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灰かぶりの姉  作者: 吉野
23/52

新人研修


今年の新人は一般職が3名、総合職が9名、技術職が5名の計17名。


翌日から始まった新人研修は、社会人としての心得みたいな物から、我が社の業績と改革の歴史みたいなスライドまで、結構な量が詰め込まれていた。


そのような座学から、時にマナー接遇研修まで覚える事は多岐にわたり、最初の1週間は会議室に缶詰だった。



そして2週目。

配属された課で、先輩の元で仕事を教わっていく毎日が始まる。



その頃には、新しく刷られた名詞も出来上がっていた。


『蒼製作所 営業2課 国枝 那月』

社のロゴと共にそう刷られた真新しい名刺。

それを最初に目にした時は緊張と同時に、なんだか面映ゆい気分になったものだ。


入社してすぐ、総務で撮影された顔写真は社員証へと貼り付けられ、胸元でぎこちない笑みを浮かべている。




毎日リクルートスーツで出勤する訳にもいかず、入社して最初の週末はゆづと2人で着回しのバラエティ確保に努めた。


決して贅沢をするつもりはなかったけれど、パンツスーツを新調し、ついでにスカート、パンツ、ブラウスにカーディガンにセーターを見て回る。

お店の人にアドバイスをもらいながら買い進めると、結構な金額となってしまった。


「お給料前なのに、結構使っちゃったね」


「無駄遣いしてる訳じゃないけど…。

これでも足りないくらいなんだけど、諭吉さんが飛んで行ってしまったわ。

諭吉さーん、カムバーック!」


やや大げさに嘆くゆづに、あははと笑う。



財布は軽くなったけれど、こんな風に友達と何かを買いに出るのも久しぶりで、妙にはしゃいでしまった。


こんなに服を買い込んだのは初めてだ。

新人のうちから、あまり派手な服装やメイク、持ち物は好ましくない。

そう思い、紺やグレーの落ち着いた色合いの服で埋め尽くされるであろうワードローブを想像してみた。


とはいえ、元々がシンプルかつ落ち着いたコーディネートを好んでいた私にとって、ワードローブが華やかになるという事はなかったのだけど。




それにしても。

宣言通り、浅野さんの教育はかなり厳し目だった。

インターンの時は、まだお客様待遇だったのだ。

そう自覚せざるを得ないほどに。


物覚えや要領が悪い方とは思わないけれど、

新人研修でへこみ、ダメ出しされてまたへこむ。


毎年春先に新調する手帳は、すぐにスケジュールとメモで真っ黒になった。


* * *


「今日の定食は唐揚げかサバの味噌煮だって」


厳しい研修の合間のランチ、そして同期との情報交換。

それがひと時の息抜きであり、気合いを入れ直す場となっていた。


満席ならば仕方ないけれど、早く社員食堂についた人が席を確保する。

私はサバ味噌定食、ゆづは唐揚げ定食を手に、相原が確保してくれた席へ向かう。


「黒澤は今日は外回りだってさ」


黒澤の指導はなんと、営業1課の若手のホープ北条さんだった。

あの飄々とした見た目とは裏腹に、かなりのスパルタなのだと黒澤がボヤいていたのを思い出す。


「うちの部、今日歓送迎会だって~平日なのに」


唐揚げをつつきながら憂鬱そうに言うゆづに、相原がニヤリと笑いながら


「初っ端からガンガン日本酒で飛ばしちゃダメだぞ」


とからかう。


「わかってるっつーの!

全力で猫かぶってやり過ごす!」


決してお酒に弱くはなさそうなゆづだけど、仲間内でワイワイ飲むのと上司や先輩方と飲むのは、気の使い方が違うとボヤいている。




——そりゃそうよね。

今時、女性も若手もお酌しないなんて風潮になりつつあるけど、歓送迎会の主役ともなればそれなりに飲まされるんだろうし。


「という訳で、ちょっとウコンかヘパリーゼ買ってくるわ」



いつの間にか完食していたトレイを下げ、ゆづが社員食堂から出ていくのと入れ違いに、浅野さんがトレイ片手に歩み寄ってきた。


「隣、いいかな?」


「もちろん!どうぞ」


私の隣に腰を下ろした浅野さんが、ふと斜め前に視線を向けたので、つられて目をやると…。

相原が何か言いたげな顔してこちらを見つめていた。


「…?」


微妙な空気に首を傾げた私の横で


「なぁに?言いたいことがあるならちゃんと言いなよ、遼」


浅野さんが、さらっと相原を呼び捨てにした。



「え?…り、遼?」


驚いて相原と浅野さんを見比べる私の向かいで、相原があちゃーと頭を抱えている。


「あ、この子従兄弟なの。

家も近所で、昔っから『京ちゃん』って私の後追いかけてくる子でね。

当時は可愛かったんだけど」


「今その話しなくてもよくない?

てか、別に追いかけてねえし、可愛くもねえし!」



やや顔を赤くして、小声で言い募る相原に浅野さんがニッコリとトドメを刺す。


「あら、蒼製作所(こんな所)まで追いかけてきたくせに」


その一言で相原はグッと黙り込み、そっぽを向いた。



——図星か。


2人の関係性はよくわからないながら、相原が浅野さんを追いかけてきたのは間違いなさそうだ。

ケラケラ笑う浅野さんの横で、ひっそりと相原に同情する。



そこで、突然思い出した様子で浅野さんが話題を変えた。


「そういえば、営業は3課合同で金曜に歓迎会だから。

体調万全に整えといてね」




——ついに来たか。


そう、思った。

全然飲めない訳じゃないけれど、お酒に弱い私にとって断りきれない場での飲み会は少し…いや、かなり憂鬱だ。


「国枝、大丈夫か?

あんま飲めないんだろ?」


「あら、そうなの?

まぁ、あんまり強引に飲ませようとする人はいないと思うけど、上手に躱すのも仕事と思って他の人を参考にしてね。

あんまり辛そうだったら助けに行くから」



浅野さんの言葉を、どの程度間に受けて良いものか。

とりあえず社会人にとって、飲み会は避けられない物だし。


ゆづを見習って私もペパリーゼを仕込んで、なんとか乗り切ろう!



そう心に決めた。


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