新人研修
今年の新人は一般職が3名、総合職が9名、技術職が5名の計17名。
翌日から始まった新人研修は、社会人としての心得みたいな物から、我が社の業績と改革の歴史みたいなスライドまで、結構な量が詰め込まれていた。
そのような座学から、時にマナー接遇研修まで覚える事は多岐にわたり、最初の1週間は会議室に缶詰だった。
そして2週目。
配属された課で、先輩の元で仕事を教わっていく毎日が始まる。
その頃には、新しく刷られた名詞も出来上がっていた。
『蒼製作所 営業2課 国枝 那月』
社のロゴと共にそう刷られた真新しい名刺。
それを最初に目にした時は緊張と同時に、なんだか面映ゆい気分になったものだ。
入社してすぐ、総務で撮影された顔写真は社員証へと貼り付けられ、胸元でぎこちない笑みを浮かべている。
毎日リクルートスーツで出勤する訳にもいかず、入社して最初の週末はゆづと2人で着回しのバラエティ確保に努めた。
決して贅沢をするつもりはなかったけれど、パンツスーツを新調し、ついでにスカート、パンツ、ブラウスにカーディガンにセーターを見て回る。
お店の人にアドバイスをもらいながら買い進めると、結構な金額となってしまった。
「お給料前なのに、結構使っちゃったね」
「無駄遣いしてる訳じゃないけど…。
これでも足りないくらいなんだけど、諭吉さんが飛んで行ってしまったわ。
諭吉さーん、カムバーック!」
やや大げさに嘆くゆづに、あははと笑う。
財布は軽くなったけれど、こんな風に友達と何かを買いに出るのも久しぶりで、妙にはしゃいでしまった。
こんなに服を買い込んだのは初めてだ。
新人のうちから、あまり派手な服装やメイク、持ち物は好ましくない。
そう思い、紺やグレーの落ち着いた色合いの服で埋め尽くされるであろうワードローブを想像してみた。
とはいえ、元々がシンプルかつ落ち着いたコーディネートを好んでいた私にとって、ワードローブが華やかになるという事はなかったのだけど。
それにしても。
宣言通り、浅野さんの教育はかなり厳し目だった。
インターンの時は、まだお客様待遇だったのだ。
そう自覚せざるを得ないほどに。
物覚えや要領が悪い方とは思わないけれど、
新人研修でへこみ、ダメ出しされてまたへこむ。
毎年春先に新調する手帳は、すぐにスケジュールとメモで真っ黒になった。
* * *
「今日の定食は唐揚げかサバの味噌煮だって」
厳しい研修の合間のランチ、そして同期との情報交換。
それがひと時の息抜きであり、気合いを入れ直す場となっていた。
満席ならば仕方ないけれど、早く社員食堂についた人が席を確保する。
私はサバ味噌定食、ゆづは唐揚げ定食を手に、相原が確保してくれた席へ向かう。
「黒澤は今日は外回りだってさ」
黒澤の指導はなんと、営業1課の若手のホープ北条さんだった。
あの飄々とした見た目とは裏腹に、かなりのスパルタなのだと黒澤がボヤいていたのを思い出す。
「うちの部、今日歓送迎会だって~平日なのに」
唐揚げをつつきながら憂鬱そうに言うゆづに、相原がニヤリと笑いながら
「初っ端からガンガン日本酒で飛ばしちゃダメだぞ」
とからかう。
「わかってるっつーの!
全力で猫かぶってやり過ごす!」
決してお酒に弱くはなさそうなゆづだけど、仲間内でワイワイ飲むのと上司や先輩方と飲むのは、気の使い方が違うとボヤいている。
——そりゃそうよね。
今時、女性も若手もお酌しないなんて風潮になりつつあるけど、歓送迎会の主役ともなればそれなりに飲まされるんだろうし。
「という訳で、ちょっとウコンかヘパリーゼ買ってくるわ」
いつの間にか完食していたトレイを下げ、ゆづが社員食堂から出ていくのと入れ違いに、浅野さんがトレイ片手に歩み寄ってきた。
「隣、いいかな?」
「もちろん!どうぞ」
私の隣に腰を下ろした浅野さんが、ふと斜め前に視線を向けたので、つられて目をやると…。
相原が何か言いたげな顔してこちらを見つめていた。
「…?」
微妙な空気に首を傾げた私の横で
「なぁに?言いたいことがあるならちゃんと言いなよ、遼」
浅野さんが、さらっと相原を呼び捨てにした。
「え?…り、遼?」
驚いて相原と浅野さんを見比べる私の向かいで、相原があちゃーと頭を抱えている。
「あ、この子従兄弟なの。
家も近所で、昔っから『京ちゃん』って私の後追いかけてくる子でね。
当時は可愛かったんだけど」
「今その話しなくてもよくない?
てか、別に追いかけてねえし、可愛くもねえし!」
やや顔を赤くして、小声で言い募る相原に浅野さんがニッコリとトドメを刺す。
「あら、蒼製作所まで追いかけてきたくせに」
その一言で相原はグッと黙り込み、そっぽを向いた。
——図星か。
2人の関係性はよくわからないながら、相原が浅野さんを追いかけてきたのは間違いなさそうだ。
ケラケラ笑う浅野さんの横で、ひっそりと相原に同情する。
そこで、突然思い出した様子で浅野さんが話題を変えた。
「そういえば、営業は3課合同で金曜に歓迎会だから。
体調万全に整えといてね」
——ついに来たか。
そう、思った。
全然飲めない訳じゃないけれど、お酒に弱い私にとって断りきれない場での飲み会は少し…いや、かなり憂鬱だ。
「国枝、大丈夫か?
あんま飲めないんだろ?」
「あら、そうなの?
まぁ、あんまり強引に飲ませようとする人はいないと思うけど、上手に躱すのも仕事と思って他の人を参考にしてね。
あんまり辛そうだったら助けに行くから」
浅野さんの言葉を、どの程度間に受けて良いものか。
とりあえず社会人にとって、飲み会は避けられない物だし。
ゆづを見習って私もペパリーゼを仕込んで、なんとか乗り切ろう!
そう心に決めた。




