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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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女子大生家を買う〜那月〜


両親の死後、色々な事があり過ぎてバタバタしてしまったけれど、インターンも前期試験も終わり、夏休みに突入した。


残された私達には、やるべき事は山のようにある。

専門知識のない私が、どうにか書類を仕上げる事ができたのは、知人の弁護士や税理士を紹介してくれた祖父母のおかげだ。



そして、前から目星をつけていた祖父母の家にほど近いマンションの購入も、すんなりと行き8月に入る直前には引越しの日時も決まっていた。



「わ!高い!景色がよく見える」


玄関を開け、リビングから一直線にベランダに出た綾香が歓声をあげる。


「11階だからね、眺めは相当良いと思うわよ。

私にはちょっと足がすくむ高さだけど」


高所恐怖症のおばあちゃんは、そういって苦笑したけれど綾香はご機嫌であちこち眺めている。



間取りや設備だけでなく周囲の環境、利便性など、総合的に見て決めたマンションは駅からも近く、街灯も人通りも多くて防犯面もしっかりしている。



「住み慣れた家を引き払うのも辛いと思うけど、あなた達が近くに引っ越してきてくれるのは本当に助かるわ。

あのヒトと喧嘩したら、ここに泊めてもらおうかしら」


そういってコロコロ笑うおばあちゃんを、おじいちゃんがジト目で見つめる。



「喧嘩しても負けた事なんかないくせに」


「勝てない喧嘩はしない主義なの」


「負けるが勝ちという言葉もあるぞ」


「じゃああなたが偉いのね、いつも負けてくれて」



…確かに。


あぁ言えばこう言う祖母に、祖父は口ではちょっと勝てそうにない感じ。


幼い頃には気づかなかった、祖父母の力関係が垣間見え、つい笑ってしまう。



「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがと」


煩わしい事、難しい事が沢山あって、私と綾香だけではどうにもならなかった。


「あらあら、お礼を言うのはまだ早いわよ。

荷造りに家じまいに、学校各所への連絡に区役所での手続。

やる事はまだまだあるんですからね」



両親の残した物も、2LDKのマンションに全部は持っていけない。

一部は形見として新居に持っていくけれど、大半は譲ったり、フリマに出したり処分したりする事が決まっている。


私達の物も、必要最低限の物以外は処分する事になった。



引越しといっても、今時はラインやメールですぐ連絡がつくし、SNSで様子もわかる。

それにそこまで遠くに行く訳でもない。

高校までの親しかった友人達とは1度会ったけれど、会おうと思えば会える距離だと最後は笑って別れた。




そして引越し業者からダンボールが届き、その日から慌ただしく荷造りに追われ…。

お盆が過ぎて夏休みが終わるまでに、何とか引越しを終える事ができた。


自宅の片付けには航平も来てくれて、最後はみんなで窓も床もピカピカにした。


「お姉ちゃんも野口さんも、暑い中お疲れ様。

疲れたでしょ、冷たいお茶買ってきたから飲んで」


あらかた作業が終わった所で、綾香が気を利かせて冷たいお茶を買ってきてくれた。

後は不動産屋の担当さんと家の中を最終確認し、鍵を渡せばおしまいだ。



暑い中、航平と2人で草むしりをした庭は、母さんが生きていた頃の面影はない。



「何だか寂しいよね」


四季折々の花が咲き、よく手入れされた母さん自慢の庭。

あの女に踏み荒らされてから、手入れをする事もままならなかった。

その事に胸が痛まなかったといえば、嘘になる。


母さんが大事にしてきた庭を、ううん、家族の思い出の沢山詰まったこの家を手放す事は、最後まで迷いに迷った。


それでも決断したのは…やっぱり綾香を1人にしておく事ができないから。



「もう、買い手が決まってるだろ?

次の人はどんな庭にするんだろうな」


「大型犬がいるって言ってたから、多分ドッグランみたいにするんじゃないかな」



思い出は尽きない。

けれど手放す事が決まった我が家を、せめてもう少し眺めていたかった。


そんな私の気持ちを察したのか、航平は被っていた麦わら帽子を私の頭に乗せ、零れ落ちた涙は見ないふりをしてくれた。


* * *


引越しやその他諸々付随する手続きが終わったのは8月末。

新学期が始まる直前だった。



学校や各所への届けも滞りなく済ませ、新しい生活が始まる朝。


『お姉ちゃん、定期買うの忘れてた!』


今までの路線と変わる事をすっかり忘れていた私達は、駅の券売機に慌てて並んだのだった。


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