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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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イブの約束


入社して初めてのクリスマスイブ。


年末の忙しない空気や、連日の忘年会にバタバタするものの、何とか今年も残り1週間というところまで来た。


「お先に失礼します」


特に急ぎの用もなかったし、皆もソワソワと帰り支度を始めていたので、私も便乗して課を出る。



「お疲れ様、今日は特に可愛いカッコしてるね、デート?」


エレベーターで一緒になった主任が、コソッと囁いてきた。



人によっては、セクハラとも取れる質問だったけれど、その時は特に何とも思わなかった。


ただ…入社1年目の新人が、クリスマスにデートだなんて浮かれてるのか。

逆にそう思われるのも、何となく嫌で—そんな事を言う人ではないと、思ってはいるけど—曖昧に笑ってごまかす。



「お疲れ様でした、失礼します」


エレベーターを降り、一礼してから駅へと急いだ。



待ち合わせの時間は19時。

それも、社から離れた横浜で。


待ち合わせまでは少し時間あるけれど、とりあえず向かおう。

そう思い、来た電車に飛び乗る。

電車の中でスマホを確かめると、航平からはまだ連絡がなかったので、こちらの状況だけを簡潔に伝える。



待ち合わせの場所についたのは、約束より30分ほど早い時間だった。

スマホを見ると、航平も社を出たとの事だったので、スタバで時間を潰す事にする。


カバンの中には航平へのプレゼント。




——航平、喜んでくれるかな?

喜んでくれたらいいな。


緩みがちになる頬を引き締め、彼の到着を待つ。

そんな時間も楽しくて心躍る。



「お待たせ」


航平が到着したのが、約束の時間5分前。

そこから2人で手を繋ぎ、航平が予約してくれたという店に向かう。



2人ともあまり肩肘張った雰囲気は得意ではない。

それでも彼が選んだお店は、夜景で有名なカジュアルイタリアンのお店だった。

いかにも定番といった店内は、さすがにイブの晩だけあって、カップルでいっぱいだ。



そんな人々の間を縫って通されたのは、夜景を眺めながら食事のできるカウンター。


「すご…」



昨年まではクリスマスと言っても、晩にデートする事はなかった。

せいぜいお昼にちょっと気取った食事をして、プレゼントを交換する位。


それが今年は…なんか違う。



数日前、航平から


「イブのお店予約取れてるから、いつもより可愛いカッコしてきて」


と連絡が来た事を思い出す。



なんだろう…この、落ち着かない気分。

すごく、何ていうか大人になったような…。

いつもそうなんだけど、今日は特別女の子扱いされている、そんな感じ。



席に着くと、すぐに乾杯のシャンパンが来たので、軽くグラスを掲げる。


しゅわしゅわと軽い泡が口の中で弾け、喉を滑り落ちてゆく。



「何これ、美味しい」


思わず目を見張った私に


「これなら甘くて、アルコール苦手な那月でも飲みやすいかと思ったんだ」


と、微笑みながら航平が言う。



目を細めるその仕草が、その眼差しが、あまりにも優しくて、何だか顔が火照ってしまう。


「うん、とても飲みやすい」


「でもアルコール度数は結構高いから、飲み過ぎるなよ」


照れくさい気分でチビチビ飲んでいると、綺麗に盛り付けられた前菜が運ばれてきた。


「わ、綺麗」



どの料理も美味しくて、目にも舌にもご馳走だった。


美味しい食事に綺麗な夜景。


半分くらい忘れそうになっていたけど、そういえば今日はクリスマスイブだった。



「あのね、航平にプレゼントがあるんだ」


「奇遇だな、俺も那月に渡したいものがあるんだ」


お互い顔を見合わせて、ニッコリと微笑み合う。



私が用意したのは財布。

彼の好きなブランドの新作だ。


「お!これ好きなヤツ。

ありがとな、大事に使わせてもらう」


スッキリとしたデザインに、機能的な長財布で正解だったみたい。

ニカッと笑う航平に、喜んでもらえて良かったと安堵する。



航平がくれたのは、シンプルなダイヤのペンダント。

夜景に負けないくらいキラキラ輝くダイヤを、手にとってみる。



「これくらい控えめなら、職場につけて行っても目立たないと思うんだけど」


「ん、そうだね」


見る角度によって、煌めきが変わるダイヤは見飽きる事がない。

それに…時計はプレゼントされた事があるけど、アクセサリーは初めてで何だかくすぐったい。



「気に入ってくれたようだな」


「ありがと…すっごく綺麗、ずっと見ていたい」


ダイヤからなかなか目が離せない私に、苦笑する航平。



「俺は、それをつけた那月が見てみたいな」


本当は俺がつけてあげたいんだけど…と、照れた口調で言う彼の顔は、トマトみたいに真っ赤で。

こちらまで恥ずかしくなりながらも、髪を片側に流してつけてみる。



「どう…かな?」


「うん、よく似合う」



見つめ合ったまま、お互い照れてしまう。




——何だかな~。

傍から見たら、私達って相当なバカップルじゃない⁈


さり気なく周囲を伺うものの、今日はクリスマスイブ。

周りも似たり寄ったりな感じだった。



その時、意を決した様子で航平が私の左手を取った。


「ホントは、指輪を送りたかったんだけど…まだ時期じゃないっていうか。

綾香ちゃんの事もあるし。

だから、ここ、予約していいか?」


左手の薬指に触れながら言う彼は、微笑んでいるのに目が真剣で。

触れた指先から、見つめる視線から航平の気持ちが、想いがストレートに伝わってくる。



「…はい」


不意に胸がいっぱいになり、そう囁くのが精一杯だった


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