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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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感じた違和感


お盆が過ぎ9月に入ると、それまでの慌ただしさはひとまず落ち着きを見せ始めた。

その頃には車内の安全講習をクリアし、私も運転者登録を済ませていた。



「じゃあ、今日は国枝さんの運転で行ってみようか」


朝イチにそう言っていた浅野さんは、突然他の顧客から呼び出され、急遽山野主任が同行して下さる事になった。


必要書類の入ったカバンは後ろに置き、座席の位置を調節してシートベルトをしめる。



「ははっ、だいぶ緊張してるね。

大丈夫だよ、この車は頑丈だから滅多な事では傷つかない」


「…主任、冗談でも事故ること前提の発言はよしてください」



人を乗せて運転するなんて久しぶり…教習所以来だ。

しかもそれが職場の上司だなんて、緊張しない筈がない。


ガチガチになった私に、主任が声をかけて下さるのだけど…内容が内容だけに眉がへにゃっと下がってしまった。


「あはは、国枝さんでもそんな顔するんだ。

冗談だよ、さぁ行こうか」



取引先との約束の時間もある。


浅野さんなら、多分ここまで緊張する事はなかったと思うけど。

それは言っても仕方のない事なので、覚悟を決め車を発進させた。



何度も通った道なので、ルートは頭の中に入っている。

私が運転に集中しやすいようにか、主任もあまり話しかけずにいてくれた。


おかげでスムーズに、余裕をもって取引先に到着する事が出来た。



「お疲れ様。久しぶりの運転だと聞いてたけど、落ち着いたもんだね」


「ありがとうございます、なんとか到着しました」


ホッとしながら、シートベルトを外した流れで主任の方を見ると…。

いたずらっぽく笑う主任と目があった。


「一応俺も免許は持って来たんだけど、帰りも任せて大丈夫そうだな」



そんな冗談を言う主任に、やっと笑える余裕が戻ってきた。


「はい、帰りもお任せください」


にこりと笑ってそう言うと、主任はアハハと笑った。


* * *


それからは、何かと主任と組む事が増えた気がする。


優しくて穏やかで、みんなに慕われていて面倒見が良くて。

浅野さんとは違う営業の仕方を勉強する良い機会だと、私も頑張ってついていった。


浅野さんと組む時よりも、お酒の機会も多少増えたかもしれない。

とはいえ、取引先の接待も課のみんなで飲む時も、主任はスマートで大人だった。

そのような場でも大抵はニコニコしているし、不確定な噂話や悪口を言っているのを聞いた事がない。


理想の上司だと、思った。




そんなある日の朝


『最近、ナツ忙しいんだね。

頑張ってるナツを、応援したいのは山々なんだけど、全然社食で会えないから寂し~(涙)』


ゆづからLINEが届いた。

気がつくと1ヶ月ほど、社食に顔を出していなかった。



『今日は外回りないから、社食に行けると思う』


トイレに行った隙にそう返すと、すぐにピコンと鳴りハートマーク付きのスタンプが返ってきた。



——ゆづに会うのも久しぶりだな。


LINEでは時々会話しているけど、実際顔を見て話すのとは違う。


先輩方と話すのもだいぶ緊張しなくなったし、共通の話題も出来たので以前ほど苦ではないのだけど。


やはり気の置けない同期との、たわいもないお喋りを楽しみに課に戻ると


「国枝さん、今日は中華にしようか」


主任が声をかけてきた。



「あ、すみません。

今日は同期と社食で約束してるんです」



最近は外回りの予定がなくても主任や浅野さん、2課の人達と食べる事が確かに増えていた。

そのお誘いだと思い、申し訳ないけどお断りすると、主任は一瞬表情を曇らせた。


「…同期って?」


「え?…あ、人事の藤川さんです」



——なんでそんな事を聞くんだろう?


そう思いつつ、答えると途端に主任はパッと明るい顔になった。


「あ、そう。じゃあ仕方ないな」




——何だったんだろう、今の。


首を傾げながら席に着くと、隣の浅野さんも訝しげな顔をしていた。


「何だったんだろうね?今の確認」


「そうですよね…」



私が誰とランチするか、なんて。

主任にとって、そんな興味を引くような事なんだろうか?



いや、でも気にし過ぎか。


その時は、そう思いあまり深くは考えなかった。


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