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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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実母現る〜那月〜


祖父母が帰って1週間。

それまでは誰かしら家に居てくれたし、毎晩のように航平も顔を出してくれた。


だからあまり寂しさを感じなかったのだけど、人気のない真っ暗で静かな家に帰るのは、やはり寂しかった。



食卓の上には綾香の書き置きと、作ってくれたであろうオムライス。

時計を確認しカレンダーを見て、綾香が塾に行っている事を思い出した。



「今日も疲れたな~」


授業の遅れを取り戻すべく、ノートを借りて友達や教授に解説を受けて。

気が付いたら、図書館が閉まる時間になっていたので、慌てて帰ってきたのだけど。


せっかくなので、綾香が作ってくれたオムライスをいただく事にする。


綾香が作るオムライスは、母さんの味付けと基本一緒だ。

小さい頃、オムライスを食べた事がないと言った綾香に、母さんが作って食べさせてあげたところ、よほど美味しかったのか綾香は泣きながらゆっくり時間をかけて味わった。


聞けば、綾香のお母さんはご飯を作ってくれる事が殆ど無かったのだとか。

そもそも殆ど家に居ない人で、たまに居てもご飯やおやつを作ったり一緒に遊んだりする事は、滅多になかったと聞く。


ご飯といえば、白飯に買ってきたお惣菜か冷凍のおかず。

もしくは菓子パンかカップラーメンなど。


そんな生活を卒園まで続け、小学校に入学してすぐ両親が離婚したのだと綾香は言っていた。



そんな事を思い出しながら、オムライスをもそもそ食べていると、玄関のドアが開き綾香が帰ってきた。


「お帰り、オムライスありがとう」


「お姉ちゃんもおかえり~今日も暑かったね」


帰宅した綾香が手も洗わずに冷蔵庫を開けようとするので「手を洗っておいで」と言う。

すると綾香は「いしし」と笑った。



今はもう懐かしささえ感じてしまう日常の一コマに、不意に目頭が熱くなる。



「お、お姉ちゃん?どしたの?」


泣かないよう、目の奥にグッと力を入れて堪えたのに、結局零れ落ちた涙に慌てて綾香がティッシュを差し出す。


「ごめん。ちょっと…」


言いながら、1番そういう事を言っていた義父の席を見ると、綾香も察したようだ。



「…パパ、いっつもうるさかったもんね。

手を洗いなさい、作ってくれた人への感謝を忘れずご飯は綺麗に食べなさい、お弁当箱はその日のうちにきちんと出しなさいって」


綾香も父親を思い出したのだろう…。

しんみりした顔をしながら手を洗い、冷蔵庫から麦茶を出してゴクゴク飲んだ。



「は~、明日はやっと休みだよ。

お姉ちゃん、明日何か予定ある?」


「明日はない、けど…そういえば来月の頭にインターン出社しなきゃいけないんだった」


昼一に届いていたメールを思い出し、忘れる前に綾香に告げると、その表情が曇った。


(あおい)製作所、だっけ?」



3回生の終わり頃、何社か内定を頂いていたけれど、私が選んだのは蒼製作所だった。


家からも通えるし、悪い評判も聞かないし、大手とまではいかないけれど、業績は安定しているというし。


…何より、航平が勤めているところだから。


勿論、技術系の彼と文系の私では業務内容が重なる事はないのかもしれない。

そもそも、同じ部署に配属になるとも限らない。


それでも…航平が生き生きと働いている職場を見てみたい。

実際に見てみたら、今度は私も働いてみたくなった。

そんな、ある意味不純な動機で入社を希望した私だけど、何とか内定を勝ち取る事が出来たのだった。



「うん。

えーとね7月1日から2週間、だって。

家から通うけど多分その間は余裕ないから、できるだけその前にやれる事やっておくね」


