闇の向こう側
「僕」が何者かはわからない。
ただ淡々と冷たい不可思議な世界を語ります。
「町はずれの廃病院に肝試しに行ってみねえか?」
唐突に言い出したのはコウイチだった。中学の同級生の葬儀で田舎に帰っていた僕達は、久し振りに再会した。
「そんな所に病院なんかあったっけ?」
アキノブが首をかしげる。
「あるんだよ、とはいえ俺も行くのは初めてだけどな」
僕達は、午前二時過ぎにアキノブの車で廃病院に向かった。そこは山の中で明かりも無く、うっそうとした森に右側は切り立った崖で、知らなければ絶対にわからない様な場所にあった。
「あ、ここだ」
コウイチが指し示す方に目を凝らすと、真っ暗な藪の中にコンクリートの壁が微かに見える。入り口を探すまでもなく、朽ち果てた壁にポッカリ空いた穴は、まるで異界への入口のようだ。スマホのライトで暗闇を照らすコウイチの後ろにアキノブ、そして僕の順で進んで行く。診察室の朽ちたドアを押すと、嫌な軋み音を撒き散らしながら、ゆっくり開いた。揺れるライトの先に、二本の足がブラリと浮いているのを見て、僕はギクっとしたが、それも一瞬で、一本のロープが壊れた天井の梁から揺れているだけだった。
コウイチは、そのロープを下からライトで照らして話し始めた。
「葬儀で送った同級生、覚えてるか?マザキユリカ。あいつさ、自殺なんだぜ?」
隣のアキノブが暗闇の中、一瞬息を飲むのが聞こえた。
「三年程前に偶然会って、遊びのつもりで付き合ってたんだ。子供が出来たとか言うから、面倒くさくなって別れ話をしたら、呪ってやるって俺に電話してきた後、このロープで首を吊ったってワケ。な、笑っちゃうだろ?」
コウイチは、悪びれもなく言う。僕の横の闇が微かに動いた気がした。アキノブの獣の様な荒い息遣いが、やけに耳元で聞こえる。
「そう言えばアキノブお前、ユリカの事、昔好きだったよな?」
コウイチは一通り部屋をライトで照らすと肩をすくめ、僕達に帰ろうと促した。外は既に夜明け前で薄明るくなっているのに、アキノブの表情は見えない。
僕達はコウイチの車に乗り込み帰路につく。僕は実家近くの駅で一人車から降りた。
「呪ってやるなんて言うから、何か起こるかと思って来てみたけど、期待外れだぜ」
コウイチは笑いながら言い走り去った。
期待外れ?本当にそうだろうか。この廃病院に暗い中たどりつけたは……いや、ここに来ようと言い出した時から既に……それに僕は確かに聞いた。アキノブの荒い息の中に微かに響いた言葉……
ーー殺してやる……
男とも女ともつかない声で。
そう言わせたのは、アキノブの恋心か、マザキユリカ本人か……僕には判断できない。
程なくしてコウイチがあの日に亡くなったと聞かされた。事故だった。橋から車でダイブしたらしい。だが運良く橋の欄干に引っかかり、下の崖への転落は免れた様だが、シートベルトが首に食い込んだ為の窒息死だったようだ。
アキノブは?それっきり行方不明と聞いている。
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