくさかった。


「まさかわたしにこんな綺麗な娘ができるとは思わなかったわぁ。手足なんて小枝よ、小枝。お顔、わたしの手のひらより小さいじゃない」


 今日、ルカの両親のもとに挨拶に行ってから、ディアードラはずっとこの調子だ。

 ルカはもちろんルカの父であるセオも彼女には頭が上がらないらしく、その勢いに押し切られるままエデはディアードラに連れられブティック巡りで着せ替え人形になっていた。最初はついていこうとした男性陣も早々に脱落し、留守番を言いつけられている。


「ずっと娘が欲しかったのよねぇ。こんな素敵なお嬢さんが娘になってくれるだなんて信じられないわ。ルカには感謝しないと」


 ディアードラは上機嫌だ。彼女の緩みきった頬は、エデの目から見ても作り物には見えない。


 それでも、不安に思うことはある。エデを押し切り会計を手早く済ませてしまうディアードラに、思い切ってそれをぶつけてみることにした。


「あ、あの。お義母さまは、あたしで本当にいいんですか? あたしの仕事は、その……」

「知ってるわよぉ、女優さんだったんでしょう? でも、それがなぁに? 商人の妻ですもの、名前が売れてて悪いことなんて何もないわ。息子がこんな美人さんの心を射止められたなんて、むしろ鼻が高いくらいよ」


 ディアードラは肩をすくめる。お世辞には聞こえなかった。


「ルカはもろもろ承知で貴方を選んで、貴方も全部織り込み済みでルカを選んだ。なら、それでいいじゃない? 親とはいえしょせんは別の人間よ、ルカもいい大人なんだしとやかく口を挟む気はないわ」


 ディアードラはあっけらかんと答える。「さすがに浮気をされると悲しいけど」冗談めかして笑い、ディアードラはエデを見た。


「それより、エデちゃんこそ大丈夫? うち、農家でもあるのよ? 帝都で暮らすならほとんどそっちの仕事はやらないと思うけど……もしかしたら、何かしら貴方にも手伝ってもらうことがあるかもしれないわ」

「はい。どんなことでも、やってやれないことはありませんから」


 エデが力強く頷くと、ディアードラは安心したように口元を緩める。


「そう言ってくれると心強いわね。……ルカ、ああ見えて結構繊細で純粋なの。仕事は順調だけど、私生活はのんびりしてるところがあるし。でも、貴方みたいな人が傍にいてくれるならきっと大丈夫よ」

「あたしも、受け入れてもらえて安心しました。お義母さまみたいな素敵な人を母と仰げてよかったです」

「わたし達のことは、本当の両親だと思ってくれてもいいのよ! 弟さんや妹さんにもよろしくねぇ!」


 ディアードラによる熱いハグ攻撃はそれからもたびたび繰り出された。ルカにもここまで情熱的に抱きしめられたことはない。

 あまりの強烈な抱擁に息がつまり骨がきしむが、これも愛ゆえの洗礼だ。センスのいい服を何着も買ってもらったし、おいしい昼食もごちそうになったのだからこれぐらいは受け入れてもいいだろう。


 ディアードラの朗らかな笑みとぬくもりに、顔も知らない母の面影を視て洟をすすったのは、きっと気づかれていないはずだ。


*


「申し訳ありません。母はいつも、妙なところで強引で……。何か不快な目には遭っていませんか?」

「まさか! とってもよくしてもらったわ」


 ディアードラとセオの家に帰ってきたエデを、すまなそうな顔のルカが迎える。だが、上機嫌なエデと運び込まれる大量の荷物を見て、彼も色々と納得してくれたようだ。


「ディアードラ、あまりエデさんを連れまわしてはいけないよ。疲れさせてしまうだろう」

「あら、たまにはいいじゃない。買い物はいい気晴らしになるのよ。それに、こんな可愛い子を見て着飾らせないっていうほうがむしろ罪だわ!」


 苦笑するセオに、ディアードラは胸を張って応じる。セオはもにょもにょと食い下がるが、そのすべてを論破されていた。


 そのうちに、エデがいいならいいだろうと結論を出したようだ。「エデさん、嫌なときはすぐに言うんだよ。そうでないと誰もディアードラは止められないから……」ベイル家の力関係がわかってきた気がする。


 婚約の話や婚礼の式の話などをして、顔合わせはお開きになった。次はエデ側の家族も呼んで食事会をしよう、と約束も取り付ける。

 会食の場には、ディアードラが経営するレストランのうちのひとつが選ばれた。そこは中流階級の家族向けの比較的手ごろな価格帯の店で、子供の多いエデの家族を変に緊張させないようにという配慮だ。ありがたく受け取っておいた。


 その場にウィズを呼ぶ気など、エデにはさらさらなかった。

 エデの家族は、シャロンとジャンにトミーとリコ、そして今は亡きあの老爺だけなのだ。他ならないウィズがそう言い切ったのだから。



 もう日が暮れるので、ルカはエデを家まで送ってくれた。エデが住んでいるあたりは治安が悪いわけではないが、用心は大事ということだろう。ディアードラとのショッピングで手に入れた物は、一足先にルカの屋敷に運ばれていた。


「今日はありがとうございました。母のわがままに付き合って疲れたでしょう? ゆっくり休んでくださいね。それではまた」

「あ。ねえ、ルカ」

「はい?」


 エデを家まで送り届け、ルカはそのまま帰ろうとする。彼を呼び止め、エデはすかさず手を取った。


「あたしのこと、たまには抱きしめるぐらいしなさいよ。恋人なんでしょ?」


 見上げると、ルカははっとしたように動きを止めた。

 短い逡巡の後、ルカは意を決したようにエデを抱き寄せる。その手は壊れ物を扱うように震えて弱々しかった。


「……情けない男だと、どうぞ笑ってください。私は、貴方が思っている以上に意気地なしで見栄っ張りなんです。貴方に幻滅されたくなくて、必死で取り繕ってきただけで……」

「それが何よ。あたしだって、あんたが思ってるほど良い女じゃないわ」


 だからエデは彼の臆病さを吹き飛ばすように、ぎゅっと抱きしめ返す。

 ルカは一瞬だけためらう様子を見せたものの、エデに合わせるようにしっかりと腕に力を込めた。


 ルカの鼓動が伝わってくる。少し早くて、けれど聴いていると落ち着いた。


「そんなに怯えないでよ。あたしはあんたが好きなのよ、ルカ。さすがに限度はあるけど、あんたになら何をされても大抵のことは許してあげるわ。別に、無理に積極的になる必要はないけど……やりたいこととか言いたいことがあったら、あんただって遠慮しないで」

「……はい。私も貴方が好きです、エデさん。あの……では、目をつむっていただけませんか?」


 蚊の鳴くような声だったが、エデの耳はちゃんとその言葉を拾った。素直に従い、目を閉じる。


 永遠に思える闇の中で、不意に唇に柔らかいものが触れた。


 一瞬で離れてしまったが、エデはすかさず目を開ける。今日一番に赤い顔をしたルカが、幸せそうにはにかんでいた。

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