「私もご飯作ったり洗濯したり、そういうのはできるだけやるから。

お姉ちゃんはお仕事頑張って」


ありがとうと頭を撫ぜると、子供のようにフニャっとした顔で笑う綾香。



この時はまだ、すぐそこまで近付いていた“悪意”に、私達は気がついていなかった。


* * *


翌日、2人で家の片付けや洗濯を済ませ、買い出しに出たところで航平に連絡をしてみた。


今日は朝から仕事と聞いてたけれど、タイミングよく昼から帰れる事になったと言う彼は、夕方家に行くと約束してくれた。


それだけで機嫌が良くなった私を、綾香は複雑そうな顔で見つめている。



「…失礼な言い方かもしれないけど、お姉ちゃん、あの人のどこがいいの?」


そりゃ、真面目そうだし優しそうだけど…とぶつぶつ言う綾香の顔を、思わず凝視してしまう。


「綾香は航平の事、気に入らない?」


「…わかんない。

まだそんなに話したことある訳でもないし」


そっぽを向く綾香だけど、そんなにどころか自分から話しかけた事、ないよね。

そう思いながらも、改めてどこが好きかと聞かれるとどこだろう、と考えてしまう。



「私ね、1人でベラベラ喋るくせに人の話を聞かない人はキライなの。

あと、見た目や雰囲気だけで私の理想像を勝手に作って、それを押し付けてくる人も。

あとは女のくせにとか、偉そうに、とか、小賢しいとか言ってくる人も大嫌い」


「…うん」


「航平は大学の先輩なんだけど、ちょっととっつきにくいところがあって、チャラくなくて、逆にナンパ男に絡まれてた私を助けてくれて」


「へー、そんな事があったの」



その時の事を思い出すと、つい笑ってしまう。


「そうなの。

男3人に囲まれて困っていたんだけど、いきなり知らない名前で呼ばれて、肩叩かれて。

必死に目配せしてくるから話し合わせて、2人でダッシュで逃げたの。


で、逃げ切れたんだけど2人とも脚ガクガクして、ベンチに座り込んじゃって。

私も怖かったけど、航平も1対3じゃ分も悪いし怖かったんだと思う。

それでも…女の子が困ってるのに、知らん顔できなかったって」


ふふ、と笑う私を鼻白んだ顔で見返す綾香。



「私だったら、もっとカッコよく助けてくれる方が良いけどな」


「そりゃあ、カッコよかったとはいえないかもしれないけど…でもそこが良かったんだ。

喧嘩になって、万が一私に危害が加えられたりするより、逃げるが勝ちってね。

自分も怪我したり、変に逆恨みされたら困るからって。


咄嗟の時にそういう冷静な判断ができて、機転が利いて、口数が多い訳じゃないけどお互い黙ってても居心地が悪くない所、かな」



話しながら、買い物カゴの中にぽいぽい食材を入れていく。


「あ、今日カレーライス?」


「うん、いつも綾香に作ってもらってるから、今晩は私が腕によりをかけて作るね」


あとは何を作ろうかな。

暑いから、薬味をたっぷり効かせた冷しゃぶサラダとか、いいかもしれない。


そんな事を考えながら買い物を済ませ、結構な量になってしまった荷物を半分こして家まで運んだ。


* * *


インターフォンが鳴ったのは、みんなで晩ご飯を食べている時だった。


画面に映るのは、見たことのない女性。

誰だかわからないけれど、とりあえず出てみると…


「綾香、いる?」


ちょっと…かなり派手目の女性が立っていた。



「えぇ、いますけど…」


どちら様?そう尋ねる前に


「綾香に会いたいんです。

ちょっと通して、入れてちょうだい」


「いえ、あの、どちら様ですか。

名乗りもせず、いきなり綾香に会いたいって何なんです?」


「あんたこそなんなの?

私は綾香の母親よ、親が娘に会って何が悪いの?ちょっとそこどいてよ」



勝手に家に上がり込もうとするその女性が、綾香の母親だという事にも驚いたけれど。


幼い綾香を捨てて離婚した筈の母親の、突然の来訪になぜか嫌な予感しかしなかった。


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