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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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入社式


4月1日。

今日は蒼製作所の入社式。


内定、インターン、最終面接を経て入社の決まった私は、亡き義父と母の買ってくれたスーツを着て式に臨む事にした。



前日までの雨が嘘のように、一転青空に変わった朝。

桜舞い散る中、雲ひとつない空を見上げる。



——母さん、義父さん。

無事、この日を迎えられたよ。



単なるリクルートスーツではあるのだけど…今日のこの姿を母と義父にも見てもらいたかった。

ううん、出来る事ならこの日を一緒に迎えたかった。


大学の卒業式の時にも感じた想いが、胸を浸す。


自分だけでなく綾香の晴れ姿も含めて、両親に見てもらう事はもう出来ないのだ。


綾香の高校の卒業式も、大学の入学式も成人式も卒業式も。

私や綾香の結婚式も、もしかしたら生まれてくる孫も。

もう母と義父は見る事も、直接その腕に抱く事も叶わないのだ。

そう思うと、胸の奥が引きしぼられるように痛む。


これから先、何度となくそういった思いをするのだろう。

人生の岐路に立った時、相談したくともできない寂しさを抱えて生きてゆくのだろう。



はぁ。


1つ溜息をつくと、パン!と両頬を叩いて、気持ちを入れ替える。


「入社式、行ってくるよ。

見守っていてね」


答えが届く事はない。


けれど、柔らかく降り注ぐ桜の花びらが、両親からの答えなのだとそう思い、駅までの道を歩き出した。


* * *


本社スペース入口に設置された受付には、見覚えのある3人の姿が。


「ナツ!久しぶり~」


インターン以来すっかり意気投合し、今ではお互いを“ナツ” “ゆづ”と呼び合うようになっていた藤川 柚月と相原 遼、黒澤 祐希がそこにいた。


「ゆづ!みんな、久しぶり。元気だった?」


受付を済ませてから、それぞれ挨拶を交わし近況を報告し合う。



「え?槙野、違うとこ行ったの?」


「しかも、地方の医療機器メーカー?」



インターンで一緒だった槙野の姿が見えないと思ったら。

どうやら彼は違う道を選んだようだ。


そう聞かされても、特に何の感慨も抱かないし(その程度の付き合いだった)それよりも入社式のその後の方が気になる。



蒼製作所(ここ)では、新入社員は2年間は地方への異動はないらしい。

総合職を選んだ私にとって、地方への転勤も視野に入れなければならない。

けれど、とりあえず2年は…綾香が高校を卒業するまでは、本社にいられる。



「なんかね、本社移転の噂があるらしいよ」


色々な情報を集めてくるのが上手いゆづの言葉に、みんなが興味津々で頭を寄せたのだけど。



「それではこれより、入社式を行います」


人事部長の言葉により、入社式が始まった。



社長の訓示の後は、辞令の交付。


「国枝 那月さん、入社おめでとう。

君には営業2課勤務を命ずる、頑張ってください」


次々手渡される辞令書。


私は営業2課、ゆづは人事部、相原は営業3課、そして黒澤は営業1課への配属が決まった。



入社式の後は各自配属された課へ向かい、簡単な挨拶をした後、社長とランチミーティングだそう。

とりあえず営業2課へ向かうと、そこには見知った人が待っていた。



「国枝さん、待ってたよ」


「浅野さん⁈

え?2課へ移動されたんですか?」


インターン時に、2週間みっちり指導してくださった浅野さん。

彼女が1年間、私の指導係を務めるのだと聞かされほんの少しだけ緊張感が和らいだ。


「明日からビシバシ行くからね」


茶目っ気たっぷりに微笑む浅野さんは、とても優しそうで温厚そう。

なのに指導となると、なかなか容赦がない。

声を荒げたり苛立ったりは決してしないのだけど、その代わりニッコリ笑って「やり直し」と言うのだ。



「今年の新人は鍛えがいありそうだって聞かされてるし、楽しみだわ」


「ご指導よろしくお願いします」


お手柔らかに、と言いたいところではあったのだけど。

どうせならビシバシしごいてもらった方がありがたい。

なので『受けて立つ!』くらいの覚悟で頭を下げると、浅野さんは大きく頷いた。



浅野さんの先導で2課へ入ると、課長の脇に立たされ皆に紹介される。


「国枝 那月です。

右も左も分からない新人ですが、ご指導のほどよろしくお願いいたします」


簡単に自己紹介をすませると、パラパラとまばらに拍手が聞こえた。



「国枝さんのPCは明日には届くから。

あと個人ロッカーの鍵と、場所はこっちね。

女子更衣室はあとで案内するわ」


細々とした説明を受け、後は明日という事で指定された時間に1階正面玄関は向かう。

そこには既に相原と黒澤、それに今日初めて会った同期の何人かがいた。



「さっき、藤川が言いかけた本社移転の話、どうやら本当みたいだな」


黒澤が聞いた話だと、すぐ近くの商業施設の跡地を買い取る話がまとまって、近々施設の解体が始まるのだそう。


移転は来年末から再来年の頭の予定。




——それにしても。

ゆづにしても黒澤にしてもほんと、どこからそんな情報を集めてくるんだろう?


なんて考えていると


「やぁ、お待たせ。では行こうか」


社長と人事部長が揃って現れ、その後ろに緊張した面持ちでゆづが付き従っていた。



ゆづの顔には“助けて!”と書いてある。

けれど1新入社員の私達に出来る事なんて、ある訳ない。


“頑張れ!”とエールを込めて、量の拳を握るとゆづはガックリした様子で苦笑した。



社長と人事部長の連れて行ってくれたお店は中華の名店。


改めて1人1人自己紹介をし、社長が気まぐれで振ってくる話題に答えたり、鋭い質問にしどろもどろになったり。

あまりにも酷い時は、人事部長が見かねて助け舟を出してくれる事もあったけれど…。


おかげで美味しい筈のランチは、味が全くわからないまま終了となった。


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