義姉って他人?〜綾香〜
姉の那月と私は血が繋がっていない。
けれど1番最初に会った時から、そんな事はどうでも良かった。
サラサラでまっすぐで艶やかな黒髪。
凛とした眼差し。
感情的にならず、冷静に理路整然と話すその口調。
あまり感情を露わにする方ではないけれど、たまに見せてくれるはにかんだような笑顔。
全てが私の理想そのものだった。
こんな素敵な人がお姉ちゃんになってくれるなんて…!
母を失って、幼いなりに思う所は沢山あったけれど、落ち込んだ気持ちがパッと晴れた気がした。
今思えば、相当ウザい妹だったと思う。
けれど突然出来た姉に構われたくて、私は必要以上にまとわりついた。
そんな私を、内心戸惑いもし鬱陶しく思う事もあっただろうに、姉はイヤな顔もせず何かと付き合ってくれた。
子供心に、姉のようになりたかった。
だけど私は癖っ毛だし童顔だし、すぐ泣く子だったし…その道のりは果てないものに思えた。
その上、勉強もできる姉は中学高校と成績で学年トップを譲った事がなく、高校生になってからは生徒会長も務めていた。
そんな姉が大好きだった。
血は繋がっていなくとも、自慢の家族であり自慢の姉だった。
「綾香とお姉ちゃんって、全然似てないね」
「何それ、お姉ちゃんが美人って事?」
「いやまぁ、かっこいいとは思うけど。
綾香は可愛い系じゃん?」
「そうなの、お姉ちゃんってカッコよくて美人でしかも頭良くて、ほんと憧れる」
まーた姉自慢が始まったよ、と大概の友達に笑われるけど、本当の事だから仕方がない。
私には無いモノを持っているからこそ、余計に憧れるのかもしれない。
最近はそう思うようにもなっていた。
これで年齢が近かったら、ライバル意識も相当なものだったかもしれない。
けれど5つも年が離れていると…まして姉の凄さを目の当たりにしていると、ライバル心など芽生える筈もない。
その頃には、私が影で“シンデレラ”と呼ばれている事も気づいていた。
——シンデレラって…。
義母と義姉に苛められるヒロイン、て事だよね。
でも魔女に助けてもらって、ガラスの靴というアイテムで王子様ゲットして。
最後は幸せになりましたって。
ヘンなの。
別に誰にも苛められてもないし、それに王子様なんかよりよっぽどお姉ちゃんの方が素敵なのに。
よくもまぁ、私の事を殆ど知らないくせに勝手なあだ名をつけてくれたものだ。
そう思った。
私は悲劇のヒロインでもないし、お姉ちゃんも意地悪な義姉でもないというのに。
実の姉妹でも仲の良くない子は沢山いる。
実の親子だって、育児放棄や虐待やいろんな話を耳にする。
それを考えると、義母となった麻子さんは大雑把だけど優しいし、お姉ちゃんも私も区別も差別もしないで接してくれた。
いけない事した時はきちんと叱ってくれた。
勉強を頑張ると、お姉ちゃんと比べる事なく褒めてくれた。
一生懸命、“お母さん”になろうとしてくれた。
私を捨てて何処かへ行ってしまった実の母より、よっぽどお母さんらしい事をしてくれた。
そんな麻子さんといると、お父さんも幸せそうだった。
実の母の事は、もうあまり覚えてはいない。
何となく記憶に残っているのは、いつも綺麗に…というか、派手な格好をしていた事。
とかく留守がちだった事。
そして、いつも誰かと電話していた事。
私の知らない(と思ってる)所で、両親が喧嘩していた事も、実は知っている。
温厚な父が1度だけ怒鳴った事も…。
それは私が小学校に入学して、すぐの事だった。
給食を食べて集団下校で家に帰った私は、いつものように玄関のチャイムを鳴らした。
けれど母が迎え入れてくれる事はなかった。
何度チャイムを鳴らしても、誰もドアを開けてくれないし母も現れない。
幼心に、何かおかしいという事はわかった。
けれど家の鍵も携帯も持たない私は、どうする事も出来なかった。
玄関の前で泣いている私を見つけ、隣のおばちゃんが自宅へ上げてくれたのは夕方になってから。
それでもまだ、母は帰ってこなかった。
おばちゃんが学校に、そこから父の会社へ連絡が入ったのだろう。
飛んで帰宅した父が合鍵を使って玄関を開けると…自宅はもぬけの殻だった。
そこに母の姿は見当たらなかった。
のみならず、母の服、カバン、靴など一切合切が無くなっていた。
母は出ていったのだ。
1枚の紙切れ…自分の分を全て記入した離婚届を残して。