過ぎゆく夏〜航平〜
残暑の厳しい9月の半ば。
那月と綾香ちゃんが両親の御墓参りに行くというので、同行させてもらう事にした。
都心から離れた静かな墓地の一角に眠るというご両親。
いずれご挨拶させてもらう事も、とぼんやり思っていたのだけど。
こんな形でとは予想だにしていなかった。
お母さんが好きだったという百合の花に抱えた那月と、お父さんが好きだったという珈琲と菓子の詰め合わせを持った綾香ちゃん。
そして水の入った手桶を持った俺。
蝉の鳴き声だけが物悲しく響く墓地を、3人で歩いていく。
初盆を終えたばかりの墓周りは綺麗だったけど、3人で無言のまま墓石を磨いた。
持ってきた花と菓子、珈琲を備え、ロウソクに火をつけ線香に火を移す。
那月と綾香ちゃんの後ろに控え、手を合わせる2人を見守る。
子供の頃、片親を失い今また若くしてもう片方の親を亡くした彼女達。
しかも、諸事情により住み慣れたや我が家を手放す事になってしまった。
そんな2人の悲しさや切なさ、やり切れなさは、分かち合う事はできても完全に理解する事は出来ない。
それでも、長いこと手を合わせていた2人は、やがて少しだけすっきりした様子で振り向いた。
代わりに前に進み出て、俺も手を合わせる。
話と写真でしか知らないご両親。
——お会いする事はもう、叶わないけれど…。
お2人の分まで那月と、そして綾香ちゃんも守ります。
今の俺にはまだ大した力もないけれど。
それでも…その気持ちだけは誰にも負けない。
だから、お嬢さん達を俺に守らせてください。
どんな時も傍らにいて、共に助け合い支えあっていきます。
どうか見守っていてください。
両親の墓前で密かに誓う俺の指先に、トンボが止まった。
* * *
その日は偶然にも、近くの遊園地の花火大会の日だった。
友人達と見に行くという綾香ちゃんは、夕方賑やかに出かけていった。
そして俺達は、新居のリビングから夜景を楽しみながら花火が上がるのを待っていた。
綾香ちゃんは、最初の頃を思うと随分とっつきやすくなったように思う。
それでもまだ、よそよそしさが残る眼差しに警戒しているような口調は相変わらずだが。
俺個人に話しかける事はまず無くて、那月のついでに声をかけるといった感じだ。
それでも1番最初に向けてきた敵意は引っ込められたし、ついでであっても向けられた笑顔が強張る事もなくなった。
少しずつでいい。
俺の存在に慣れて、那月の隣に俺がいる事に慣れて…いつかそれが当たり前になってくれれば。
そんな事を考えていると
「何年か前もこうして花火を見たね」
ソファに並んで座っていた那月が、肩にもたれかかってきた。
「まだ学生時代だったな」
大学のサークルで先輩後輩だった俺達が付き合い始めたのは、那月が2回生に上がる直前。
その頃から蒼製作所が第1志望だった俺は、就職活動の真っ最中だったけれど、梅雨の時期に内定を勝ち取ったのだった。
そして梅雨が明け、地元の花火大会の日。
最寄駅から降り立った那月は、紺地に大輪の花火をかたどった浴衣を着ていた。
「…いいな、それ。すごく似合う」
「そう?ありがと」
はにかんだ目元を赤く染めた那月が妙に可愛くて、思わず連れて帰りたくなってしまったのだった。
「あの時の那月が可愛くて、なんか大人っぽく見えて、妙に緊張してたんだよな」
「そう、なの?
全然わからなかった」
キョトンとする那月も、もちろん可愛いんだが。
男心ってヤツは微妙なもんだ。
可愛い彼女の浴衣姿を、他の野郎共に見せたくない反面、俺の彼女はこんなに可愛いんだぞと見せびらかしたい、といった相反する願望に苛まれていたのだから。
その上、抜かれた襟から覗くうなじが、髪をアップにしているせいで露わになっていて、何ともいえない色気を醸し出していた。
—ドン!
完全に闇に包まれる直前の薄闇の中、大輪の花が空中に咲いた。
リビングは明かりを落としているので、花火がよく見える。
「キレイ…」
続けて上がる花火に、あの時と同じように那月が感嘆の声を漏らす。
その声で、あの日のドキドキが容易く蘇る。
あの時は、人ごみではぐれないようにと手を繋ぐのが精一杯だったけれど。
肩に頭をのせている那月の肩を抱くと、甘えるように胸に額を押し当てられる。
たったそれだけで、鼓動が跳ねる。
「そんな可愛い事するなって」
今も昔も余裕がないのは変わらない。
それでもせいぜい年上ぶってみせる俺に、那月はクスリと笑った…気がした。
花火と花火の間の、ほんの一瞬。
唇に感じたのは、柔らかな熱。




