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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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世界でたった2人きり〜綾香〜


私を迎えに来てくれた時も、病院でパパと麻子さんと対面した時も、お葬式の時ですらお姉ちゃんは涙をこぼさなかった。


一部の人は、「あの子はしっかりしてるから」と言いながら、裏では「両親のお葬式だっていうのに泣きもしない冷たい子」と言っていた。



それは違う!と怒鳴りそうになった私を、お姉ちゃんはそっと止めた。


「でも!だって…酷い」


「いいの、よく知らない誰かに何を言われたって関係ない」


凪いだ瞳は、確かに心無い発言に傷ついているようには見えなかったけれど。



それでもお姉ちゃんが傷ついていない訳でも、悲しんでいない訳でもないという事は、私が1番よくわかっている。


お姉ちゃんが泣かない…ううん、泣けないのは責任感が強いから。

そして…多分私が先に泣いちゃったから。



病院で、冷たくなったパパと麻子さんを目の前にして、涙が止まらなくなった私の横で、お姉ちゃんはギュッと両手を握りしめ、何回か深呼吸していた。

そして警察の人と病院の人と話をする為、部屋を出ていった。


その時の私は自分が悲しむ事で精一杯で、お姉ちゃんの事まで気が回らなかった。


あの時もっと、お姉ちゃんと悲しみを分かち合っていれば…。

お姉ちゃんに任せきりにするのではなく、何もできなくてもせめて私も一緒に行動していれば…。


そうしたらお姉ちゃんも、少しは泣けたのかな?



パパも麻子さんも、家族を早くに亡くした人だったので、大学生のお姉ちゃんと高校生の私には、こういう時頼れる大人がいない。


少し迷って、お姉ちゃんは麻子さんの亡くなった旦那さんのご両親、お姉ちゃんにとっては唯一生存している祖父母に助けを求めた。


その人達…鷺山のおじいちゃんおばあちゃんは、病院に着くなりお姉ちゃんを…そして私をも抱きしめてくれた。


「那月ちゃんと…」


「綾香です」


「綾香ちゃん?あなた達辛かったね、大変だったね」


その言葉にまたしても涙が溢れ、殆ど初対面の人達の前で泣いてしまったのだけど。

この時も、お姉ちゃんは唇を噛み締めるだけだった。




お姉ちゃんがようやく泣けたのは、葬儀も済んで自宅に戻った時だった。


多分私達の前では泣けないんじゃないかと、その頃にはすっかり打ち解けた鷺山のおばあちゃんと心配していたんだけど。



「那月!」


家の前での突然の大声に、その場にいた全員が振り向く。


多分無意識だったのだろう。

お姉ちゃんは大事に抱えていた位牌を、おじいちゃんに手渡した。

そして駆け寄ってきたその人の前で、お姉ちゃんの涙腺はあっけなく崩壊した。



突然現れ、お姉ちゃんを呼び捨てにしたその人にもだけど。

決して涙を見せなかったお姉ちゃんが、その人の前では泣けるのだという事実に、正直かなり驚いた。


もしかしたら…妬んだ、という方が正しいのかもしれない。

私やおばあちゃん達のように、家族親戚といった近しい人達よりも、お姉ちゃんが無防備に自分を晒した、そうさせる事が出来たあの人を。



溢れ落ちる涙を子供のように手の甲で拭い、それでも止まらないとその人のスーツに顔を押し当てるなんて…。


そんなお姉ちゃん、見た事なかったから…。



思わずおばあちゃんの方を見ると、こちらも驚いた様子で目も口もポカンとあけていた。


* * *


ようやく泣き止んだお姉ちゃんと、ハンカチがわりのその人を前にして、おばあちゃんは明らかに興味津々だった。


「まぁ、せっかく来てくださったんですから、お入りくださいな。

お線香?まぁ、わざわざありがとうございます」


おほほ、と笑いながらおばあちゃんは、その人をジトっと見つめていた私を、チョイチョイと手招きした。


「綾香ちゃん、お茶とお茶碗はどこだったかしらね」


電気ポットでお湯を沸かし始めながら、言われるまま茶碗とお茶を用意する私に、おばあちゃんはコソッと尋ねた。


「あの方にお会いした事、ある?」


「お会いした事どころか、彼氏?がいる事自体、初耳です」



ブンブンと首を振りながらそう答えた私に、あら、そうなの?とまた驚くおばあちゃん。


「あなた達、ずいぶん仲の良い姉妹だと思ったけど…。

まぁ、何でもかんでも話して隠し事をしないっていうのと、兄弟仲の良し悪しは別だからね」


その一言が、なぜか胸に突き刺さった。



——隠していたんだ、お姉ちゃん。

あの人の事…。

私はその日あった事、おかしかった事も嫌な事も全部お姉ちゃんに話してるのに。


私がそうだからといって、お姉ちゃんもそうしなければいけないという事はない。

けど…だけど。


なんとなく、世界でたった2人きりのお姉ちゃんに隠し事をされていたという事実に、モヤモヤしてしまう。



そんな事を考えている間に、おばあちゃんは手早くお茶を人数分用意し、リビングに所在なさげに佇んでいたおじいちゃんと並んでお姉ちゃん達の前に座った。


改めてお姉ちゃんの家族と対面したその人は、緊張の面持ちでお姉ちゃんの隣に座っている。



——そこ、私の席なのに。


またしてもモヤっとする。



「お姉ちゃん、この人誰?」


気がついたら、そんな言葉が口からついて出ていた。

同時におばあちゃんも似たような事を言っていたけど、なんて聞かれたかはわかったみたい。



「え、…と」


何故かそこで、顔を真っ赤に染めて口ごもったお姉ちゃんに代わり、その人が口を開いた。


「初めまして、野口 航平と申します。

この度はお悔やみ申し上げます。

またこのような場でご挨拶させていただくのも恐縮ですが、那月さんとお付き合いさせていただいてます」



ピシッと頭を下げたその姿勢や喋り方から、しっかりした人だな、とは感じたけれど。


それよりも彼…野口さんの口から“お付き合い”という言葉が出た事が、お姉ちゃんがそれを否定しなかった事が、どうしても認めたくはなかった。


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