表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰かぶりの姉  作者: 吉野
45/52

自覚した想い


改めて自分の想いを自覚した今。

離れがたいというのも勿論あったのだけど…何かと不自由を強いられる航平を自宅まで送り届けるのは、なぜか私の役目となっていた。



発案者は門馬さん。

そして、満場一致でそれは認められた。

しかも、帰り際「ごゆっくり」と言われる始末。


それを言うなら「お大事に」じゃないの?と首をひねる私に、航平はなぜか笑いを堪えていた。



ともあれ、松葉杖の航平を送っていき…互いの家の近さに唖然とした。


近いなんてもんじゃない。

まさか同じマンションに引っ越してきているとは、思わなかった。



「那月の住んでいる高層階は購入者用の分譲なんだけど、低層階は賃貸なんだ」



あまりにも驚いた顔をしていたからか。

バツの悪そうな顔で、言い訳がましく言う航平の顔をまじまじと見つめてしまった。




——道理で、電車内で頻繁に遭遇する訳だわ。

近所に越してきたのだとばかり思っていたのに、実は同じマンションだったなんて…全然知らなかったけど。



持っていた彼のカバンから言われるままに鍵を取り出し、ドアを開ける。


「未練がましいかと…それにストーカーみたいだと我ながら呆れたんだけど」


どうせなら近くに居たかったと苦笑する航平に、なんて言えばいいのかわからなかった。



玄関に松葉杖を置く事にした彼を支え、部屋の中に入る。

記憶の中と大して変わらない部屋の中で、ただ1つ変わったもの。

それは東北に行ってから写されたであろう

数枚の写真。


私の知らない航平が、そこにいた。



「野球…好きだった?」


東北を拠点に活躍するプロ野球の球団Tシャツを着て、メガホン片手に写っているものもある。


「仙台に行ってファンになったんだ。

向こうではよく応援に行ってた」



——私の知らない、5年間。

私の知らない航平。


自分のせいなのに、そんな空白の期間がとても悔しくて唇を噛みしめる。




そんな私を航平は後ろから抱きしめた。


「今日、来てくれてありがとな」



彼の体温と、懐かしい感触に心が震えた。


肩を貸して支えている時は意識していなかったのに…抱きしめられた途端、またこうして触れられる事が嬉しくて、胸の奥から様々な感情が込み上げてくる。



「こ、航平に何かあったら、真っ先に駆けつけるのは私でありたい。

今更何言ってんだって、思われるかもしれない。

けれど私はあなたを…」


溢れ出る思いのまま言葉を紡いだけれど、そこで自分が何を言いかけているのか、やっと気がついた。



——私はあなたを、何だというのか。

今更何を言っているのか。

今になってそんな事を言われても、航平が困るのではないか。

ううん、今度こそ呆れられてしまったのではないか。



混乱と、それを上回る怖れから口を噤んだ私に、航平が懇願の口調で囁く。


「那月、言って。

最後までちゃんと伝えて欲しい」



振り向いた先には、航平の真剣な眼差し。

あの時は見えなかった…信じる事の出来なかったものが、彼の瞳の奥に見える。



その事に気づいた瞬間。


先程自覚したばかりの想いが、狂おしいまでの恋心が暴れ出す。

見ないふりをしてきた想いが一気に溢れ、堰き止めていた涙が零れ落ちる。



「だって…私、航平を、幸せに…出来な…」


しゃくりあげ聞きづらいだろうに、航平は私の話に辛抱強く耳を傾けてくれた。



「わた…私が、怯える、たび、航平…傷ついてた。

わかっ、てる、航平…悪くな…。

でも…あの時、信じる、事、出来なかっ…た。

怖かっ、たの。嫌われる…のが。

愛想、つかされ…るの、怖かった」


「ごめんな、お前が不安に思っていた事は知ってたんだけど…。

あの時は、俺も距離が必要だと思ったんだ。

専門的な知識もないし、あの時の俺じゃ支える事は出来ないって思った。


それに、怯えて自分を責める那月の事、見てられなかったって言うのもある。

辛い時こそ側にいてあげてって、綾香ちゃんにも言われたんだけど…ほんとゴメン」



そこで、一旦言葉を切ると航平はまっすぐに私を見つめ、額と額をコツンとぶつけた。


「だけど…別れるつもりは、いや、別れたつもりはなかった」




——わかってる。


航平の為と言いながら、身を引く悲劇のヒロインぶって自分に酔っていたのだと。

先日のゆづの指摘により、その事は自覚している。


だけど…。



「好き…好きなの、今でも」


「バカ、知ってるよ、そんなの」



世界一優しい「バカ」に、またしても涙が溢れる。



泣きやまない私を、航平が両腕でしっかりと抱きしめてくれる。


その温もりが愛おしかった。

忘れられなかった。

今またこうして触れ合える事が本当に嬉しくて…ひび割れた心ごと再び柔らかく包まれた。

そんな気がした。




一度離れたからこそ、どれだけ航平が好きなのか改めて自覚した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